んだんだ劇場2011年12月号 vol.155

No66−忘れ物と失くし物−

忙しさの連鎖から抜けて

11月6日 山形市で出版パーティがあり泊まり。次の日、蔵王に登って新庄に寄り、連泊予定だったが、どうにもいろいろ気がかりの仕事が後ろ髪を引き、幸い朝から雨模様だったので蔵王、新庄をキャンセル、急遽帰ってきた。さっそく仕事。なんだか事務所にいると緊張していた気持ちがユルユル溶け出し和んでくる。自分でも何とも説明できないヘンな感情である。どこにも出かけず、だまって仕事をしていなさい、ということなのかな。

11月7日 今週は2冊の新刊ができてくる。春の終わりからずっとあたふたしていた仕事が今週でほぼ方がつく。長かったなあ。本はなかなか売れない。でも、つくる本があるというだけでもありがたい。といいながら、実は昨日、断腸の思いである「震災本」の出版依頼をお断りした。いい原稿だったのだが、うちでなければ、という仕事でもない。残された時間は多くないから「やらない」という選択肢も重要、と最近ようやく思えるようになってきた。

11月8日 30万キロも乗ったボロ車が12月にようやく廃車、新しい車が来ることになっていた。が、タイの洪水で部品が届かず納期が来年に延びそう、と連絡が入る。新車が来たらすぐに山行で汚れてしまう。その前に年末遠距離ドライブでも、とひそかに楽しみにしていたのだが。世界を驚かせている大事件が、まさか極北の田舎に住む自分と絡み合うなんて……。方向音痴なので車の運転は苦手なので、ドライブなんて言う発想はめったに出てこない。そういう意味では惜しいチャンスを逃してしまった。

11月9日 「50歳を過ぎると、希望を持って朝を迎えるという日は、少なくなるばかり」。昨夜読んでいた小説の中に出てきた一節。もう40年近く前の小説なので、50歳を60歳に置き換えてもいいだろう。確かにこの言葉に実感はある。あるのだが立ち直りもけっこう早いよお、中高年は。「本は売れなくなる一方だが、今つくってる本は別。これはひょっとして売れるかも」……寝起きのボンクラ頭で、懲りずに中高年はニンマリしたりする。そうか、この飽くなきバカさ加減が、わが仕事の持続の源泉であったのか。

11月10日 そろそろ来年の手帳やカレンダーを買う時期だ。もう5,6年同じ会社のものを使っていて、それは「ロフト」でしか販売していない。直接注文すると郵送料が高いので、出張で東京や仙台に行った時に買ってくる。今年から秋田駅前に小さな「ロフト」店がオープン、そこで買えるようになった。さっそく昨日、買い求めてきた。便利だなあ。でも簡単に買えるようになると、ありがたみも薄れる。同じ会社の手帳やカレンダーをこんなに長く使っている理由はただ一つ、書くスペースが広く、カレンダーの文字を消せる(変更できる)、ということに尽きる。

11月11日 今年予定していた本はほぼ出そろった。ちょっとのんびりしたい気分だが、「いつものんびりしてるじゃないか」という外野の声も聞こえそう。昨日土曜日は大館市にある竜ケ森という山に登ってきた。県北部の山は遠いせいもあってなじみが薄いのだが、若々しいブナに囲まれ落ち葉でフカフカの道を堪能してきた。調子に乗ったのか、浮かれていたのだろう、帰りの温泉でタオルを忘れてきてしまった(問い合わせたら、着払いで送ってくれるそうだ、うれしい)。


バカオヤジたちの冒険

11月14日 新聞の一面下方に3段分のスペースをとった広告を、全3」と業界用語でいう。今日、仙台の河北新報にその全3広告を打った。河北新報をとっていないので朝一番でコンビニに買いに行くと、「新聞休刊日」の張り紙。新聞が一紙もない。アレレッどうなっているの。広告掲載日を確認すると、やはり今日だ。そうこうするうちに仙台から個人注文が電話で入りはじめ仙台では新聞が出ていることが判明。新聞休刊日って全国共通の決まり事じゃなかったのか。震災があったため河北だけ特別な休刊日を設けているのかな?

11月15日 アメリカには秋田の種苗交換会そっくりな「ステーツ・フェアー」なる農業者のお祭りがある。ミュージカル映画にもなっているので観たら1945年(昭和20)制作で、なんとキャンピングカーで祭りに参加するお百姓さんが主人公だった。同じく林芙美子原作の映画『浮雲』は昭和21年の日本が舞台。パンパンになった女主人公の住むバラックに英語でクリネックスと書かれたテッシュの箱が積まれている。昭和20年にキャンピングカーで、昭和21年にクリネックスですよ、ご同輩。あの戦争はやはり「無知」が引き起こした人災であることは論をまたない。

11月16日 ごくたまにだが日程が数時間刻みで立て込んでしまう日がある。今日がその日だ。朝から健康診断の人間ドックがある。くわえて新聞県版の連載の締め切りの日だ。午後からは国際交流センターから外国のお客さんが来ることになっている。夜は夜で山仲間モモヒキーズの月1宴会。事務所2階が会場で小生がホストだ。だから下準備がいろいろある。でも一番厄介なのは健診のための「検便」。これは昨日と今日の2日間用意しなければならない。けっこう大変なのだ。朝から尾籠な話で恐縮。

