んだんだ劇場2012年3月号 vol.158

No69−スッポンのおかげ−

雪に閉じ込められて考えること

2月4日 「こう雪ばっかりだと、冬眠したくなるね」と言った友人がいた。確かに毎日雪ばっかり見ていると、自然に気持ちはどんどん内向きに下降していく。誰とも会わず、外出が面倒になり、未来より過去に耽溺していく。今を見据える力が足らなくなると、人は過去に逃げ込もうとする。「いくつものさよならが、寒さの中にある」という言葉もあった。雪に克つ方法はただひとつ。どんなひどい吹雪の日にも外出(散歩)すること。そうするとネガティブだらけの雪に、かすかながらも何かしらのホテンシャッルを感じることができる。これが自分的には克雪の一番の方法なのだが、できれば春よ、少しは急いでくれまいか。

2月5日 テレビで見逃してしまった「パタゴニア 世界の果ての冒険レース」(NHK)をライブドアでレンタル! 700キロ余りを8日間かけて走破する過酷な国別チームレースだ。日本チームの若い女性はろっ骨を折りながら完走、見事5位に入った。参加者のほとんどが「寒さ=低体温症」と戦うレースだった。レベルは違うが汗っかきの小生も、よく山頂でガタガタ震えている。低体温症で汗が冷えて身体の体温を奪うのだ。汗っかきだけの欠点なのだが、この数百倍たぶん激しい条件で展開する過酷なレースでの低体温症である。観ている側も震えてしまうシーンの連続だった。しかしなあ、ろっ骨折った若い女性が、たとえばトライアスロンを完走する、なんて考えられます?

2月6日 今週末もまたずっと降りしきる雪を見ながら事務所で仕事だ。仕事と言っても雑用の類だが、とにかく休日は集中できるし効率がいい。その結果、やりすぎて困ることもある。月曜日になってもやることがなくなるのだ。下手をすると水曜日くらいまでの仕事を事前に準備してしまうこともある。結局は事務所でお茶を挽く羽目に。「茶を挽く」っておかしいか。ヒマになるのである。それに身体を動かさないと夜の眠りが浅くなるという重大な問題も残る。週末は仕事をしないで外で汗を流す、これが一番だ。わかっちゃいるけど、この雪じゃあね。

2月7日 1月2月というのは、なぜか良い思い出が過去にもほとんどない。いつも「早くこの時期をやりすごしたい」と焦っていたような気がする。仕事はヒマだし本も売れない。かててくわえて雪の問題も小さくない。雪に割かれる様々な労力が半端ではないのだ。年々その思いは強くなる一方で、雪は理不尽だ、とひとりごちることが多くなった。いや、理不尽と闘うのが大人というもんだろう、と逆に自分を鼓舞しながら、いつもどうにか雪や冬を乗り切っているのだが、本当の雪の怖さは、年をとらないとわからないゾ。
2月8日 どちらかというと本や映画でも物語よりドキュメント系を好む傾向がある。どうしてだろう、と自分でも不思議に思っていたのだが、プロ野球のキャンプ解禁のニュースに気持逸る自分を見て、合点がいった。野球観戦は好きだがキャンプやトレーニング風景は何をさておいても観てしまうほど、もっと好きだ。試合の比ではない。そうか、自分は本舞台よりその「舞台裏」に興味があるタイプなのだ。好きな映画や本、原稿や企画の選択の基準、友人たちとのおしゃべりの内容から芸能人の話題まで、キーワードは「舞台裏」だ。これですべて説明できる。要するに田舎者のミーハーってことですかね。

2月9日 寝る前に食べるのはよくない。就眠4時間前には食べるのをやめなさい、とよく言われる。このところ夜9時前後に飲食する機会が続き、テキメンに体調が悪い。寝付きが悪く、山に行く気力がわいてこない。身体だけでなく心にも微妙な暗い影を投げかけている。心身とももっさりして、身体から生気が抜けてしまった感じ。そんなわけで、この3日間、夜7時以降は食べ物(アルコール類も)を口にしていない。とたんに寝付きが良くなった。心も少し軽くなったような……。食い物ってすごいね。

