んだんだ劇場2010年1月号 vol.133
No67
食べ飽きない味

初冬のホウジャク
 11月の末に房総半島、千葉県いすみ市の家に帰ったとき、「メキシカンセージを起こしてちょうだい」と、かみさんに頼まれた。家の裏の花壇に植えているメキシカンセージ(アメジストセージ)は、夏の間にぐんぐん茎が伸びて1メートルくらいになった。今年は伸びすぎたのか、それが四方にだらしなく寝ている。それで、ヒモでくくって茎を起こしてほしいというのである。

初冬まで咲き続けるメキシカンセージ
 ハーブの「セージ」は、サルビアと同種の植物だ。これを使うから、腸詰を「ソーセージ」というのだが、それは「コモンセージ」で、たくさんある品種はたいてい、花を見るために栽培されている。わが家にも、何種類かセージがある。夏の初めからチェリーセージが咲き始めて、濃紫のメドーセージが夏の間咲き続け、ラベンダーセージがそれに続いて、メキシカンセージが咲き始める10月、今年新しく植えたパイナップルセージ(どういうわけか昨年、それまでの株が枯れてしまった)も花をつけ始めた。
 メキシカンセージの写真を撮っていたら、スズメガ(雀蛾)の仲間のホウジャクが、花の蜜を吸いに来た。

ハチドリのように空中で静止して蜜を吸うホウジャク
 スズメガの仲間には、時速50キロで飛行するものもあるといい、ものすごいスピードで羽ばたく。だから、ハチドリのように空中に静止して花の蜜を吸うことができる。昼に活動する蛾だそうだ。いつ卵を産んで、いつ成虫になるのか知らないが、私の目に触れるのは毎年、冬枯れが迫るこの時期だ。夏の間はあちこちにたくさんの花があるから、わが家の花壇にまでは来ないのかもしれない。山茶花(サザンカ)には蜂も来ているけれど、ホウジャクはメキシカンセージから離れようとしない。長いストローのような口なので、この花の蜜を吸いやすいのだろう。成虫で越冬するホウジャクには、12月になっても咲いているメキシカンセージは、エネルギーを貯えるのにありがたい花でもある。
 この花を植えていて、なんだかいいことをしたような気分になった。

SA・PA第2回メニューコンテスト
 自分で運転して高速道路を走り始めたころ、サービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)で食事するのは楽しみだった。店がきれいで、けっこうおいしいと思った。メニューの選択に困ったら、好物のカツカレーがどこにでもあるのが嬉しかった。
 でも、今年の初め、いま私が勤めているNEXCO中日本(中日本高速道路)のSA・PAを運営している子会社、中日本エクシスの原田社長と出席したあるパーティーで、偶然会った岸朝子さん……「料理の鉄人」の審査員で、「おいしゅうございます」が流行語になった……に、原田社長を「こちらは、高速道路のレストランを経営している……」と紹介しようとした途端、「あれは、レストランじゃない!」と、一喝されてしまった。
 やはり、そういう評価なのか。
 高速道路を走り慣れてくると、私もなんだか、レストランが「ファミレスよりちょっと上かな?」ぐらいの評価になってきていた。「高速道路の食事は高いし、決まりきったメニューしかない」というお客さんも多いと聞いた。確かに、ファミレスのようなメニューばかりでは、旅の思い出は残らないだろう。中日本エクシスに聞くと、フロア係が料理を運んでくれるレストラン部門でも、券売機でメニューを選択するスナックコーナーでも、一番人気はカツカレーだという。
 それじゃいけないと原田社長も痛感していて、昨年、経営する47か所のレストラン部門を対象に「第1回メニューコンテスト」を開いた。料理長に腕を振るわせて、地元食材を活かした新メニューをお客さんに提供しようという試みである。
 12月18日、「第2回コンテスト」の本選が、東京・千駄ヶ谷の服部学園栄養専門学校で開かれた。1か月の予選期間を経て、最終審査にエントリーしたのは8店。
 特別審査員に、服部学園の服部幸應さん、日本テレビの「3分クッキング」のチーフプロデューサーを長年務めた中村壽美子さん、それに、岸朝子さんの3人をお願いし、原田社長と、私も審査員を務めた。岸さんと、中村さんは、私とは食生活ジャーナリストの会の仲間でもある。
 8人の料理長の調理技術は、相当に高い。そして、今年もそれぞれ、地場の「わけあり素材」を駆使した献立を創意工夫していた。
 例えば、昨年の最優秀賞を獲得した、富山県、北陸道・有磯海SA(下り)の「からだにおいしい『魚津美味い膳』」(岸朝子さんの審査員賞)には、富山湾のブリの刺身、昆布締め、富山県・五箇山のおそろしく硬い豆腐が使われていたし、僅差で賞を逃したけれど、東名高速・日本平SA(下り)の「桜えび素揚げ丼」も、サクラエビ、ワサビ、トロロ蕎麦と、静岡県らしさにあふれていた。

