んだんだ劇場2011年9月号 vol.152

No63−夏のすごし方−

夏の「どぜう」にはまってしまう

7月29日(金) 昨夜はモモヒキーズの事務所宴会。6名の参加で「どぜう鍋」。これはちょっと誰もまねできない好企画(自画自賛)だった。「駒形どぜう」に10数回授業料をはらい、下処理から地獄鍋(豆腐にくぐらせるやつ)までマスターしてきたSさんがいればこそ。柳川なんて卵を溶いて数秒で食べるのが美味しい、とはじめて知った。1キロ仕入れたドジョウはすっからかん。うまいうえに香りも上品、ゴボウとネギだけという材料も洗練の極致。堪能してすっかりファンに。夏は「どぜう」でしょ。

7月30日(土)久しぶりの様な気がするのだが一晩がかりで小説を読了。蓮見圭一『別れの時まで』。40歳の大手出版社編集者と70年代の企業爆破事件が、ある女優を軸に交錯していく話だが、オジサンにはうまく理解できなかった。公安警察や過激派の描き方にリアリティがない。いや20歳も違う「若者」には、こんな風にあの時代の「俺たち」は映っているのか、という新鮮な失望のような気持ちか。読ませる、いい小説だとは思うのだが、そのへんの時代的なリアリティが最後まで引っかかった。聡明な子どもたち、軽い公安警察、豊かな編集者、おしゃれな男女の会話……ありえないなあ。

7月31日(日)7月がどうにか終わってくれた。とにかく忙しかった。「忙しい」といっても円高ドル安中の為替のディーラーのような忙しさではない。何本もの途中の仕事を抱えて油断すると手を抜いてしまう危険と闘っている、とでもいえばいいのだろうか。緊張をずっと強いられるので、長く机をあけておけず、家でも気を抜けず仕事のことを考えている。陣中見舞いに来た友人が、昼間からソファーに寝転んでいるわが姿を見て「どこが忙しいんだ」と怒っていたが、いや気が休まらない状態が続くことを小生は「忙しい」と表現してるわけで……8月はすこしのんびりしたい。

8月1日(月)夜の散歩の途中、分厚いさいふを拾ってしまった。見つけた時、その厚さや形状から「ビンボーな若者のもの」とすぐに判断がついた。拾うか無視するか悩んだが、けっきょく拾ってしまった。なかには案の定、学生証とおびただしいカード類。今日、朝一番で大学に連絡、取りに来てもらうことにした。ああいう場合、無視するのも選択肢の一つかもなあ。散歩の時、携帯用さいふに2千円くらいの緊急用小銭をいれて歩くのだが、その額よりも少ない金額しか学生さいふには入っていなかった。忙しいから早く取りにきてね、学生さん。

8月2日(火) 酒田の池田昭二先生が昨夜亡くなられた。数か月前、病院にお見舞いに行った時はお元気だったのに。池田先生の本は『忘れがたい山』の1冊しか出していないが、亡くなった息子さんの池田拓著『南北アメリカ徒歩縦横断日記』はうちのベストセラーだし、その拓を主人公にした物語『ビーグル海峡だ!』は女子パウロ会に依頼され、私自身が書いた本だ。いろんな縁の深い、尊敬する先生だった。「鳥海山の主」とまで言われたアルピニストで、偉ぶらない人柄と温厚な性格に人望が厚かった。いまは何も言うことはない。合掌。

8月3日(水)誰も信じてくれないのだが実はスキューバダイビングのライセンスを持っている。20年前、せっせと実習に通い試験を受け取得した。この間、機材を背負い潜ったのは1回のみ。舎員旅行で海外に行った時、みんなと一緒に潜った。ライセンスを持っているのは私一人なのに溺れそうになって大恥をかいた。以来、海とはご無沙汰だ。泳ぎは得意中の得意だが、正直なところ海は怖い。今年こそ、と思いながら20年がたってしまった。まだ遅くないだろうか。ライセンスが泣いている。