2月10日 もう金曜日か。今週は何となく「浮かない日々」が続いた。朝起きるとき「やるぞッ」という、いつものエネルギーがわいてこない。ヨーロッパの信用不安だとか、病気や未来への不安、死について考えながら目覚める、どうにも暗い1週間。どうしてこんなことになるのか。何でも雪のせいにしてしまうのも問題だが、「雪に閉じ込められている」という閉塞感が気持に大きな影響を与えていることはまちがいない。それにしてもヨーロッパは大丈夫なのか。世界は一時的な危機の中にあるのではなく、大きな歴史的ターニングッポイントに立ちすくんでいる。誰の目にも、ちょっと先の未来すら見えてはいないのだ。


スッポンで忙しい1週間を乗り切った!

2月11日 週末になったとたん快晴。今日は朝から「意を決して」近所の山へ。岩谷山という小さな山だが、急峻でハードな雪山だ。下りた先がユフォーレという温泉なので昼飯はそこ。夜は何人かの有志たちで事務所鍋宴会。昨夜は久しぶりの山行にコーフン、うまく寝付けなかった。この寝付けないという小心さも「自分の楽しみの一つ」とポジティブに考えることにした。苦しい山行を楽しいと感じられるのは、「生きている」という実感があるからだろう。

2月12日 書庫にあった「秋田の薬草」という30年以上も前に出した本を見つけて、友人が借りていった。とちらりと奥付をみると78年初版。なんと短期間に5刷まで版を重ねている。部数にすれはゆうに2万部は行っている。いやはや今ではとても想像もできない「事態」だ。出版や地方の世界に、こうした「勢い」が再びめぐってくることは万に一つもない、とだけは断言できる。それにしても5刷って……。

2月13日 Sシェフが「市民市場にスッポンが泳いでいる」というので急遽、事務所でスッポンフルコース。血は白ワインで、甲羅(のゼラチン)までしゃぶり、鍋は薄味にしてポン酢、雑炊は何杯お変わりしたろう。問題は夜で少々飲みすぎで胃もたれのため、なかなか寝付けなかった。2日目の夜も、寝不足のはずなのに今度は目がランランと冴え、まったく寝られない。スッポンが目に効くなんて初めて知った。とはいえ2日間完璧な寝不足なのに身体に疲れはほとんど感じない。やっぱり効いているんだ。ちなみに生きたスッポンの値段は1匹6千円。

2月14日 今週はあわただしい。ごくたまにだが1年の中でこんな週がある。新刊があいついで2本出る。飲み会が3回、週末はスキーとスノーハイクの連チャンで、読まなければならない原稿が2本。DM通信などの原稿も4本書かなければならない。忙しいのは嫌いではない。ヒマは怖い。でもこうも固まって行事や仕事が密集する意味がわからない。均等にバラけてほしいのだが、そううまくいかないのが仕事だ。スッポンのおかげで体力は大丈夫そうだが、気力がいまひとつ付いて行かない。

2月15日 いつもなら鼻歌まじりで書いてしまう愛読者通信や新聞の原稿、執筆者用アンケートのコラムなど、なかなか書けずに苦戦中。前ならものの10分もあれば大丈夫だったのに、もう3日間、ああでもないこうでもないと呻吟している。ようするに書きたいことがないからこうなるのだろう。じゃぁ書きたいことって何? ……いやだめだ、こんな風に堂々巡りをしているうちに締め切りはどんどん迫ってくる。いくらルーチン・ワークといっても毎年毎年こちらは年をとっていく。少しずつ能力も体力もフットワークも落ちていく。悲しいけどそれが現実だ。

2月16日 ネット書店は早くて便利で大助かりだ。ユーズド(古本)で買う頻度も高くなっている。先日、トラブルがあった。松岡正剛『17歳のための世界と日本の見方』という本をユーズドで買ったのだが、3色ボールペンで目がチカチカするほどびっしり線を引いている。小生も線引き派だが、人にあげるとき消せるように鉛筆で引く。この本は大学の講義録なのに、こちらが線を引く余白がまったくない。まるで使い古しの教科書だ。あらためて新刊本を買いなおした。

