んだんだ劇場2009年1月号 vol.121
No55
日本の「まん真ん中」

巨大な円空仏
 愛知県一宮市で名神高速から分かれて、岐阜県、富山県を通る東海北陸自動車道を走るたびに、あれはなんだろう、と思っていたものがある。岐阜県郡上市にはいって間もなく、右手に見える、赤っぽい、巨大な「こけし」のような像である。

高速道路から見える像
 「まん真ん中の里」と書いてある。
 先日、いま私が勤めているNEXCO中日本(中日本高速道路)の社内報に連載している「インターから20分紀行」の取材で、現地を訪ねてみて、ようやく納得した。
 東海北陸道を美並インターで降りた。現在は郡上市だが、合併前は美並村といい、「日本の人口重心」だった場所である。それで1997年、「日本まん真ん中センター」というものが建てられた。建物全体が日時計で、日時計としては世界一高いという。が、まあ、それだけのもので、中はガランとした空間ばかりで、特に見るべきものはない。いわゆる「ハコもの行政」の典型だと思えばいい。そこできいて、あの、気がかりだった像のある場所がわかった。少し岐阜市寄りの、バンガロー村のような観光施設の小山にあるという。
 足元まで言ってみると、巨大な像だった。

間近に見た「まん真ん中の里」像
 しげしげと見て、「そうか、これは、円空仏なんだ」と気づいた。
 江戸初期、全国を遊行し、確認されているだけでも5000体以上の木像仏を遺した僧、円空は、この美並村で生まれ育った。旧美並村だけでも100体以上の円空仏が発見されていて、資料館もある。「日本まん真ん中センター」は、円空研究センターという看板も掲げていて、駐車場には、円空仏に似せた木彫の不動明王像が立てられていた。

円空仏を模した不動明王像
 ところで、『人口から読む日本の歴史』(鬼頭宏著、講談社学術文庫)によると、8世紀の日本の人口重心は、京都・大原の寂光院付近にあった。平安京ができたころだ。それが関ヶ原の合戦があった1600年には、「彦根市西方の琵琶湖上(沖合い9キロメートル)へと大きく」移ったのだそうだ。西日本に比べて、東日本の人口増加が大きかったからだ。
 それから400年が過ぎ、人口重心は、さらに東の岐阜県美並村に移動したのだが、「西暦2000年には、隣の関市に人口重心が移ってしまったんですよ」と、「真ん中センター」の職員が残念そうに話していた。もう少し詳しく言うと、今は関市になっている旧武儀(むぎ)町で、美並村からは南東方向になる。
 人口重心は次第に東へ、しかも太平洋岸方向へ移動している。東京の一極集中が、こんなところにもうかがえるのである。

初めて見たイイギリの実
 郡上市の中心は、旧八幡町で、城下町である。山の上にある城の写真を撮って、下る途中で、ブドウの房のように真っ赤な実をつけている木をみつけた。

イイギリの実
 私は、初めて見た。会社で植栽を担当しているYさんに、メールで写真を送ってみたら、「90%以上の自信で、これはイイギリだと言えます」との返信が来た。
 イイギリ科イイギリ属の落葉高木で、漢字で書けば「飯桐」。昔、この大きな葉で握り飯をくるんだことからついた名前だとか。別名・南天桐。そう言われれば、南天の実に似た色と形の実だと思う。自生するのはまれで、植栽されていることが多いということも調べてわかった。けれども、一般的な庭木でもないようで、見たことのない人が多いのではと思い、「珍しいでしょ」という気持ちも込めて、写真をお見せする。

ヒスイ海岸
 東海北陸道をそのまま走ると、世界遺産の白川郷を経て、小矢部ジャンクションで北陸自動車道につながっている。先日、北陸道を新潟方向へ走り、新潟との県境、富山県朝日町まで行ってきた。ここに「ヒスイ海岸」という、石ころだらけの海岸があり、その中にヒスイの原石が混じっているという。

石ころだらけのヒスイ海岸
 このすぐ先は新潟県糸魚川市で、ここを流れる姫川流域は古来、ヒスイの産地として知られている。姫川上流や、青海川上流には「ヒスイ峡」と呼ばれる場所もあって、出所がはっきりしているのだが、富山県朝日町のヒスイは、どこから来るのか、よくわかっていないようだ。海が荒れた翌日は見つかる確立が高いという。
 もちろん私も探したが、簡単にみつかるものではない、ということだけはわかった。でも、ここまで来たからには、ぜひともヒスイが見たいと思い、朝日町役場へ行った。玄関ロビーに、3・9トンもの巨大原石が展示されているのである。

朝日町役場にあるヒスイの原石
 でも、これで驚いてはいけない。町役場から車で10分ほどの総合文化施設「朝日なないろKAN」には、もっと大きな原石があった。

重さ9トンのヒスイ原石
  「これは、9トンあります」と説明してくれた係りの女性に、そばに立ってもらったから、その大きさがわかるだろう。役場の原石はガラスケースに入っていたが、こちらは自由にさわれる。そのせいか、上の方はピカピカになっていた。
 しかし、これらの巨大原石は、どこから持って来たのだろう。海岸で見つけたのだろうか。こんなのが転がっていたとは思えない。朝日町内を流れる川の上流部に、ヒスイ鉱床でもあるのだろうか。それは、誰も教えてくれなかった。
(2008年12月7日)



これは、なんだ?

