んだんだ劇場2009年9月号 vol.129
No1 なまこ

 たしかエライ小説家だったと思いますが、なまこを最初に食した者には敬意を表したい、てなことをのたまっていました。小説家の想像力をもってしても、あの奇怪な塊りが単に食えるというだけでなく、絶妙な食感を持った珍味になるとは、思いのほかだったのでしょう。後に続いて、いろんな人が同様のことを言っているのをよく耳にします。多くの人にとってもやはり意外なことなのでしょう。
 内臓を塩辛にしたこのわたは珍味の代表格ですが、身を単にナマで酢の物にしていただくのもこたえられません。なまこをふんだんに入れた「なます」なんかは、冷にしろ燗にしろ日本酒にピッタリです。一度乾燥させてから戻して炒める、干しなまこの中華料理も、そのつるりとした食感はえも言われません。また、焼きなまこなどというのもあります。ただ身を炙るだけという、ぞんざいというか、素朴な食し方ですが、ポン酢などでつるつるの食感を楽しめます。
 煮て良し、焼いて良し、ナマで良し、と実に結構な話ですが、なまこはその姿に似合わず高級食材です。姿、かたちに比例しないのは、味ばかりでなく値段もです。ただ美味いというだけで、フトコロ具合も勘定せずにいるとヤケドしちゃいます。
 なまこに限らずなんでも、見かけだけで判断するのは危ういものです。アツモノに懲りてからなますを吹いても遅いのです。皆々様もゆめゆめご油断なきよう。

 数年ほど前からです。夏になると奇妙な夜這いが出没するらしい。狙うは若い娘ばかりで、張りのなくなったような肌には興味がないらしい。これについては大概の夜這いが同様でしょうが、変わっているのはその夜這いの中味です。
 日中の暑さが夜陰に雲散し、ようやくみなが眠りについたとおぼしき頃合に、若い娘の寝所に四つん這いで忍びこみます。これも夜這いの本道で、なんら変なところはないのですが、これ以後は指一本娘に触れるではなく、舌一本で事を進めていきます。しかもへそから下だけです。足首から太腿の付け根まで舐めまわし、最後のお尻に吸いつくのだそうです。
 娘が途中で異変に気づいてもどうしようもありません。目はさましたものの体が言うこときかない。仕舞にお尻が吸い込まれそうになったときは思わず声を漏らしたが、体は心地よい余韻にひたっているだけです。そんな娘の様子を伺いながら、男は四つんばいのまま後ずさりし、無言で立ち去ります。
 しかしこの夜這いの本領はこうなってからで、その後は夜な夜な娘のもとに通い、せっせと自慢の舌を娘の下半身に這いずり廻します。娘は娘で男の登場が待ちきれない。寝入った振りをして男のするがままにしているが、右の尻をがぶりと吸い込まれると、今度はこちらよとばかりに、うつ伏せになって男に左の尻を向ける。これも終盤に差し掛かるころには、もう娘は耐え切れず、仰向けになりせがむように腰を突き出すことになる。こうなったら先は見えています。両手で口を押さえ必死になって防いでいたあえぎ声も、絶頂期におもわず漏れだし、家人の知るところとなります。
 そんな娘が年に二人、三人と出るらしい。当然犯人探しもおこなわれたが、なにしろ娘たちは男の顔を見ていない。杳として分からずじまいです。ただ、その舌はなまこのように巨大で変幻自在、柔軟にして強硬、砂礫のようなざらつきと糊のようぬめりを併せ持ち、悪魔のように細心で天使のように大胆、しかも味には敏感、と実しやかな噂が囁かれているのみです。はてさて今年はどこの娘が狙われるのか。いや、すでに餌食になっているのかも。

