んだんだ劇場2011年12月号 vol.155
No89
新しい堆肥枠

父親の堆肥枠が壊れた
 房総半島、千葉県いすみ市のわが家では夏の間、空き地の雑草をせっせと刈って積み上げている。堆肥にするのだ。それは、1998年の初夏、ここに家を建てたとき、父親が福島から運んできた堆肥枠の中に放り込んで積み上げる。

父親が作った堆肥枠
 堆肥枠は、父親が作った。1間(1・8メートル)四方の大きさで、角材に、厚めのわき板をびっしりとネジ止めした頑丈な造りだ。毎年、秋も半ばを過ぎた頃になると、枠を引き揚げてはずし、隣に置き直して堆肥を積み替える。前年刈った下の方の草は発酵が進んでいるが、今年の夏の草は生のままなので、それを下にして、発酵の進んだ部分を上に置く。これを「天地返し」と言い、翌年の春には、上の部分を元肥として畑に入れるのである。
 堆肥積みはけっこう疲れる。特に堆肥枠に草を放り込んだ草を、しっかりと踏み固めるのが最もくたびれる。これをちゃんとやらずに、草にすき間があると発酵がうまく進まない。ダイエットしなければならない私の体重が役立つ、数少ない機会でもある。

堆肥を積みかえる父親

しっかり踏みつける
 しかし15年も使っていると、さすがにわき板が腐って来て、父親は少しずつ板を新しいのと取り替えていたが、それでは間に合わなくなってきた。10月の初めに、私が「そろそろ、新しく作った方がいいかな」と言って、単身宅のある佐倉市へ戻ったら、次の日、かみさんから「お父さんが、堆肥枠を壊してしまった」と電話が来た。父親は、自分で直そうとしたらしい。だが、角材をつないでいたボルトをはずしたら、全体がバラバラになって、そのあとどうしようもなくなったようだ。
 しかたないから、私が材木を買って来て新しいのを作った。とても父親のような頑丈なものは、時間もないし、材料費も高くつくので、1・8メートルの角材と板を買って来て簡便に作ってしまった。これまでの堆肥枠に比べればちゃちなものだが、5年くらい使えればいいかなと思っている。

製作途中堆肥枠

さっそく刈り草を入れた
 それが11月5日の日曜で……10日の木曜、かみさんが朝、起きてリビングへ行ってみると、父親が腹痛で苦しんでいた。かみさんは近くの総合病院が開くのを待って連れて行き、そのまま父親は入院した。その夕方、「あした、主治医の先生が、家族に話をしたいと言っている」という連絡があり、金曜、会社を午後から休んで帰り、かみさんと病院へ行った。6年前の10月に手術した胃癌が肝臓に転移していることは、10月にわかっていたのだが、それとは別の場所で増殖した癌細胞が父親の大腸を締め付け、消化した食べものがそこで詰まったために起きた腹痛だと説明された。
 とりあえず痛みをおさえ、炎症を鎮める抗生物質の点滴治療をするが、大腸を切除する手術には父親の体力が持たないとも言われた。炎症がおさまれば、24時間かけて強力な栄養補給の点滴をして、小腸の末端を直腸の近くの大腸につなぐ手術ができるという。そうすれば、また食事ができるようになるのだが……以来、父親は最低限の栄養と水分を点滴で得ているだけで、病床の生活を続けている。
 父親が堆肥の天地返しをしている写真は、3年前の11月に撮った。当時76歳の父親は、かなり体格がいい。それが今はウソのように痩せた。なんとか手術ができて、家に戻って来てほしいと願う毎日を、私は過ごしている。
 
カボチャがゴロゴロ
 新しい堆肥枠を作ったら、かみさんがサツマイモの蔓(つる)を引っ張って集め、堆肥に積み始めた。サツマイモの収穫時期になって、繁茂した蔓を片付けなければイモのある場所にも近づけないからである。
 そしたら、サツマイモの葉に隠れていたカボチャが、ゴロゴロと現れて来た。それは、畑の南側に立てた防風ネットの向こう側、地主から管理を任されている空き地だ。

サツマイモのつるを片付ける

カボチャが見えてきた

 今年の春、父親はそこを耕し、サツマイモの苗を植えた。ところが時期が早すぎたらしく、苗は寒さにやられてしまい、4月の下旬、改めて植え直した。それはいいのだが、父親は同じ畝の空いた場所にカボチャのタネもまいた。
 その頃、かみさんが「サツマイモって、あまり肥料がなくてもいいんだよね」と、私に言った。
 「そうだよ。肥料がありすぎると、蔓ばかり伸びて、イモが育たないんだ」
 「でも、お父さんは、あそこにたっぷり有機肥料を入れてから、サツマイモの苗を植えたよ」
 その結果、サツマイモもカボチャも、自由奔放に蔓を伸ばした。
 サツマイモは、旺盛に蔓を伸ばす夏に、つるを地べたから引き離してやらなければならない。これも「天地返し」という。そうしないと、蔓が地面に接したところに根が生え、そこにもイモを作ろうとして、もともとの根にできるイモが小さくなってしまうのだ。しかし今年は、カボチャの蔓が、サツマイモの蔓と入り組んでしまった。カボチャも、蔓の途中から根を出すが、それは先端にできたカボチャへ栄養を運ぶ重要な役割がある。カボチャの蔓はそのままに、サツマイモの蔓だけ地面からひっぺがすなんてことは、できるもんじゃない。
 この夏、父親は体力が落ちたのか、あまり畑に出なかった。水分補給を忘れて熱中症にでもなったら大変だからと、かみさんが「日が高くなったら、外に出ないでくださいね」と父親にしょっちゅう言っていたせいもあるのだろう。年齢のせいか、父親はのどの渇きをあまり感じないらしく、汗をかいてもおかまいなしに畑仕事を続けることがあった。
 だから、防風ネットの外側には気配りが行き届かなかったのかもしれない。私が気づいたときには、かなりの面積がサツマイモとカボチャの蔓に覆われていた。加えて、東側の川に面した土手からは、クズの蔓が伸びてきて、これまたサツマイモの蔓にからまり、9月に空き地の草刈りをした時、クズの蔓はある程度取り除いたが、その作業だけでも汗だくになった。
 そんな自由放任農業がよかったのか、カボチャは豊作。サツマイモも大きなのが採れた。

カボチャと同じくらいに育ったサツマイモ
 佐倉市の単身宅で、私は今、サツマイモをご飯代わりに食べている。
(2011年11月23日)


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