名古屋の魚
 寒くなってきたので、朝、雨が降っていなければ、名古屋駅から会社までなるべく歩くことにした。地下鉄で1区間。上り坂なので25分ほどかかる。名古屋の夏の暑さは格別で、とても歩く気がしないが、冬なら、適度に体も温まって気持ちよい。
 途中に、柳橋の卸売市場がある。名古屋駅からは5分。仕入れに来るのは飲食店が多く、東京・築地の場外市場に似た雰囲気だ。
 そこで先日、こんな魚を見つけた。

顔が長いアカヤガラ
 なんとも奇妙な形だ。顔がやたらと長い。実は「尻尾」の部分も長くて、食べられるのは全体の3分の1しかない。ヤガラ科のアカヤガラという魚だ。築地に毎週、生鮮食品の取材に通っていたころ、初めてこいつを見た時は、ほんとに驚いた。体を伸ばして大きくなったタツノオトシゴか、と思った。
 本州中部以南にいる魚だから、北国の人は知らないだろう。が、実は、白身で、上品な味のする高級魚なのである。
 私は鹿児島市で、吸い物にしたのを食べたことがある。刺身がうまいというし、三重県の尾鷲市では、これをぶつ切りにした干物が名物だというが、まだ、どちらも食べたことがない。写真のアカヤガラは1kg.ぐらいで、1300円の値段だった。が、食べられるのが3分の1しかないから、これが料理屋で出てきたらいくらになるのか、奇妙な形より、値段の方が怖い魚でもある。
 次に、この赤い魚をご存知だろうか。新潟あたりで食べれば、やはり値段が恐ろしい魚と言えば、気づく人もいるかもしれない。そう、「ノドグロ」である。

箱に並べられたノドグロ

口の中は、ほんとに黒いノドグロ
 本名は「アカムツ」と言い、やや深い場所で獲れる魚だ。口をのぞくと、ほんとに黒い。島根県水産試験場の調査によると、この寒い時期に、日本海で揚がるノドグロの脂肪含有率は25%に達するそうだ。アブラギトギト状態で、焼き魚に人気がある。ところが、同じ時期に鹿児島で揚がったノドグロには、5〜6%しか脂肪がないという。日本海のノドグロに人気があるのは、そのコッテリ感のためなのだろう。特に、新潟では人気があり、値段も高い……と言っても、それは居酒屋値段としては高い、というだけであるが。
 さて、ここで質問。ノドグロが加えている小魚が何か、おわかりだろうか。
 これは、「メヒカリ」。やはり深海の魚で、本名は「アオメエソ」というが、目が青白く光るので「メヒカリ」……その通称の方がよく知られている。福島県いわき市の小名浜港名物とされていて、私は小名浜で刺身も食べた。けれど、これは、てんぷらか、から揚げがうまい。
 でも、メヒカリをくわえたままでノドグロが底引き網にかかり、箱詰めされるまでしっかりくわえていた、なんてことは、まず考えられない。ノドグロにメヒカリをくわえさせたのは、市場の誰かのいたずらかもしれない。
 余談だが、「笑点」の楽太郎ではないけれど、「腹黒」というニックネームの魚をご存知だろうか。それは、サヨリ。表面は銀色の美しい魚なのに、3枚におろすと、腹の中には真っ黒な膜がへばりついている。内臓を覆う腹膜が黒いのである。
 もう一つ、柳橋市場でみつけた魚をお見せしよう。いかつい顔、と言うより、なんだか、意地っ張りがへそを曲げたような面がまえの魚だ。マトウダイという。