2月17日 2月はヒマ、という思い込みが強すぎ、飲み会やら打ち合わせ、週末の野遊びを詰め込みすぎてしまった。あたふたしている間に詰め込みすぎの1週間が過ぎていく。3月からはある程度忙しくなる慣習(恒例というかある種の予感)だが、それが前倒しで2月中旬からシーズン突入という感じだ。ようやく新しい年に入った、とでも言えばいいのかな。 

2月18日 金曜日の夜は近所の居酒屋で古くからの友人たちと一献。家周りの工事や車の送迎などで手伝ってくれる町内在住の人たちだ。彼らの話は面白い。水道工事や運転手の舞台裏から職人たちの生態、近所のヘンなオヤジの噂話まで、4時間があっというま。


春のスタート台に立った気分

2月19日 4,5年前に急速に上達したと自負していたスキーが、まったくダメ。スピードが怖くて、初心者コースも青息吐息。進歩どころではない。どんどん下手になっていく恐怖と闘っている始末だ。これって年と関係あるのかなあ。70歳を超えてもうまくなっているひともいるって言うからなあ。昨日の矢島スキー場は散々。今日は鳥海山ろく獅子が鼻のスノーハイクの予定だったが、大雪のため中止。ぽっかり1日が空いてしまった。何して過ごそうか。

2月20日 広面で生まれ育った工務店のKさんとの会話で、しきりとケーブルテレビが登場する。不思議に思って訊ねると、「自分の住んでいる広面のはずれはケーブルテレビが映る境界線。隣の家からはもう柳田地区でケーブルが映らない」のだそうだ。だから自分は都会の住民です。「ケーブルテレビも映らないような田舎者じゃないって無意識に強調してしまうんですヨ」。広面地区は大学病院の所在地だけじゃない。実はケーブルテレビでも有名なんです。

2月21日 またぞろ近所の大学病院内にあるスタバにコーヒーを買いに行くようになった。専用ボトルに詰め込んでもらい仕事場で飲むのだがラテがけっこう好きだ。問題は病院に入るときにマスクを着用しなければならないこと。これはほぼ「暗黙の了解」で出入りのほとんどの人がマスク姿。マスク嫌いのこちらとしては面倒この上ない。ひたすら息を止めてお持ち帰り。駅前まで散歩のときは、タリーズの「ジンジャ・ミルクティ」の砂糖抜きがお気に入り。生姜入り紅茶です。去年あたりからさすがの秋田でもこうしたコーヒー屋さんはいつも女性客でいっぱい。

2月22日 山場の1週間は切り抜けたみたいでホッとしている。まだまだ何があるか分からない。2月はちょっと不気味な日々といったイメージ。昨日はあるイベントが終わって一息、友人を誘って(つきあってもらい)小料理屋で一献。この頃ひとり酒がめっぽうきつい。お酒がおいしいと思わないのだ。ところが飲み相手がいると酒のバラエティが広がり、いつもは飲まないビールや酎ハイ、ウイスキーからどぶろくまで、なんでもござれ。楽しい。

2月23日 若い人がよく行く居酒屋チェーンに入ることはほとんどない。暗くて古民家風の個室のつくりが嫌いだ。閉塞感で息がつまりそうになる。それと酒を飲むのに靴を脱ぐというのも面倒というか大げさでいや。下足箱のある店はそれだけで敷居が高いと感じがしてしまう。日頃そんな事を思っていたら、昨日の新聞に「進む座敷離れ」と靴を脱ぐ居酒屋の話題が。やっぱりそうか。若い人たちも同じようなことを考えていたんだ。それと最近は胡坐で酒を飲むのもぺけ。できればテーブル席にしてほしい。

2月24日 ここ数日、雨模様だが穏やかな日々。雪が降らないだけで気持ちは晴れやか。ちょっぴり春の予感も。その春のDMや執筆者アンケートの印刷も終わり、来週からは発送作業が始まる。3月は朝日(全国)、河北、岩手、さきがけと新聞広告もラッシュ。年をまたいで作業をしてきたものが形となって多くの人のもとに届けられる。いや多くはないか。あと残りの人生で、何冊の本を作ることができるだろうか。いろんな思いを託した本が旅立っていくとき、きまってそんなことを思ってしまう。


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