富山県らしい「からだにおいしい『魚津美味い膳』」

静岡県ならではの「桜えび素揚げ丼」
 その中で最優秀賞に輝いたのは、山梨県、中央道・談合坂SA(上り)のシェフ、坂本信之さんの作品「『甲斐の国』美味漫遊」だった。

最優秀賞受賞の記念写真。左端が私

最優秀賞を獲得した「『甲斐の国』美味漫遊」
 メインは「大月おつけだんご」である。カボチャも入って、山梨県を代表する郷土料理「ほうとう」と同じものだが、「だんご」に一本とられた。「ほうとう」は、一種の煮込みうどんである。が、これには、うどんではなく、小麦粉を練って少し伸ばしたようなものが入っていた。大分県の「だご汁」、岩手県の「ひっつみ」に似ていて、もうちょっと緩く作れば「すいとん」になるだろう、と思われる「だんご」だった。
 ほのぼのとした味だった。
 主食は「やこめ御飯」。大豆の煮豆を散らしたご飯だ。
 「やられたな」と、私は思った。なんとも言えぬ懐かしさに満ちていたからだ。たぶん、山梨県出身者でなくても、郷愁を感じるに違いない。
 これに、地元の牛肉のすき焼き、地元の豚肉の蒸し物もあって1200円。この値段なら、味も量も満足感が得られるだろう。私は最高点をつけ、他の審査員も高得点で最優秀作品になった。
 それで思うのだが……名古屋に来て、高速道路の会社に勤めて、高速道路を頻繁に走るようになって気づいたことに、「○○牛」とか「◇◇豚」といった、地元食材を看板にしたメニューは多いものの、その肉の味が、ほかの地域の牛、豚とどれだけ違うのだろう、という疑問がある。
 松阪牛、近江牛、飛騨牛、米沢牛、前沢牛……高級ブランドの牛肉は全国各地にあるけれど、ここに名前を挙げた牛はすべて黒毛和種で、そのふるさとは但馬(たじま)牛なのである。現在は兵庫県である但馬地方で昔から飼われていた黒毛和種の子牛を買って肥育したり、但馬牛を種牛にして産ませた子牛を飼育したりして、各地のブランドにしているのである。元が同じなのだから、肉として取り引きされる時の等級が同じなら、基本的な味の差などないのが当たり前なのだ。
 牛肉の等級の違いは、主にサシ(肉の中にこまかく入り込んだ脂肪)の具合で左右される。私は一度、岩手県奥州市の前沢(ここには「牛の博物館」がある)で、前沢牛の握りずしを食べたことがあり、きめ細かなサシの入った生肉の、舌の上で溶ける脂肪のおいしさを知った。そういう牛肉を厚切りにしたステーキなら、軟らかさ、味わいの違いを感じることもできるだろう。
 でも、高速道路のSA・PAで、そんな高級ブランドのビーフステーキを食べたいと思う人は、皆無に近いだろう。「○○牛コロッケ」と称して、本当にそのブランド牛肉(牛肉なのかも確認できない)のひき肉なのかと疑いたくなる粒々を、マッシュポテトにごくわずかに混ぜ込んで、1ランク高い値段をつけているのは論外にしても、肉の味は「わけあり素材」よりも、調理で決まるものだろう。
 その点、中村壽美子さんが審査員賞に押した名神高速・多賀SA(下り)の「近江牛焼肉重」は、ある程度の厚みに切った牛肉を、1枚1枚焼いて、焦がし醤油バターで調味するていねいな「いい仕事」をしていた。

審査員賞を受賞した「近江牛焼肉重」

肉を1枚ずつ焼く、ていねいな調理
 でも、素材の味をシンプルに活かす調理は、意外に難しい。調理技術を駆使して、同じ素材でも目新しさを見せたくなるのが、料理人の人情なのだろう。今回のコンテストでは、2店が里芋をつぶして作ったコロッケを出品していた。
 実は里芋は、土質、気候風土が影響しやすい作物だ。これも、地域ブランドがたくさんあって、それぞれに「ねっとり感」とか、逆に「ホクホク感」を特徴にしている。でも、その芋を別の土地で栽培しても、同じ味にはならない作物なのだ。だったら、煮っころがしのような、単純で、伝統的な料理の方が、味がきわだつことになる。それは、噛んだ時の触感、第一印象が地場の里芋はそれぞれ、ということでもある。
 「『甲斐の国』美味漫遊」には、奇をてらったところが全くなかった。珍しいのは、「ほうとう」に、「うどん」ではなく、大月市周辺で昔から食べられている「だんご」を入れたことくらいだろうか。
 それを私は「懐かしい味」と言ったが、同時に「食べ飽きしない味」でもあった。

(12月は、コンテストの審査員とか、なにかと忙しくて、この「房総半島スローフード日記」もようやく、年末に書くことができました。今年1年のご愛読、ありがとうございました。来年が、皆さまにとって良い年でありますように。そして来年も、「日記」を書き続けますから、引き続きご愛読を、どうぞよろしくお願いいたします。加藤貞仁)

(2009年12月26日)


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