 大町の後家の久米さん、この噂を耳にしてはたと思い当たります。最近の娘の様子に合点がいくのです。このところ日中はぼんやりしているくせに、夕餉を済ませた後は妙にうきうきして、そうそうに寝所に引きこもります。まさかそんな夜這いの存在は夢にも思い浮かびませんでした。ここは是が非に確かめねばなりません。
 久米さんは夜ふけには娘の寝所の隣に陣取り、あらかじめ狙いをつけた節穴から件の夜這いが現れるのを待ちます。娘は寝入っているのかどうか定かではありませんが、半身になって寝息らしきものを繰り返しています。ほどなく男が四つんばいになって現れます。頭には手拭いで頬被りし、その面は判然としません。これでいなせに手拭いを鼻の下で結わえたら鼠小僧の様相ですが、自慢の舌の邪魔を懸念してか、頤の下で巻き込んでいます。
 男は娘の足元に回りこむと、娘の身をおおう薄掛けを娘の前方に折り返し、重ねられた両足をくるむ浴衣の裾を今度は手前に捲くります。これでふくらはぎがあらわになります。ここからが事の始まりのようで、まずは挨拶代わりに、娘の上に重なった右の踝をぺろりと舐め、次いでふくらはぎに侵入し這い上がっていきます。同時に、両手は浴衣の端をつまみ上げ器用に娘の下半身を剥きだしにしていきます。その間、なまこのような舌は膝頭を経由して太腿に至ります。この辺は特に念入りに数往復を費やして舐めつくす。
 そしていよいよお尻です。右臀部外周を舌の裏側でぐるりとなぞったかと思うと、舌を反転させ尻の中央部にぺたりと貼りつけ、おもいっきり吸い上げた。これには娘も本当に持ち上げられるような感覚に身を固くしますが、舌がはがされるときには力が一気に抜け自然とうつ伏せになり、左の尻を男の目の前に晒している格好となります。
 ここまでくれば男はもう遠慮はなく、浴衣の裾は帯を折り返しにめくり上げ、左領域に取り掛かります。左臀部外周を一周した後、義理堅く踝までストレートに下り、そこから右でやったことを同じく繰り返します。これがお尻まで戻ってきて吸い込まれるころには娘の我慢も限界です。尻に張り付いた舌がはがされるや、仰向けになり腰を突き出し、催促します。男はすぐには応じません。まず、ぬめつく舌の表側でへそ下三寸を丁寧に舐めまわすとざらつく裏側で痛痒く逆にたどり、陰部はわざと迂回し、太腿に向います。ここからは左にいったかと思うと右に移り、上に向かったかと思うと下に下り、神出鬼没、縦横無尽、八面六臂の活躍で娘の股間は大きく門を開きます。娘をじらしにじらし、最後の最後に中央に分け入り総攻撃、完全撃破です。
 ぐったり疲れ果てた中にも満足の笑みを浮かべる娘を月明かりに見て、男は無言で闇に消えていきます。四つんばいで後ずさりしながら。頬被りしたまま。

 満足できないのは久米さんです。節穴から一部始終を覗きながら、なんで娘だけがあんな美味しい思いを、と憤懣やる方なしです。それで一計を案じ、
「明日は迎え盆、亡ぐなったオドォをオラが西の寝間で迎えるがら、オメは今日がら東の寝間で寝れ」
 これは娘には困惑です。いままでこんなことはなかったし、今夜いい思いをできないのも残念な話です。東の寝所は西の寝所を通らなければ出入りできません。とても夜這いを招き入れるどころではありません。それより夜這いに来てあの男はどうするだろうか。私でないと気づくだろうか。母親は私とそっくりの体形。気づかずに私と同じことをするかもしれない。気づいても同ことをするかもしれない。どっちにしろ我慢できない。あるいは気づいて、二度とここには現れないかもしれない。それも困る。
「なしてオラの部屋でねば駄目だのだ?」
「亡ぐなったもんはみんな西がら帰ってぐるに決まっているべ」
「なして今年に限ってオドォが帰ってくると思うだが?」
「オドォが亡ぐなって10年、そろそろオラを恋しがってるのが分がるのしゃ」
「もしオドォが来ながったら?」
「オドォがやって来るまで待つ」
「オドォに一度会えれば、それでいいのだが?」
「なんも、オドォがもうエェていうまでだ」
「あのぅ、もしもの話だども、オドォ以外の男が現れだら?」
「そりゃオドォの使わした者だ、オドォと思えばエェ」
 絶望的だ。男が気づいても気づかなくても、母親に同じことすれば、母親は男がやって来る間中ずっと西の寝間を占領することになる。男が気づいて退散したとしても同じだ。だれかがやって来るまで母親が居座ることになる。なんとかしなければならない。そこで一計を案じ、
「オッカー、寝巻き、こごさ置いておぐど」
 湯屋にいる母親にパリッと糊の効いた浴衣を用意します。ただ、そのちょうど尻の当たる部分には粗塩がたっぷりなすり付けられています。
 久米さん、色白の肌で体形は娘そっくり、年不相応に若く見られます。といってもそこは四十路の女性、いかに風呂上りの潤ったお尻でも、浴衣に塗りこめられた粗塩に触れなば一瞬にしてこれを溶かし水分はあっという間に吸い上げられ、残るのは年相応のしょっぱいお尻、というナメクジに塩作戦です。