8月4日(木)熱中症予防のつもりで水分を多めに取っていたのだが、夜、腹のあたりがキンキンと痛んで目を覚ますようになった。あきらかに冷たいもののとり過ぎだ。今日からはちゃんと魔法瓶にお茶を詰めて飲むようにしよう。冷たいものが身体に入り続けると、身体はその冷たさを感知して、何時間たっても「冷たいゾ」とシグナルを送り続ける。若い時は新陳代謝が盛んなせいか、こんなことはなかった。この年になると逆に身体はみごとに敏感に外界の変化と反応してくれる。衰えると敏感になることもいっぱいある。


ヨットに乗って幕末へ

8月13日(土) お盆初日は雨。内心ほくそ笑む。なにせこちらは仕事。快晴でみんな遊んでいるのになぜ自分だけが……などと心ちぢに乱れることもない。って、いい年して底意地悪いなあ。それは冗談だが、雨の日はなんとなく落ち着いて仕事に集中できる。一日中、机の前に垂れこめてもフラストレーションが溜まらない。朝夕、吹く風に秋とまではいわないが夏のそれではない微妙な「温さ」が感じられる。外を歩いている人ならわかるでしょう。 この微妙なニュアンス。

8月14日(日) ぼんやりとだが暑さが去って本が売れだすころの戦略を考えている。どの程度の媒体に広告を出すのか、どの本をメインに据えるのか、新刊と既刊の割合は、単独デビューさせる本と再デビューさせる本、自分の新刊の扱いをどうするのか……考え出すときりはなくなる。でも考えているうちに秋はすぐ目の前にやってくる。暑さの中でボーっとしながら、次にくる読書の季節のことを考えている。

8月15日(月) 仕事ばかりのお盆というのも悲しすぎる。酒田の友人カメラマンに電話、一緒に月山に登ることに。朝4時起きは辛い。おまけに夏休み中で人も多く、暑くてバテてしまった。自分の実力のなさにガックリの山行だったが、夜は行きつけの中華屋さんで挽回した。友人夫婦と飲んで食っておしゃべり。ここからがぜん調子が出てきた。腹いっぱい食べて飲んだのは久しぶり。ホテルに帰ってバタンキュウ。大勢で食べる中華ってホントうまいね。この酒田の「香雅」は家族総出でやっている家庭的な店で何を頼んでもうまい。酒田に行くたびに寄るお気に入りで、一度も裏切られたことがない。ニラレバや天津麺を食べるためだけでも行きたくなる時がある。

8月16日(火) 今日から仕事始め。昨日、月山から帰って溜まった仕事を片付けていたのだが、電話がひっきりなしにかかってくる。そうか、世間では昨日あたりから仕事がはじまっているんだ。あわただしい、というんじゃないな、やるせない、というかけっこう「切実感」のある目に見えない重しのようなものが世間の天空には漂っているのを感じる。夏休みは9月に入って取ることに決めた。8月はちょっと休めない。9月は10日間ぐらい休んで、旅をしたい。でも昔に比べて「旅」という言葉にそそられなくなった。

8月17日(水) 幕末の草?の志士・清河八郎について書かれた著作を読んでいる。まかり間違えば「北の坂本竜馬」になったかもしれない、この庄内出身の悲劇の孤士への歴史の評価は変節漢、山師、策士と悪評の渦だ。彼のことを愛情こめて描いたのは同郷の藤沢周平『回天の門』だろうが、新撰組の生みの親で、庄内で生まれた新徴組で才能を開花させた、この異才の生涯をもっと知りたい。坂本竜馬という人物は、実に清河と似た気質や性癖をもった策士で、たまたま歴史のヒーローになった。竜馬が「明」ならば清河は「暗」、思想も生まれ育った環境も風土も違うが、キャラクターや歴史との向き合い方はそっくりのような気がする。竜馬と八郎は別ったのは何だろうか。

8月18日(木) 本荘で開催されているインターハイのヨット競技を見に行きたいのだが、この空模様では……。20代のころ、友人のヨットに乗せてもらったことがある。大人になったらヨットに乗ろう、と決めていたが、なにせ海が苦手での山育ち。初めて海をみたのが小学5年という奥手だ。海になじめないままこの年になってしまった。でも今は、東北の少年少女たちが夏の海原を小さな白い帆船で疾走する姿を、見るだけでもいい。明日がそのリミットだ。


