んだんだ劇場2009年2月号 vol.122
No64
初エステ

 僕には,2人の従兄弟(姉と弟)がいます。姉は,東京のエステで働いています。弟は,県立大学の大学生です。僕は東京のエステで働いている従兄弟に会いに行きたいと思っていました。(僕がエステ!?人は外見でなく,中身だ)と思っている僕はエステへ行くことに,躊躇いを感じていました。でも,それ以上に,従兄弟が働いている姿を見てみたい気持ちがありました。
 先日,会議に出席するため,東京へ行きました。時間的に少し余裕がありそうなので,僕は叔母に「従兄弟が働いている店に行くことができるから,連絡をしてほしい」と電話をかけました。「分かりました。マナブ兄さんが行きたいと伝えますね」と叔母。「ありがとう。連絡を待っているね」と僕。後日,叔母から電話がありました。
「働いている店は男性エステなので,来店する日と時間を教えてね。店の場所はHPを見れば分かるよ。マナブ兄さんの言葉,少し聞き取りにくいかも…と話したら,"聾話者の人も来るから大丈夫だよ"と話していたよ」
 男性エステがあることは知っていましたが,従兄弟は女性も通えるエステで働いているものと思っていました。僕の変な思いこみでした。早速,僕は『ダンディハウス』のHPを検索しました。【ニッポンに,いい男を 新春,男磨き】と宣伝文句が目に飛び込んできました。痩見コース,脱毛コース,美顔コース,リラックスコース,ブライダルコースの5つのコースがありました。(それぞれ,どんなことをするのかなぁ)と思って,ページを見ました。初めに,その値段に驚きました。4千円か5千円から2万円くらいのものまでありました。(エステは高いなぁ。エステに行く人はお金持ちかなぁ)と思いました。叔母に「行く」と言ったので,値段を見て,「やっぱり,行かない」とは言うことができない。「初めて行くので,一番安いコースでお願いします。お店には,午後4時30分に予約を入れてください」と僕は叔母に頼みました。
 従兄弟が働いている店は渋谷駅の近くでした。(渋谷駅に着いたら,駅員に聞けばいいなぁ)と思って,店の地図を印刷しました。母に「今度,従兄弟の店に行く。初エステなので,緊張するよ」と話すと,「きっと,従兄弟は喜ぶわよ」と母。「21歳の女性だからね。電動車椅子に乗った僕が行くと,いろいろなサポートが必要なときもあるので,迷惑かもしれないなぁ。仕事を始めて1年も経たなく,従兄弟の同僚の目もあるしね」と僕は呟くと,母は「考えすぎよ」と一言。友だちが働く店ならと違い,家族である従兄弟のことを考えると,従兄弟の立場を考えてのことでした。エステに行く前日の夜,従兄弟から電話がありました。「明日,待っているよ。秋田から気をつけて来てね。お店の場所,分かる?渋谷駅の南口を出てから,歩道橋を渡ってくるんだよ」と従兄弟。「分からなければ,(駅員に聞くから…」と僕は応えました。
 渋谷駅に着いて,駅員に「ここのお店に行きたいけど…」と,僕は地図を見せました。お店は,あるビルの2階にありました。駅員は「駅からすぐ近くなのですが,歩道橋を渡らなくては…この近くには階段しかなく,車椅子のお客さんが歩道橋の上り下りをするためには,ずっと向こうにあるエレベータを利用しなければなりません」と駅員。僕は「何分くらいかかりますか」と聞くと,「だいたい15分から20分くらいかかります。タクシーだと5分もかかりません」と駅員。僕はタクシーで行くことに決め,駅員はタクシー乗り場まで案内してくれました。タクシーの運転手さんに「はい,ここですよ」と言われたとき,僕は思わず「えっ!ウソ」と叫びました。店は2階にあり,周りを見てもエレベータはなく,(どうやって,店の中に入ればイイのよ)と僕は戸惑いました。僕は店に電話をしました。「今,店の目の前にいますが,エレベータはどこにありますか」と。従兄弟が電話に出ました。「今,行くね」と電話が切れたら,お店から従兄弟が出てきました。白衣姿で,まるで看護師の姿でした。まさか,白衣を着て仕事をしていると思わなかったので,ビックリしました。従兄弟と2年ぶりくらいの再会でした。「久しぶりだね」と言う従兄弟に,「エレベータがなくて…」と再会を喜ぶ前に,どうやって店の中に入ればよいかを心配していました。
