んだんだ劇場2008年9月号 vol.117
No51
動物は学習する

雨が降らない
 房総半島、千葉県いすみ市のわが家周辺は今年、大変な旱(ひでり)だ。北京オリンピック開会の日、8月8日に帰ったら、父親が「7月7日に雨が降ったきりだ」と嘆いていた。わきを流れる落合川も、ふだんは見えない川床が現れ、川筋がほんとうに細くなっていた。

水が少ない落合川
 全国的に見れば、雨はけっこう降っている。先日も、北九州から中国地方、中部地方、北関東と日本を横に延びる雨雲の衛星画像を、テレビで見た。が、これが、房総半島までは南下して来ないのである。
 野菜が枯れないよう、父親は朝と夕方、畑に水をまいている……と言えば、大方の人は「それもしかたないだろう」と思うだろうが、以前は、水道の水をまく、なんてことはなかった。わきを流れる落合川から、電動ポンプで水を揚げ、畑に流していたのである。そのことは、この「房総半島スローフード日記」の2回目(「んだんだ劇場」04年8月号)の『モモの足型』にも書いている。家の東側の、高さ6メートルほどの急斜面を、私がポンプをかついで下り、川底を少し掘って据え付け、水を揚げていた。梅雨が明けると、この辺りは極端に雨が少なくなる一時期があるから、それは毎年のことだった。
 しかし、今年は困った。川の水を揚げられないのである。
 なぜかって?
 河川改修が終わったら、立派な堤防ができたのはいいのだけれど、わが家から川までが遠くなってしまったのだ。

わが家のわきに、立派な堤防ができた
 2004年の夏は特に水不足で、ホームセンターでは揚水ポンプが売り切れ、我が家の近辺では、川から水を揚げているポンプが盗まれる事件さえ何件か起きた。それが逆に、10月9日には大洪水に見舞われた。台風22号の襲来である。我が家では、落合川に面した東側の斜面が土砂崩れを起こした。本格的な河川改修工事が始まったのは、1年以上たった翌年11月からで、2006年の秋に工事が終わった。その結果、川が遠くなったのである。
 昨年は、適度に雨が降ったので、畑の水を心配することはなかったのだが、今年は……水がたくさん必要なサトイモやショウガは、あまり育たないかもしれない。

西瓜にネットで動物よけ
 7月下旬、いすみ市の家に帰ったら、畑にゴロゴロと西瓜がたくさんできていた。父親は西瓜づくりが上手で、しかも、中身が熟した収穫時期を、西瓜をたたいて判別できる。今年は小玉西瓜ばかりだった。「1本のツルに何個もできるし、丸ごと冷蔵庫にいれられるから」と父親は言う。
 しかし、よく見ると、今年の西瓜には全部、プラスチック製の赤いネットがかけてあった。ホームセンターで買ってきて、西瓜にも、プリンスメロン系の瓜にもかけてあった。
 「このネットをトウモロコシにかけておくと、動物にやられないという人がいて、西瓜にも試した」と父親は言い、「ほら、ネットを少しかじった跡があるだろう」と、収穫した西瓜のネットを、私に見せた。ネットはかじられていたが、西瓜は無事である。
 「ははぁ、ちょっとかじってみたら、なんだか表面が変だから、そこでやめたんだね」
 私が言うと、「そうだろうな。それに、ネットごと収穫できるから、作業が楽だ」と、父親は自慢した。

動物よけにネットをかけた西瓜

ネットごと収穫した西瓜
 わが家の周辺は、野生動物が多くて、畑の作物をしばしば食い荒らされる。夜、車を運転していてタヌキを見かけたことがあるが、「畑を荒らすのはハクビシンだ」と言う人もいる。現場を見たことがないので、どちらのしわざかわからないけれど、海岸に近い市民農園では被害が多くて、トウモロコシを作る人なんかいない、という話を聞いた。
 動物は、不思議に「食べごろ」を心得ていて、人間さまよりちょいと先に食べに来る。これも、農園主としては腹立たしい。それが、こんなネット一つで防げるのだ。
 私は、大いに感心した。
 ……ところが、それから3週間後。8月8日に帰ったら、西瓜は全部収穫して、冷蔵庫に収まっていた。瓜類は、見当たらない。
 「だめだった。あれから10日もしたら、ネットを食い破られて、西瓜も瓜も食われた」
 父親は、笑いながら言った。メロン系の瓜は全滅だったそうだ。
 「あいつらも、必死なんだな」
 たぶん1匹が、ネットを破ってみたのだろう。そしたら、甘い汁が吸えた。わかってみたら、ネットなんかじゃまにならない、ということを学習したに違いない。
 冷蔵庫の西瓜は、慌てて収穫したのである。でも、切ってみたら、真っ赤に熟していて、うまかった。

今年もうまかった、わが家の西瓜
 以前、わが家では、トウモロコシの周囲に棒を立て、魚網をゆるく張り巡らして動物を防いだことがある。これは効果があった。
 動物との知恵比べは、毎夏繰り返される。

勝手に殖える三尺バーベナ
 高さ1メートルほどの茎の上に、薄紫の小さな花が群がって咲いている。「ヤナギハナガサ」(柳花笠)という名前もあるが、クマツヅラ科のバーベナの仲間で、「三尺バーベナ」という名前の方が、一般には通りがいいようだ。 
 これが、タネをまいたわけでもないのに、年ごとにわが家の周囲で数を増している。もともとは南米原産の帰化植物で、いつごろかはわからないけれど、かなり前から野生化しているらしい。乾燥に強い植物だそうで、今年のような天候でも梅雨のころからグングン茎を高くして来た。単にバーベナと言うと、「美女桜」などの園芸品種を思い起こす人も多いだろう。そういう丈の低い園芸種が多い中で、こいつは例外的なノッポだし、ひとかたまりに花が咲くので、遠くからでも目立つ。
 一つ一つは小さな花なのに、けっこうチョウチョが集まる。その写真を撮った後で、隣の茎にカマキリが登って来ているのに気づいた。

黄色いチョウチョが蜜を吸う三尺バーベナ

三尺バーベナの茎で獲物を待つカマキリ
 秋に産卵する頃のカマキリに比べると、まだ小さい。しっかりエサを獲って、これからどんどん大きくなるのだろう。
 夏は、虫たちにとって、命輝く季節である。
(2008年8月17日)


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