んだんだ劇場2008年11月号 vol.119
No53
ハクチョウソウとクジャクソウ

秋に咲いていたハクチョウゲ
 一か月前、「ハクチョウゲ」という話を書いたら、かみさんに「私は、そんな名前は教えてない」と言われた。かみさんは、「ちゃんと、ハクチョウソウと言った。隣にあるのがクジャクソウだから、一対で覚えられると教えた」と言う。
 確かに、ハクチョウゲではなく、私が写真を撮ったのは、「ガウラ」とも呼ばれる「ハクチョウソウ」だった。それは、漢字では「白蝶草」と書く。
 で、一対の片方、クジャクソウが今、房総半島、千葉県いすみ市の家で盛りを迎えている。

群がり咲くクジャクソウ

クジャクソウの花
 小さな花をよく見ると、キク科の植物だと、すぐわかる。別名をクジャクアスターというのだそうだ。とても丈夫で、今年の春、家の裏側に作った花壇でも、よく咲いている。ハクチョウソウは、チョウチョが羽を広げたような形の花なので、その名前がある。クジャクソウは、小さな花をたくさんつけている枝が、孔雀の羽のようだから、というのだが、これだけ群がって咲いていると、私にはよくわからない。命名者は、非常に想像力のたくましい人なのだろう。
 まあ、とにかく、私が「ハクチョウゲ」と書いたのは、間違いだった。
 ……と、「お詫びと訂正」(新聞記者時代には、よく書いた)の話にしようと思っていたら、「ハクチョウゲは、アカネ科の植物です」と、私に教えてくれた人がいた。
 今、私が勤めているNEXCO中日本(中日本高速道路)で、高速道路周辺の植栽を担当しているYさんである。千葉大学の園芸を出た、その道の専門家だ。
 「よく生垣に使います。ガウラのことは知らないが、ハクチョウゲは、なじみ深い植物です」と、メールにあった。
 「ハクチョウゲ」(白鳥花)という植物もあったのかと驚いて、さっそく調べたら、こっちは「白丁花」と書くのだそうだ。「丁子型の白い花をつけるから」と解説がある。でも、インターネットで紹介されている写真では、どこが「丁子型」なのか、さっぱりわからない。だいいち、「丁子」って、なんだ?
 それでしばらく、悩んでいた。
 ところが、身近に、こいつがあったのである。
 私の単身赴任宅がある、愛知県稲沢市の、名鉄国府宮駅近くで、歩道の生垣に白い、小さな花が咲いているのに気づいたのだ。もしかしたらと思い、写真を撮った

生垣になっているハクチョウゲ

よく見ると、丁子のような形のハクチョウゲの花
 カメラを接写モードにしてファインダーをのぞいたら、すぐにわかった。
 こりゃぁ、クローブの形じゃないか。それで丁子なんだ。
 「丁子」は、漢方薬としての名前で、西洋料理にスパイスとして使う時の名前は「クローブ」という。粉末にしたのも売っているが、粒のままのもスパイス売り場にある。私もカレーを作る時に使う。粒のままだと、メガホンを小さくしたような形をしているのだ。
 これですべての謎はとけたが、いやはや、命名者の想像力には、やはり常人とは違う感性があるのだろうと言うしかない。
 ところで、ハクチョウゲは通常、5月から7月にかけて咲く。が、西日本では秋、暖かい日が続くと咲くこともあるようだ。私が写真を撮ったのは10月13日。たまたま秋に咲くハクチョウゲに出会えたのは「神様のお導きか?」、などと考えている
(2008年10月13日)



朝比奈大龍勢

農民が打ち上げるロケット
 10月18日の土曜日、静岡県岡部町へ出かけた。東名高速を焼津インターで下りて、おおよそ北の方向へしばらく走った山間の町である。ここで、この日、たくさんのロケットを打ち上げる祭りがあったからだ。
 私は今、名古屋が本社のNEXCO中日本(中日本高速道路)という会社の広報部に籍を置いている。第二東名(新東名)を建設している静岡工事事務所が、この祭りに参加するというので、社内報用の写真を撮りに行ったのである。
 祭りの正式名称は、「朝比奈大龍勢」(あさひな・おおりゅうせい)という。2年に1度、この時期に行われる。
 ここは、甲府からはとても遠いのだが、戦国時代は武田氏に味方する豪族、朝比奈氏がいて、緊急の時に狼煙(のろし)を上げて武田氏へ連絡したという。それも、ただの煙ではなく、ロケットを打ち上げたというのだ。その技術が、岡部町でも奥まった、朝比奈川沿いの地域に伝えられたのだそうだ。
 ロケットは、「ガ」とか「ガンタ」と呼ばれる円筒形の頭に、「尾」と呼ばれる18メートルほどの竹の棒をつけた形をしている。これを打ち上げやぐらに取り付け、点火する。

