んだんだ劇場2009年10月号 vol.130

No41−秋の陣−

詐欺師親父とペテン師親父
もう30年以上も前のことだが気になる男がいた。2,3度しか会ったことのない同年代の男で、秋田市内で飲食店を経営していた。ある時、親しげに傍らに寄ってきて「あんたと俺とで秋田の若者文化を変えようよ」というようなことを言われ肩を叩かれたことがあった。意味がよくわからなかったが、ずいぶんなれなれしく、生意気で傲慢な男だなあ、と強く印象に残った。
その後、彼がどうなったかは知らない。まだ飲食店を続けているのか、それにしてはどこからも噂や評判を聞かない。こちらが還暦という年齢になったせいかもしれないが、ときどきあの生意気な男はどうしているんだろう、と気になっていた。どうってことのない通りすがりのペテン師のような男なのだが、個性が強いからなのか妙に気になってしまうのだ。

岸川真という若いフリーライターが書いた『蒸発父さん』〈バジリコ〉という本を読んだ。副題に「詐欺師のオヤジをさがしています」とあるのに惹かれた。映画学校に通う著者が卒業制作に選んだのは26年間会ったこともない親父を探す映画だった。「親父さがしロードムービー」である。親父探しを実録ドキュメンタリーとして撮ろうというのだ。その撮影の顛末をメイキング・ブックとして書いたのが本書だ。結果から言うと親父は見つからなかった。さらに本としても成功しているとはいえない。でも力のありそうな書き手である。(岩波ジュニア新書で『フリーランスという生き方』という本も書いている)今後に期待してみよう。

この本で、映画製作の撮影隊に応募してきた同じ映画学校のノブという若者が登場する。このノブは秋田出身、本のいたるところにノブとその親父の関係が登場する。ノブの親は著者同様「ろくでなし」で、借金を抱え家族を捨てて秋田から東京に逃げてきた。いまは都内で雇われ喫茶店のマスターをしている。この、著者の親父とは違うタイプであるノブの親父の物語のほうが、ハラハラドキドキで面白い、というのは皮肉だ。

このノブの親父、秋田市で商売していたころの店名が実名で出ていた。それで気がついた。あの30数年前の生意気で傲慢な「若者」だったのである。
本の最後で、雇われマスターをつとめる親父の喫茶店に、著者と息子であるノブが訪ねていく場面がある。本題とはあまり関係ないのだが、久しぶりに会った息子に、なんとこの親父、待ってましとばかりに息子の有り金を強引に巻き上げてしまうのだ。いやはやすごい。
30数年前、不快に感じたペテン師特有の男の強引さは、時間の風化に耐え、いまもりっぱに生きていた。こんな形の「再会」もあるんだねぇ。


いつのまにか「読書の秋」
なんだか、ぼんやりしているうちに暑い夏がすっかりどこかに行ってしまった。朝夕がめっきり冷え込んで、そうか8月も終わっちゃったんだ、と気がつく。「秋のDM発送」も終わり仕事はひと段落、そのあと選挙があったせいか今頃になってようやく遅いDMの注文が入りはじめています。
選挙というのは本当に国民的行事だ、ということを肌で感じたのは初めての経験でした。政権交代がどうのこうのということではなく、まず郵便物が予定通りに届かない。さらに選挙期間中、郵便物そのものが量ががくんと減った。事務所に訪ねて来る人はほとんどいない。電話のベルもメールもふだんより極端に少なくなった。メディア関係の友人からはプツリと連絡が途絶え、外に出ると選挙カーがやかましい。散歩していても見たくもない候補者のポスターだらけでうんざりする。選挙なんてひとつもいいことがないのだが、今回の政権交代は予測できない「大きな意味」をもつ時代の転換点になるのはまちがいない。
外は何かとうるさい割に、わが周辺はきわめて静謐です。事務所から1歩も出ず、自分の世界のなかをプカプカ浮遊している感じです。選挙も投票者を決めれば終わったも同然だし、「山の学校」も8月いっぱいと9月上旬までは全く予定なし。だから週末になると、ひとりで秋田駒、栗駒、森吉、乳頭縦走と有名どころを狙って(淋しい山は怖いので)山歩き。ただひたすら暑いなかを、ひとりで花にも目もくれず、ひたすら登るだけ、ま、ある種のトレーニングのようなもの、なんとも味気ない。秋になれば「山の学校」も本格的なスケジュールを組んでくれそうなのだが、山は集団でワイワイ言いながら登るのが楽しい。
9月は「読書の秋」の入り口だ。その季節を狙ったわけではないが、ずっとリキをいれて編集してきた3冊の新刊が出る。鹿児島県屋久島の『森の時間 海の時間――屋久島一日暮らし』。これは尊敬する故・山尾三省さんの詩に奥さんの春美さんが短文を付した夫婦共作の詩文集である。2冊目は弘前劇場主宰の劇作家・長谷川孝治さんのエッセイ集『さまよえる演劇人』。そして、3年前、全国の人々を震撼させた畠山鈴香の殺人事件の克明なレポート『秋田連続児童殺人事件』(北羽新報編集局報道部編)の3冊である。いずれも力作で、ぜひ読んでほしい本ばかり。よろしくお願いします。

遠くに行きたい
「大人の休日倶楽部」の期間限定パス(3日間新幹線乗り放題1万2千円)が利用できる期間と重なった。そのため、けっこういろんなところに出かけた。1回目は長野まで行き、友人と一献、大道芸フェステイバルでにぎわう長野の街を歩いてきた。2回目は八戸、函館まで足を延ばし、市電に乗って広い函館の街を隅から隅まで歩いてきた。いずれも金曜日から週末を利用しての小旅行。そのなかに週末ではない平日の2日間、「遊び予定」が入ってしまった。「しまった」などというと不意のようなイメージを与えるが、もちろん、自主的に申込んでの結果である。

その平日の「遊び」というのは、1日目が「丁岳登山」、2日目が「羽州街道探訪会」。どちらも平日にわざわざ出かけても損のないイベント、と判断しての参加。丁岳は高い山ではないが、鳥海山の弟分に当たる小さな山で、とにかく急峻の連続で、ほとんど登りだけ、といっていいきつい山だった。参加者9名のうち2名がバテたほどで、ヘロヘロになったが、その分達成感も深い。羽州街道のほうは、その起点である福島・桑折の小坂峠と金山峠の一部を歩いてきた。前から行きたかったところで、桑折も初めて訪れた。ここは伊達政宗の出身地として有名で、なにせ江戸から来る奥州街道と、東北への入り口である羽州街道の出発点の追分である。街道歩きの好きな人たちには「聖地」のような場所といってもいい。桑折で見かけるポスターやパンフ、説明看板など、どこかで見たことのあるデザインが多いなあ、と思っていたら、よく見るとうちで作ったものだった。そうか街道の仕事でよく「桑折」を取り上げていたもんなあ。

遊んでばかりだが、この間、実は新刊2冊ができてきた。山尾三省・春美著『森の時間 海の時間』と、弘前劇場の長谷川孝治著『さまよえる演劇人』の2冊である。舎としてはかなりの力を入れてつくった本で、これから本格的な書店営業や新聞広告宣伝、もろもろの販促活動に入る予定。乞うご期待。


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