11月17日 秋田大学の教育文化学部から医学部までは1キロ弱ほどの距離がある。この道路間にすし屋が6,7軒ある。昔からある店だ。よくつぶれないものだ、といつも不思議に思っている。その同じ通りにここ数年で同じくらいのラーメン屋がオープン。こちらは浮沈が激しい。開店すると学生たちは列を作る。評判を呼んで他地域の若者も食べにくる。数か月後、閑古鳥が鳴く、の繰り返しだ。店員はみんな黒いTシャツにバンダナ。はなっから仕事に命を賭けたり店を死守する、なんていう気負いやプライドはない。地元なので1度は食べにいく。2度と行かなくなる店がほとんどだ。

11月18日 金曜日に「代休」をもらい山に登ってきた。今日は土曜日だが、そんなわけで仕事。まさしく代休そのもの。今日から天気が崩れるため、天気のいい金曜日に代休をとったのだ。というのも山仲間たちはこの頃、秋田県内にある約60座のリストから、皆が共通で「登っていない山」を選びだし、そこに集中的にチャレンジする「遊び」に夢中なのだ。それに付きあっているのだが、最近だけでも大石岳(大仙市)竜ケ森(大館市)小岳(二ツ井)とメジャーでない山ばっかり。来週末は雄長子内岳(湯沢市)、これもはじめて耳にする山。なんとなく知らない山に行くのは未踏峰に挑戦するようなトキメキを感ずる。バカオヤジたちである。


右手だけなくしてしまう手袋の謎

11月20日 金曜代休の余録だ。土日に目いっぱい仕事ができた。週末は電話もメールも来客も極端に少なくなる。仕事に集中するにはサイコーの環境。仕事がずいぶんはかどって儲けた気分。ところで、金曜の山行は快晴の雪山登山。30センチ以上の積雪で登山靴がきれいになった。これも余録。調子に乗って昨夜の豪雨を利用、山で泥まみれになった車を洗おうと一晩中外に出しておいた。余録狙いだ。が、こちらは大失敗、泥が跳ねてもっと汚くなっていた。

11月21日 仕事の大きなヤマは越えて一段落、と行きたいのだが、冬に出る予定の本の準備に追われてアタフタは続いている。こんなふうにダラダラ目の前の仕事と追っかけっこをしているうち人生は終わってしまうのだろう。夜は意識して仕事をしないよう「努力」するしかない。その昨夜読んだ『計画と無計画のあいだ』(三島邦弘著)は今注目の若手出版人の自伝。そうかこんな30代もいるんだ、と感心しながら読了。自分の若いころとはレベルが違う。こんな人たちなら厳しい出版の未来を切り拓いていけるかもしれない。出版業界の本は概してつまらないのが常だが、この本は珍しく面白かった。

11月22日 寒い。手袋の季節だ。山に登るようになってから手袋の所有数が増えた。指のでる夏用からスキーのグローブまで10双は楽にある。汗っかきなので山では手足がすぐ冷える。山行には夏でも二双の手袋を持っていくほど。今朝、その手袋を整理していたら片手しかないものが三本も出てきた。無いのはすべて右手だ。山で作業するときに脱ぎ、そのまま紛失したのだろう。柄が違っても両手がそろえば一双で使うつもりだったが、人生はそううまくいかない。

11月23日 料理が趣味の友人が「イカが安いから」と事務所でひょいひょいとイカずくしの料理を作ってくれた。お刺身(黒造りに白造り)から鍋までのフルコースだ。黒造りというのは刺身にイカスミをかけ大根と一緒に食べるもの。絶品だった。ついでにイカの正しいさばき方も教えてもらった。一番の収穫は鍋に使う春菊。茎からきれいに葉っぱだけをむしり取り、葉っぱは葉っぱで、茎は茎だけで煮る。こうすると春菊の香りや味が際立つ。料理ってこうしたディテールなんだよね。いやはや奥が深い。

11月24日 師走から来年1月にかけて出る本のスケジュール表をつくっている。これがけっこう難しい。お正月が挟まるので中断期間を計算しなければならない。毎年のことだが普通の時期より納期が10日は遅れる。同時に12月に出る新刊は下手をすると年明けとともにすべてを「リセット」するという日本的慣習の犠牲になり、「なかったこと」にされる可能性もある。年内に刊行しているのに奥付は来年という本もよく見かけるのはそのためだ。

11月25日 健康診断の結果はまだだが「再診」マークは必至だろう。毎年毎年、結果に一喜一憂するのも健康上どうかと思うが、再診マークがついても医者に診てもらうことはほとんどない。医者は嫌いだ。と言いながら昨日は歯医者へ。年に5,6回は歯医者に行くが不思議なことに歯医者は嫌いではない。命に別条ないからか。ちょっとでも異常があると迷わずかかりつけの歯医者に行く。もっとガリガリやってほしいのに、あっけないほど簡単に治療は終わった。明日も行きたいくらいだ。それは冗談にしても、軽々と夜食を食べるように胃カメラを飲めるようになりたい。飲まないのが一番なんだけど。


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