 「ごめん。エレベータは従業員用しかないの。だから,階段を上っていきましょう。立てる?車椅子は,お店の人に運んでもらうから」と従兄弟。事前に,叔母からも従兄弟からも店にエレベータがないことを伝えてもらっていませんでした。僕にとって,エレベータの有無は重要な情報であり,僕のことを知っている友人や知人であれば,真っ先に伝えてくれるはず。まして,家族であればなおさらと思っていましたが,家族であればこそ,気にも留めなかったのかなぁと感じました。従兄弟は同僚を呼びに行き,「僕の電動車椅子をお店の中へ運ぶように」と頼んでいました。白衣姿の同僚がお店から降りてきて、僕の電動車椅子をお店に運びました。従兄弟は僕の手を握り,僕と一緒に階段を上り,店の中に入りました。受付のソファーに座り,くつろいでいると,「エステをする前に,お店の主旨を読み,サインをしてね。そして,今,お身体のどこが,どんなふうにお悩みか,どんなふうになりたいのか,エステに何を希望するのかなどを知りたいので,簡単なアンケートにも答えてね」と従兄弟。何だか,僕は恥ずかしくなってきました。僕のエステを従兄弟がやるようです。従兄弟の働いている姿を見たいと思ってお店に来たけど,まさか従兄弟にエステをやってもらおうとは考えてもなかったです。従兄弟は「どこから来たんですか」「職業は…」と業務用の質問をしてきました。従兄弟でなければ喜んで応えるものの,(全部知っているのに,何でワザワザ聞くのだろう。仕事だから仕方のないことかな)と思いつつ,白々しい気持ちになりました。従兄弟は「何で,この店に来たんですか」と質問した瞬間,「ワタシの紹介で来たんだよね」と自答して,さりげなく他の従業員にアピールをしているように見えました。「このハーブティーを飲んで、くつろいでくださいね」と従兄弟。お店の中は癒しのクラッシックの音楽が流れていました。白衣姿の女性が受付を行き来していたので,エステに来たというよりも病院の待合室にいるような感じでした。僕には『白衣=病院=治療』というイメージがあり,『エステと白衣』には違和感がありました。ただ,白衣を着ることで清潔感を与えているのかなと思いました。
 「はい,三戸様。こちらへどうぞ」と従兄弟が部屋に案内しました。初エステで,店の雰囲気に馴染めなく緊張しているのに,僕のエステをしてくれる人が従兄弟であることにますます緊張しました。教師は人から見られる職業なので,顔のエステを希望しました。「顔のエステは胸元のマッサージもするので,上半身だけ脱いでガウンに着替えてください」と従兄弟。「ネクタイとYシャツのボタンを手伝ってください」と僕。「分かりました」と従兄弟。どこかよそよそしい会話。2人は更衣室に入り,従兄弟から服を脱がせてもらいました。「ワタシ,こういうの,慣れているから大丈夫だよ」と従兄弟。(慣れているって,誰にやっているんだよ)と突っ込みたくなりましたが,それ以上に僕は落ち着きませんでした。従兄弟でなければ,平然としているのになぁ。「マナブ兄さん,お腹が出てきているよ。運動しているの?していないでしょ!」と従兄弟。(オマエに言われたくないよ)と思いましたが,言葉は「はい」と言う受け答えしかできませんでした。従兄弟が僕の手を握り,ベットへ連れて行きました。