 そんな事つゆ知らず、湯上りの身を浴衣で包んだ久米さん、臀部に多少の違和感を感じながらも、うきうきと西の寝所に向かいます。
 期待と興奮になかなか眠りにつけないながらもウトウトし始めた矢先、足元の薄掛けがそっとはがされるのに気づきます。そして浴衣の裾がめくられ、夜風がスーと股間まで通り抜けます。と、なまこの如き舌の裏側でしょうか、ざらりとした感触が踝を一周したかと思うと、舌を反転さたようで、えも言えぬぬめりがふくはぎを這い登っていきます。ただ、その動きは娘のときに比べ滑らかさに欠けます。男もいつもとの微妙な違いにまごついているのでしょう。首をかしげる気配もあります。
 それでも太腿に至るころには男も己を取り戻し、誠心誠意舐めまわします。予想以上の快感に、久米さん、必死で嗚咽を押さえています。娘に気取られてはならぬと枕の端を噛みしめますが、この快感がお尻まで這い上がってきたときに果たして耐え切れるか不安になるほどです。
 そしていよいよそのお尻です。ざらりとした感触が右臀部外周を一周したかと思うと、えも言えぬぬめりが中央部にぺたり、
「うっ!」
 男が一声漏らすと、ぬめりは潮が引くようにスーと遠ざかっていきます。続いて男も無言で遠ざかっていきます。四つんばいで後ずさりしながら。頬被りしたまま。
「なんじょした?これからだべ。こんたなどごで止めるどはどういう料簡だ」
 男の返答はありません。茫然自失の久米さんです。いったい何があったんだ、と男が最後に一舐めしたお尻をさすると、ざらりと塩の粉を吹きがさついた尻の感触。
「あの野郎、オラを年寄りど思って途中でほっぽりだしただが」
 怒り心頭の久米さんです。このままでは済ませません。そこで一計を案じ、
「オドォはあの世さ帰っだがら、オメはまだ西の寝間で寝れ。寝巻きはこごさ置いでおぐがらな」

 同じ経験したものは、成功体験だろうが失敗体験だろうが、同じようなことを考えるものとみえます。ただこちらは唐辛子です。ものがものだけに塗り込める場所は慎重を期します。いくら刺激には鈍感な臀部でも、陰部に近かったらエライことなります。ちょうどお尻の出っ張りが当たるとおぼしきところにピンポイントで、唐辛子を煮詰めた煮汁を塗り込めました。
 湯からあがった娘は浴衣に身を包み、いそいそと寝所に向かいます。臀部に多少ひりひりする刺激を感じながら。娘は、二日ぶりにあの快感に身を任せられるという期待と、男が昨日に懲りてもう現れないのではという不安がないまぜになっています。
 昨日は特別だったんだということ男に分からそうと、心持ち顔を上に向け、寝入った振りをしていると、いつもの時分に男はやって来ました。いつもの娘に戻っているのが確認できたのでしょう、安堵している様子が窺えます。そのせいか、いつも以上に迅速かつ丁寧に事が進められていきます。
 踝に始まりふくらはぎを通って太腿を入念に舐めまわし、臀部外周をくるりとひと回りし、お尻の出っ張りを見定めて、ベロリ、
「ヒー」
 男の悲鳴と同時に板戸ががらりと開き
「逃がさねど、この夜這い野郎」
 久米さんが鬼の形相で仁王立ち、右手には出刃包丁を握り締めている。男はそれを見てもまだヒーフー言っている。
「なんだ、なにが言いでごどあったら、最期だ、聞いでやるぞ」
「したな包丁持ち出して、なんじょする気だ」
「オメェの舌ばなますにしてやる」
「それだばありげてぇ。アツモノにはもう懲りた」


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