んだんだ劇場2009年2月号 vol.122
No56
待つ間の楽しみ

三平の小話
 年が明けたら、坊さんが二人来たんですよ。
 和尚が、ツー。
……なんともバカバカしいが、今は亡き林家三平は毎年、正月になるとこの小噺(こばなし)をやっていた。三平の高座は何回か寄席で聞いたけれど、いつもこの手のダジャレの連続で、ある時、「きょうは、ちゃんとやりますからね。源平盛衰記ですよ」と最初に断って、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」と、『源平盛衰記』ではなくて『平家物語』の冒頭を語り始めたので、新作の大きな噺をするのかと思ったら、やっぱり脱線の連続で、小噺のつなぎ合わせだった思い出がある。
 でも、面白かった。テレビで見るより寄席で聞いた方が、三平は10倍、面白かった。その場にいる客の反応、動きを即座に取り込んでギャグを放つからである。客が席を立ったりすると、「奥さーん、トイレはそこ出て、右ですよ。右は、お箸持つ方ですよ。ごゆっくり。帰って来るまで、ほかの人がその席に坐らないように、ちゃんと見張ってますからね」などと言う。
 それは私の学生時代で、当時、池袋演芸場は畳敷きだったから、このギャグは新宿の「末廣」か、上野の「鈴本」で聞いたと思う。浅草演芸ホールは、1階席がいつも「はとバス」かなんかの団体客で埋まっていて、私は2階席にしか入ったことがなく、高座を間近に見た覚えがないから、浅草ではなかった。
 そんなことを思い出したのは、先日、友人たちと一杯やっている時に、「このごろの若い人は、古典落語のマクラを聞いていられないらしいね」と言う人がいたからだ。
 落語家が高座に上がって、「えー、毎度のお運びで……」などと話し始めると、「あ、面白くない」と、テレビのチャンネルを変えてしまうのだそうだ。
 寄席では高座の端に出演者の名が示されるだけで、どんな話をするのか、聞いてみないとわからない。古典落語なら同じストーリーなのだが、その本題に入る前になにか小噺をするのを「マクラを振る」と言って、これは、人それぞれである。まあ、それでもパターンがいくつかあって、「ああ、このマクラだと、きょうはあの噺か」と予測がつくこともある。けれども、何度同じ噺を聞いても、演じる人が違えば、やはり面白い。それが、芸の力だと思う。
 ところがテレビでは、「画面に出てきた途端に、何か面白いことをやらないと、今の若い人は、つまらないと思うようだ」と、その人は言う。
 「うちの息子なんか、相撲で力士の名が呼ばれると、チャンネル変えちゃうよ。それで、時間一杯になるころチャンネルを戻す。これが不思議にいいタイミングなんだ。だけど、仕切りは退屈で見ていられないと、息子は言うね」
 もう一人の友人が、こんな話をした。
 このごろ私は、バラエティ番組を、ほとんど見ない。タレントの楽屋落ちみたいな話を聞いてもつまらないし、ギャグと称する変な顔、変なポーズはもっとつまらない。簡単に言えば、あとに残るものがないからだ。しかし、それが受けるのは、常に何かの刺激を受けていないと不安になる現代人の心理なのかもしれない。
 そういう意味で、短い噺で笑わせていた林家三平という人は、テレビ時代の芸人の先駆だったのか、とも思える。いつもの噺を1分か2分短くしてくれとテレビのディレクターに言われ、「そんなことは、できない」と断った桂文楽は、その対極にいる人だった。私は、どちらもあっていい、と思っている。三平も文楽も、芸の力があった。困るのは、三平の亜流ばかりになっている最近の風潮だ。
 それは、人の話をしっかり聞いていられない、ということにつながる。じっくりものを見る、という姿勢が失われていく危惧を抱かせる。
 畑を耕して、野菜を作っていると、タネをまき、芽生え、それから収穫するまでの間でさえ楽しい。命の成長を見守るうれしさ、でもある。
 例えばこの時期、房総半島、千葉県いすみ市のわが家の道路わきでは、地べたにこんな緑が芽生えている。

道路わきの地面に広がる緑
 タンポポのロゼッタのように地面にはいつくばって、レース模様のような葉を広げている。これを見ると私は、こぼれダネがちゃんと芽吹いてくれたか、と、とてもうれしい。 この緑色の中から、3月になると茎が立ってきて、4月下旬にはたくさんの白い花が咲くのである。

群がり咲くカモミール
 これは、カモミールだ。ハーブの一種で、乾燥させてお茶にしたり、袋に入れて風呂に浮かべたりすると、精神が安らぐ効果があるという。まあ、わが家ではたいてい、咲かせっぱなしで終わりにしてしまうが、ふと気づくと茎が立ち、それが伸び、枝を広げ……春の到来を待つ間を楽しくさせてくれる緑である。
 原因と結果、あるいはスタートとゴールの間にある「過程」を見落としたら、なにごとも味気ない。

1月1日の月
 いすみ市のわが家は、隣家まで50メートルはある。東側から北側へ川が流れていて、その向こうは木立と田んぼと畑で、隣家は見えない。だから夜は暗くて、星がよく見える。大晦日も元旦も晴天で、元日の夕食のあと、庭に出て月の写真を撮った。

2009年元日の月
 三日月だった。その真下に見える星は、金星だと思う。
 私が使っているのは、コニカ・ミノルタの「A200」というデジカメだ。3年前に買って、直後にコニカ・ミノルタはカメラの製造をやめてしまい、それはそっくりソニーが受け継いでいるので、メンテナンスなどの心配はないが、この機種はもう販売されていない。一眼レフではなくて、高機能のコンパクトカメラである。700万画素あるので、仕事には差し支えないし、実に使いやすいカメラだ。
 が、一つだけ困るのは、星の写真が撮れないこと。
 月ぐらいの明るさがあると、ピントを合わせられる。しかし、ほかの星は、ファインダーを覗いても、何も見えない。いろいろ操作してみたが、だめだった。
 元旦の夜、東の空にはオリオン座が昇ってきていた。左下にはシリウス、天頂近くにはスバルが見え、目をこらすと冬の銀河がうっすらと天空を流れていた。それくらい、わが家からは星がよく見える……なのに、それを皆さんにお見せできない。
 そのうち、なんとか写真を撮りたいとは思っているので、とりあえず「元日の月」で、ご勘弁を。

なんだ、ババァか
 前回の「房総半島スローフード日記」で、富山湾の魚「なんだ」を紹介した。これが私にもわからない、と書いたら、たくさんの方から返信をいただいた。
 答を先に言うと、地方名「なんだ」は、本名「タナカゲンゲ」という魚である。正解者は1人、「ゲンゲの仲間」と答えた方が2人いた。

「タナカゲンゲ」が本名の「なんだ」という魚
 「ゲンゲ」とわかってみたら、富山駅前の居酒屋で、こいつのから揚げを食べたのを思い出した。淡白な味だった。「頭は捨ててしまった」と言われて、丸のままの姿をみていなかったので、黒部市で「なんだ」を見ても、見当がつかなかったのである。体全体を粘液が覆っていて、コラーゲンたっぷり。鍋にすると出汁がよく出るという。
 ちなみに、鳥取県ではこれを「ババァ」とか、「バアチャン」と呼ぶそうだ。言われてみれば、「婆ぁ」のような顔つきにも見える。

 というわけで、今年も「房総半島スローフード日記」を書き継いでいきます。ご愛読を。そして、たくさんの感想をお待ちしています。 
(2009年1月4日)


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次