んだんだ劇場2012年5月号 vol.160
No94
誕生祝いの図書カード

還暦を迎えました
 私が勤めている中日本エクシスは、NEXCO中日本(中日本高速道路)管内のサービスエリア(SA)、パーキングエリア(PA)の商業施設を運営する子会社である。3月16日、静岡支店が開設され、看板の除幕式が行われた。静岡支店は、東京、名古屋、八王子、金沢に次ぐ5つ目の支店である(本社は名古屋市)。

静岡支店の序幕式
 静岡支店の新設は、4月14日(土)に新東名高速道路が開通するからである。今回の開通は、東京と名古屋を結ぶ新東名のうち静岡県内162qだが、過去にこれほど長距離の高速道路が1度に開通する例はなく、そして未来にもないだろう。同時に、13か所のSA・PAも開業する。これまで、東名高速の静岡県内は、エクシスでは東京支店の管轄だったが、新東名ができるとあまりにも守備範囲が広くなるので、静岡県内は現東名も新東名も静岡支店が受け持つことになったのだ。
 それに伴って、社内では大規模な組織変更が行われ、私が席をおく東京オフィスも模様替えとなった。同じフロア内での移動だが、デスク内の書類や資料を段ボール箱に詰め、不要な物は捨てることにした。
 その作業中、使い終わった図書カードが引き出しの中から出てきた。フェルメールの名画『真珠の耳飾りの少女』をあしらった、「名画シリーズ」の1万円の図書カードだ。それはもう使えないカードだが、私は捨てることができなかった。
 一昨年の2月9日、私の58歳の誕生日に、父親からもらったものだったからだ。

名画シリーズの図書カード
 1998年の春、房総半島、千葉県いすみ市に家を建て、両親と同居し始めてから、私の誕生祝いに、父親は決まって1万円の図書券を渡してくれた。「図書券」が「図書カード」に変わったのはいつだったか覚えていないが、この「フェルメールの図書カード」が一昨年の誕生日だったのは間違いない。
 実は父親は、その年の夏の終わりごろ、運転中に軽い脳梗塞を発症した。車の左側面をガリガリと何かにこすり、「途中でどこを走っているのかわからなくなった」と言ったが、幸い自力で帰宅した。けれど、それ以後、わずかずつ認知症の症状も現れ始めた。
 昨年2月、私の59歳の誕生日を父親は忘れていた。「忘れたのか」と指摘するのは、認知症には悪い影響が出ると聞いていたので、私はあえて何も言わなかった。
 当然だが、今年の2月9日、私は還暦を迎えた。娘からは「初めての還暦、おめでとう」などという電話をもらったが、会社では若い人たちから、誕生祝いのケーキと、還暦祝いにと赤いカード入れをいただいた。赤いちゃんちゃんこより、ずっとしゃれたプレゼントだ。私はすでに、年俸契約社員なので、60歳になったからといって離職することはなく、これからもやらなければならないことが山ほどある。当面、新東名開通に伴うPR作戦をこなしていかなければならない。休んでいる暇はない。還暦を迎えても、組織の中で果たすべき役割があるのは、ありがたいことだ。

誕生祝いのケーキとカード入れ
 しかし、今年の誕生日……図書カードを渡してくれたかもしれない父親は、この世の人ではなかった。「フェルメールの図書カード」を見つけて、それが改めて胸に沁みた。

菜の花
 3月24日の土曜日、佐倉市の単身宅から房総半島の家へ戻ったら、梅が満開だった。それを見て「ようやく咲いたか」と思ったのには、2つの理由がある。1つは、今年は春が遅かったから。もう1つは、昨年の春には梅が咲かなかったからだ。
 一昨年の年末近く、何を思ったのか、父親が庭のあちこちの樹木の枝を、丸坊主に近い状態にまで切り落としてしまった。バラを育てるのが好きな父親は、「寒い時期に、強剪定すると、次の年にいい枝が伸びて、いい花が咲くんだ」と、よく言っていた。が、それはバラの場合で、「桜切るバカ、梅切らぬバカ」という言葉があるように、樹種によって剪定の仕方はそれぞれである。ところが父親は、そんなことはお構いなしだった。
 「強剪定」というのは、小枝を伸ばしている太い枝ごと切ってしまう剪定方法だ。たわわに実をつけていた柚子の木も、ただの棒のようになった。かんきつ類は葉を残しておかないと、活力を失ってしまう。私は怒鳴りつけたくなったが、これも認知症の現れかもしれないと思い、こらえた。
 昨年、梅、スモモ、アンズ、アーモンドなどは、新しい芽を吹き、枝を伸ばすことに全精力をついやした。花はまったく咲かなかった。だから今年、梅の木は真下などのあらぬ方向に枝を伸ばして、こんな樹形でいいのかという疑問はあるものの、「ようやく咲いたか」と安どしたのである。

梅が咲いた

畑には菜の花

 畑には、黄色い花がたくさん咲いた。誰しもが「菜の花」と思うだろうが、私とすれば「菜ンの花」と言いたくなる。アブラナ科の植物は、どれでも花芽を食べられる。だから4月1日の日曜、お昼にちょっとおひたしで食べようと思い、つぼみ状態の花芽をポキポキ折って来たが、よく見ると葉が丸いのやギザギザ形のもの、茎も緑ではなく紫色のものもある。かみさんに「なんの花なんだ?」ときいたら、「菜花、からし菜、野沢菜、ほかにも何かあるかな?」という。要するに、食べきれなかったアブラナ科の野菜が、一斉に咲き始めたのである。中でも大きく育ったのを、かみさんは根元から切り取って、玄関に飾った。「菜ンの花」か判然としないが、家の中まで春の色になった。

玄関の菜の花
 それにしても……白菜まで咲かせることはないだろう。
 畑を見回っていて、白菜の真ん中が裂けて茎を伸ばし、てっぺんに花が咲いているのを見て笑ってしまった。白菜もアブラナ科だから、十字架形の花を咲かせる。黄色で、ナタネよりは小さな花だ。

白菜の花

一昨年に父親が植えた白菜の苗
 父親は毎年「漬けものにするんだ」といって、白菜を大量に栽培した。作付けは例年、8月の末である。一昨年の9月の彼岸ごろの写真を見ると、父親が植えた白菜の苗が整然と並んでいる。全部で50株はあったと思う。昨年は猛暑で、屋外の農作業は父親には危険だったから、かみさんが代わって植えた。たしか、30株程度だったはずだ。長引く暑さのせいで虫に食われ、生育も順調ではなく、まともに育ったのは20株くらいだろう。
 けれども、食べきれなかった。昨年11月から、病気の父親は何も食べられなくなり、私が家に戻らなければ、1株の白菜を持て余してしまうことになった。
 おかげで、めったに見られない白菜の花をお見せすることができた。
(2012年4月2日)


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