フランス料理でよく使うマトウダイ
 市場の人に名前をきいたら「カガミダイだよ。ほら表面がピカピカ光って、鏡みたいだから」という。「マトウダイではないか」と私が言うと、「ああ、そうとも言うね」という返事だった。単なる別名か、とも思ったけれど、調べてみたら、こいつにはごくごく近い種の魚がいろいろあって、体の真ん中に、弓の的(まと)のような丸い模様のあるのを「マトウダイ」、ないのを「カガミダイ」と区別することがあるらしい。
 でも、一皮むけば同じ味で、ほんのり脂がのって、おいしい。ただし私は、これを日本で食べたことがない。15年ほど前にフランスへ取材に行ったとき、別々のレストランで2日続けてマトウダイの料理を出された。ムニエルにしてレモン汁をかけるのがおいしいと、フランスでは人気のある魚だそうだ。
 ところで、アカヤガラ以外は値段をきかなかったけれど、「本場」に比べれば、名古屋の魚は安いはずだ。トラフグは下関、アンコウは水戸、ハタハタは秋田ということになっているが、トラフグも、アンコウも、ハタハタも、実際は全国いろいろな所で獲れる。しかし、そこでは安いから、「ブランド」になっているところへ魚を運んで売っているのが、日本の魚流通の実態なのである。「○○漁港に揚がった魚だよ」と言われ、消費者は高い魚を買わされることになるが、それは水揚げした港のことで獲れた海は遠い、ということは、よくある。
 その点、名古屋では、「伊勢湾で獲れた魚は築地へ持っていって、売れ残りを名古屋へ戻して売るのさ」という「ウワサ話」がある。柳橋市場の魚を見ると、そんなことはないだろうとは思うが、「おいしい魚を、安く食べさせてくれる店は、ないなぁ」というのも、名古屋へ単身赴任して3年の実感である。
 もちろん、大金を出せば、あるのだが……へっへっへ、実は、私の財布でも、おいしい魚を食べて、一杯やれる店は1軒あるのですよ。確かめたかったら、訪ねてきてくださいね。

ガンコとナンダ
 前回紹介した、富山県朝日町の「ヒスイ海岸」へ取材に行った時、昼食は、黒部市の黒部漁港近くの「道の駅」ならぬ「魚の駅 生地(いくじ)」で「海鮮丼」を食べた。カワハギのみそ汁も注文して、900円ぐらいだったかと思う。
 ご飯に載っている刺身に、富山湾でおいしい魚として有名なブリがあるのは当たり前だが、タチウオの刺身もあったのには驚いた。これも、どちらかと言うと南の海の魚で、北国の人にはあまりなじみがないだろう。銀色に光り、「太刀」に似た形から名前がついた。

黒部漁港近くで食べた海鮮丼と、カワハギのみそ汁

名古屋の柳橋市場で見かけたタチウオ
 私は、塩、コショウして粉を振り、バターで焼いたムニエルが、タチウオの最もおいしい食べ方だと思っているが、前に何度か、瀬戸内の沿岸で刺身も食べたことがある。それを、富山湾で食べられるとは思っていなかった。
 「魚の駅」だから売店では鮮魚も売っていた。その中に、こんなのがあった。

「ガンコ」という魚
 「ガンコ」という名札がついているが、はて、これはなんだろう。ガラスケースの中なので、表側が見えない。腹の方の姿からはオコゼに思える。しかし、わからないので、食生活ジャーナリストの会の仲間で、魚の専門家、野村祐三さんに写真を送ってみた。
 新潟で「ガンコオ」と呼ぶミシマオコゼではないか、という返事が来た。
 「ミシマ」は東海道の宿場町だった静岡県三島市で、江戸時代の「三島女郎」に由来する名前らしい……けれども、どうもよくわからない。ただ「ミシマオコゼ」の表側は、一面茶色のまだら模様になっていることは、インターネットでいろいろな写真を見てわかった。「ガンコ」も、わずかに見えるわきの模様が、それらしい。野村さんが「新潟では、ガンコオ」というのだから、日本海側でも獲れる魚なのだろう。
 で、もうひとつ、「魚の駅」で売っていたこれが、わからなかった。

なんだ、という魚
 これは「なんだ」という魚である。しゃれや冗談ではなく、名札に「なんだ」と書いてあって、体長50センチくらいのが1匹1000円。ぶつ切りの切り身もあって、白身でフニャフニャした感じだから、たぶん深海魚だろう。鍋物にしたらうまそうな切り身だった。
 これも、野村さんに写真を送ったが、さすがの野村さんも「知らない」そうだ。もし、ご存知の方がいたら、この魚の「全国名」を教えてほしい。
 富山湾は岸辺から一気に300m.の深さまで落ち込み、最深部では水深1000メートルにも達する深い湾だ。だから、深海魚と思われる「なんだ」が獲れる一方で、南の海の魚であるタチウオも獲れるのは、表層を暖流の対馬海流が流れているからである。この季節は真鱈(マダラ)も揚がるし、大きなブリも揚がる。
 富山湾は、不思議な海であり、豊かな海なのである。

 これから年末まで、私は猛烈に忙しくなるので、おそらく今年、「房総半島スローフード日記」を書くのは、これで最後になると思います。ちょっと、早いのですが、みなさん、よいお年を。
(2008年12月14日)


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