ようやく外に出て……

8月20日(土) 友人と二人、本荘アリーナへ。生まれてはじめてのヨット競技観戦。インターハイである。快晴で日本海は輝いていた。鹿児島や大分といった九州の高校の旗が目に付いたが大会は「北東北」インターハイ、これってどういうこと? 午前中いっぱい観戦して午後からは酒田市の土門拳記念館で石川直樹の写真展。昼食は久しぶりに大松家。そのあと鶴岡に移動して藤沢周平記念館を見て、さらに庄内町まで移動、清河八郎記念館を見学。ここでタイムアップ、庄内映画村には残念ながら行けなかった。1日で何もかも片付けてしまおうという貧乏人根性の限界でした。

8月21日(日) 山の仲間たちと森吉山滝めぐり。幸兵衛滝3か所と安の滝の計4カ所をへめぐった。滝めぐりと言ってもみんな山のなか、普通の山歩きとなんにも変わらない。傾斜がきついので普通の山より疲れたかも。先週の川遊びといい滝めぐりといい、水ってホント活力を与えてくれる。水のそばにいると人間はなんとなく安心する動物なのかも。後半は雨。これも水だ。

8月22日(月) ホンダのアコード・ワゴンに乗っているのだが昨日、森吉山に行く途中で走行距離が30万キロを超えた。買って7年、前任者から引き継いで乗りはじめたのが3年前だった。その時ですでに28万キロだったから前任者は年平均7万キロ近く乗っていた勘定になる。それはともかく、満身創痍で30万突破を機に乗りかえることにした。こんなきっかけでもなければ乗り心地がいいので、いつまでもこのボロ車に固執してしまいそうだ。車検も半年ごだし、これが潮時かも。それにしても30万って、信じられる?

8月23日(火) 暑かったり雨だったり右足首が痛かったりで、それを理由に散歩時のストレッチをサボっていたが、昨日から本格的に再開。涼しくなったせいもあるが、山の友人たち(先輩)のトレーニング内容をきいてショックを受けたせいだ。スクワット50回腕立50回腹筋50回を3セット、なんて軽々言われると目眩がしてくる。その10分の一もできない。先輩たちに少しでも近づきたい。各30回ずつ2セットぐらいこなせれば達成感はあるだろうな。でも現実はそう甘くない。

8月24日(水) 夜中までパリの世界柔道を観てしまった。眠い。いつもは12時前には寝てしまうのだがスポーツを観はじめるとダメ。ノンフィクションもスポーツものが好きだし、最近はプロ野球を観るのがテレビでは一番好き。昔はこんなに夢中というか熱心ではなかったような気がする。自分の中の何がスポーツにこうも敏感に感応しているのだろう。今の夢は陸上競技を「生」で観ること。先日は高校生のヨット競技を観に行ってきた。スポーツとしての登山競技も一度は観てみたい。マラソンやツールドフランスもたまらない。

8月25日(木) 連日の雨、なんだか梅雨に逆戻りしたような気分の日々。雨だと外に出る機会がガクンと減ってしまう。ところで車の話。30万キロを超え、来年2月に車検で、いよいよ新しい車を購入することにした。が、納車は半年後になるそうだ。車って売れてるじゃん、と驚いたのだが、特定の車に人気は集中するのだそうだ。そうか、おれが選んだ車は人気車だったのか。ま、それはともかくそれまでどうすればいいのか。今は代車に乗っているのだが、結論は今まで通り30万キロアコードを徹底修理して乗り続けることに。

8月26日(金) 9月にはいったら少し長い夏休みをとれそうだ。が、つらつら考えるに、どこに出かけても結局は夜、酒を飲んで終わり。「酒を飲む」という一点で想像力が止まり、土地への興味や愉しみがちっとも湧いてこない。信州の山々のトレッキングも友人と計画していて、こちらは今から楽しみでわくわくなのだが、一人旅への意欲がいまひとつなのだ。一人旅も夜の酒も若いころはそれが旅の絶対条件のようなところがあったが、もうどちらも魅力が薄く、できれば避けたいと思うほど。誰か年相応の旅の楽しみ方を誰か教えてくれないかなあ。


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