 「ベットに仰向けに寝てください」と従兄弟。初エステの始まり。従兄弟でなければリラックスできると思うけど,従兄弟だから気が気でありませんでした。従兄弟は「気持ちが良くなったら,眠ってもイイよ」と言うので,僕は軽く目を閉じました。胸元にローションをつけて,胸元のマッサージから始まりました。気持ちが良いというより,とても感じてしまいました。従兄弟でなければ,「くすぐったいよ」と言うところですが,従兄弟に言うのは恥ずかしいので,必死に我慢していました。すると,その気持ちが従兄弟に見透かされていたようで,「少し感じるでしょ」と一言。僕は軽く頷きました。胸元のマッサージが終わったら,いよいよ顔のエステ。顔にローションをつけて,従兄弟はマッサージをしていきました。「アゴあたりに,肉がついてきたね」と従兄弟。やっぱり,従兄弟が言うことに僕は居心地の悪さを感じましたが,ひたすら僕は落ち着こうとしました。
「これからの予定は…」など,業務用の質問の中に小声で「おじいさんとおばあさん,元気?」と家族の安否を聞いてきました。このように従兄弟は働いていると分かったら,僕は少し安心しました。「初めての東京での一人暮らしに苦労したときもある」と叔母から聞いていましたが,従兄弟のエステから《元気にやっているよ》というメッセージが伝わってきました。僕は従兄弟が生まれたときから思い出して,立派に成長したなぁと嬉しくなりました。
 顔のマッサージの後,顔にパックをしました。「コラーゲンがたっぷりの…」と従兄弟は型通りの説明を始めましたが、僕はひんやりとした冷たさに身を委ねていました。顔にパックなんて,初めてではないと思うけれど,前回の様子を思い出せないでいました。パックの後、従兄弟は僕の顔についているシミとそばかすを取りました。「マナブ兄さん,シミとそばかす,ひどいよ。たまに,手入れをしないとね」と従兄弟。エステが進むにつれて、少しずつ僕も雰囲気に慣れてきて、気持ちに余裕ができました。従兄弟の話を半分聞きながら,僕は他のお客さんの会話を聞いていました。
(どういう男性がエステに来るのかな)
 平日の金曜日の午後5時過ぎにエステへ来る男性は、そんなに多くないだろうと思います。僕の隣のベットでエステを受けている方は中年のおじさん。話しぶりから、もう定年を迎えた方かなぁと推察しました。エステへ行く前、僕は(エステへ行く男性は、お金持ちのセレブだろう)と思っていましたが、最近の健康ブームで自分の健康を意識しているような方が来ているなと感じました。話を聞いていると、エステは単発ではあまり効果がなく、お店の会員になり,定期的に通うことでエステの効果があるようでした。エステの従業員は、会員の方のメディカルチェックをしていました。その男性が希望する理想的な体型や健康保持を、エステの従業員は側面からサポートしている印象を持ちました。エステに行く前と,エステの印象が変わりました。自分の健康にお金をかける気持ちも分かるような気がしました。でも、最近の社会状況からして、自分の健康にお金をかけられる方は豊かな方なのかなぁと思うと同時に、そう思うことが偏見で、娯楽に使っているお金を自分の健康に使っている方なのかなぁと思いました。いずれにしても、僕も自分の健康に気を遣うことの大切さを体験しました。
 30分くらいのエステは,あっという間に終わりました。従兄弟にボタンをはめて,背広を着せてもらいました。初エステにもかかわらず、僕は「マッサージ、うまかったよ。機会があったら、また来るよ」と言いました。従兄弟は「ありがとう。昨年まで,家族割引があったんだけど…」と従兄弟。「その気持ち、嬉しいよ」と僕は料金を払いました。帰りに「家族に見せたいから」と言って,従兄弟は同僚を呼びに行き,写真を撮りました。「マナブ兄さん,グットは古いよ。今はピースだよ」という従兄弟に,今どきの若い女性を感じました。
 エステの後,友人のNHKの女性スタッフと食事をしました。「私に会う前に,エステに行ってくれて,女性として嬉しい」と女性スタッフ。僕は(女性は,こんなふうに思うものなのかな)と半信半疑でした。


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