んだんだ劇場2010年12月号 vol.142
No14 蛙の面に

 友子は親の用事で本家に出向いた。時刻が時刻なだけに泊りがけだ。本家のおばさんは大好きだから、それはそれで楽しみなのだが、困るのはその息子の悟だ。友子の三つ年下のいとこで、がま蛙のような面をしたガキだ。
 これがろくなもんじゃない。この間の正月は、同じコタツに入ったばかりに、大事なところに指を突っ込まれるは納豆持ち突っ込まれるは、大変な目にあった。お返しにおろしがねで、悟のセガレをこすりあげてやった。果たしてあれで懲りたかどうか。
 本家の総領息子が年上のいとこに悪さをするなんて、まるで繁殖期の蛙だ。目の前を動くもんはみんなメスと思って抱きつく。まったく見境がない。
 本当に親の顔が見てみたい、と嘆くところだが、その二人は友子の伯父さんであり伯母さんであり、ごく普通の常識人だ。
 なぜこんなエロいガキが生まれたのか。蛙の子は蛙で、こいつが将来まともな常識人になるなんて信じがたい。もっとも、あの似ても似つかないオタマジャクシが蛙になるからこそ変態というのであって、その伝で言えば、悟がヘンタイであるのはもっともなことになる。
 逆にオタマジャクシなんか蛙を見て、オレも将来はこんなんになっちまうのか、ああ親の顔なんか見たくない、と思っているかも知れない。

 客間に一人で寝るような破目になったら、この変態息子に犯されかねない。久しぶりに伯母ちゃんと一緒に寝たい、なんて甘えてみせ、なんとか寝床は伯母さんの寝所に確保した。
 問題はやはりお風呂だ。一風呂浴びろというのを無下には断れないし、万が一悟に触られたとき、小便臭いガキに小便臭い女と思われるのも癪だ。ここは細心の注意を払い、切り抜けなければならない。
 まずは偵察してみる。
 脱衣場の出入り口の引き戸にはりっぱな錠が付いていて、内からしか開けられない。侵入される心配はなさそうだ。
 奥にある開き戸を押して風呂場に入る。中は、湯船の斜め上に窓が一つあるだけだ。幅広の縦格子で、引き違い戸になっている。いまは閉じられているが、格子一枚分横にずらせば、格子同士が重なりスリットが開くというやつだ。外側は嵌め殺しで、内側だけが動くようになっているが、ここが危ない、ここが主戦場だろう。
 あと、洗い場の天井、といっても立ち上がり腕を上に伸ばせばつっかえてしまう程度だが、その天井近くに換気口がる。平べったい横木が三枚、庇のように斜めに嵌め込まれている。雨、風を防ぐためなのだろう、わりと頑丈そうだ。外から中を覗こうたって、見えるのは風呂場の天井だけだ。

 伯母さんに、ちょうどいい湯加減だから先に入れ、と勧められ湯船に浸かっていると、外でガサコソなにやら怪しい気配。悟が覗きに来たのが知れる。
 まあ、湯船に浸かるお姉さまの艶姿あですがたぐらい、見せてやらぬでもないが、あのろくでなしは加減というものを知らないから、甘い態度がどこまで調子付かせるか分かったものでない。
 そうこうするうち、お湯がやたら熱くなっってきた。あのガキ、焚き口を扇いでいる。湯船から追い出して、そこを覗こうという算段だ。
 そうはさせるかと、脇の水道に繋がっているホースを湯船に引き込み、蛇口を目いっぱい開き、お湯を薄めながらタイミングを見計らった。
 友子がいかにも湯船から出たような湯音をたてると、違い戸の隙間から針金が伸び戸を開けた。覗き込む悟の蛙面めがけて、勢いよく放水する。怯んだところを違い戸をぴしゃりと閉める。悟は指をはさまれ、声にならない悲鳴をあげる。快勝だ。

 違い戸の隙間にタオルを突っ込んで動かないようにしておいて、洗い場でゆっくり体を洗っていると、またも外でガサコソやっている。蛙の面に水だ。まだ懲りていない。
 今度はなにをするつもりなのかと、油断なく警戒していると、換気口の真ん中へんから、何か妙なものが突き出てきた。立ち上がって見ると、目の前に子豚の鼻先のようなものがとび出ている。見覚えがある。おろしがねでこすりあげてやった悟のセガレだ。こんなところから侵入してくるとは、まるでエイリアンだ。しかも、パンパンに脹れ上がりいまにも粘液を吐き出しそうだ。
 友子にキャーと叫ばせて興奮したいのだろうが、友子もこんなもんでは動じない。それより、どんな体勢をとれば、こんなところから己れのモノを突き出せるのか、そっちの方が気になる。セガレなんかより外にいる親の格好が見てみたい。
 しかしヘタに興味を示せば、刺激するかも知れない。そんなんで興奮して射精されたらたまったものでない。

「伯母ちゃん、風呂場の換気口のとこで、なんかヘンなものがうごめいているよ」
「なめくじでねえが」
「なめくじかな、伯母ちゃんも見においでよ」
 それを聞いて、悟はあわてて己れのモノを引っ込めようとしたが、横木に引っかかって引き抜けないでいる。さすがの変態息子も、このザマは親に見せられないってんで、焦っているようだ。
「友子が出たら、入れ替わりにオラが入るがら、そのままのしとげ。あとで塩ぶっかげるがら」
「んだな、なんかもう動かなぐなったし、このままにしとぐわ」
すると壁伝いに、蚊の鳴くような悟の声が
「姉ちゃん、……助けでけれ」
「あら、セガレはずいぶん威勢よさそうだども、親のほうは死にそうな声だな」
「そのセガレが元気すぎて抜げね。手伝ってけれ」
「どうすればええんだ」
「そのー、石鹸の泡でやさしぐなでてけるどが、なんだったら姉ちゃんのその口で……」
 この期に及んで懲りていない。成敗してやる。ホースを取り上げるとセガレに狙いを定め、蛇口を全開した。
「ひー」
 小さい悲鳴があがると、地べたにどさりと落ちる音。

「どうがしたが」
 伯母さんが脱衣場のところまで来ているようなので、引き戸の錠をはずしてやると、手に塩壷持って立っている。
「なめくじさぶっかげでやれ」
「さっき水かげでやったらいねぐなった」
「あら、水なんかでなめくじが消えるもんだべが」
「なめくじでねぐびっきだったんだべ」
「びっきだったらそれごそ蛙の面に水だ、水ぐらいなんともねべ」
「いや、親の顔を見だぐねがったのだべ」
「……」


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次