打ち上げやぐらにロケット設置

点火。白い煙が立ちのぼる
 やぐらの下から、火は導火線を伝ってスルスルとロケットに達する。が、どういうわけか、噴射を始めるまで、1分くらいの間がある。「ガ」の下には、長さ50〜60センチ、内径7センチほどの竹筒(「吹き筒」という)が取り付けられていて、中に約3キロの黒色火薬(硝石、炭、硫黄で作る伝統的な火薬)が詰められている。これが「ロケットエンジン」で、ここに火がつくと、猛烈な勢いでロケットは空に昇るのだ。

発射
 ロケットが真っ直ぐに昇るのは、舵の役目の「尾」がついているから。でも、中には、途中で大きく軌道をそれてしまうのもある。うまく行けば、地上200メートルほどの最高到達点で「ガ」がはじけ、中からいろいろな「曲物」(マモノ)が飛び出す。

大空高く、見事に「ガ」がはじけた
 メインは「花笠」という大きな落下傘。静岡工事事務所では、工事を請け負っている建設会社の人たちと共同で、何か月も前から構想を練り、社名などを書いた落下傘を作ってきた。実際に、それを「ガ」の中に入れ、打ち上げるのは地元の「龍勢連」の人たちである。「龍勢連」は集落ごとに13あり、彼らはそれぞれに、毎回、どんな「曲物」をしこむか工夫を重ねる。「花笠」の下には小さ花火が仕かけられているし、「龍」という小さな落下傘もいくつか入っていて、これも、色のついた煙なんかを吐きながら下りてくる。

左下は花笠。その小さな「龍」は色のついた煙を吐いている
 「第1号」の打ち上げは、正午。それから15分間隔で次々にロケットが上がるのだけれど、これがまあ、のんびりとしたものだ。ロケットが発射台(やぐら)に設置されると、まず「口上」が始まる。「おおりゅ〜う〜せ〜い」から始まって、お披露目の文句が語られる。ちなみに、昼の部2発、夜の部に1発打ち上げた我々の最初の口上は、「久方の 桂島の郷を 縦断の 着々進む 夢の道 第二東名高速道路」だった。新しい高速道路は、桂島地区に長大な橋を架けている。それで、この打ち上げも「桂島龍勢連」にお願いしている。口上が終わるころ、導火線に火がつき、発射すると「さあ、上がりました。まだ、まだ。それ開いた。見事! 見事!」と、解説が続く。
 この日、朝比奈川沿いの平地は、「公称3万人」の見物客で埋まった。けれど桟敷は、稲を刈り取った田んぼに、ビールケースを逆さまに置き、厚いベニヤ板を渡したようなもの。静岡工事事務所が作った我々の桟敷は、お茶畑に鉄パイプの足場を組んだものだった。ハウスがそのままになっている場所もある。

田んぼが桟敷席と変わる

岡部町長の井田久義さん
 「15年ほど前までは、神社の祭礼だったんですよ」
 我々の桟敷に顔をだしてくれた、岡部町の井田久義町長が、そんな話をしてくれた。それを「町の行事」にしたのが井田さん。反対もあったが、岡部町を売り込むには「宗教行事のままでは、公金を出せないから、町の行事にして、観光の目玉にしよう」と提案したのだ。そして、ロケットの原寸大のポスターを、山手線の電車内に貼り出したという。
 長さ18メートルのロケットを、そのまま写真にしたのだから、電車の窓の上に並べたら「乗客がみんな、顔を横に傾けて見ていたそうですよ」と、井田さんは笑いながら言う。
 それまでは、都会に出て行った子どもたちが、家族と見物に来るくらいだったのが、以後、友達や知人を連れて来るようになり、その人たちが、また別の知人を連れて来て……と、開催するごとに見物客が増えたという。
 岡部はもともと、東海道21番目の宿場町だった。「朝比奈大龍勢」は、町役場がある旧宿場からはかなり山奥である。そこまで観光客が来るようになったのだが、ふと桟敷の下を見ると、稲の切り株が残っている。打ち上げがすべてうまく行って、大空に色とりどりの模様を描くと、口上者が「大成功! バンザイ!」と叫び、見物客がみんな、一緒にバンザイする。
 「ああ、これは、収穫に感謝する農民の祭りなんだ」と思う。
 実は来年1月1日、岡部町は合併で藤枝市になる。「岡部町」としての大龍勢は今回が最後だ。が、この雰囲気は「藤枝市民」になっても変わらないだろうな、などと思いながら、撮影の義務を果たしたあとの酒が、こりゃあ、うまくて、名古屋へ帰る新幹線では熟睡してしまった。


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