んだんだ劇場2013年5月号 vol.172

No83−旅より日常−

雪解け・ひろっこ・缶つま

4月7日 大雨警報が出ていたが雨はお湿り程度だった。予想外だが、できればこのまま降らずにいってくれないかなあ。最近は雨や雪より風が怖い。家も事務所も老朽化しているので、屋根が飛ばされそうな恐怖感があるためだ。でも、この程度の雨なら選挙も散歩(遠出)も歩いて行けそうだ。ダイエットはもう半年になった。体重は9キロの壁の前で3週間以上停滞中。イライラするが閉塞感が喰い意地に変わらないよう気を紛らわせるしかない。雨は天敵。今日は二ツ井町の七座山に行く予定だったが、荒天予想が出たため中止。雪なら中止なんていうことはない。雪ならよくて雨ならダメって、このへんのニュアンスは雪国に住む人間にしか分からない感覚かも。

4月8日 NHKドキュメンタリー「運命の一枚―'戦場写真' 最大の謎に挑む」をたまたま観た。キャパの世界的な戦場写真「崩れ落ちる兵士」は本人が写したものではなく、映像もやらせだった、というものだ。原作にあたる沢木耕太郎『キャパの十字架』を読んだのはその後。テレビの種明かしを観た後の読書で釈然としなかったが、本も十分面白かった。それにしても本が売れているさなかに、まったく同じ内容の謎解きをテレビで見せてしまうのは「異常」というか「反則」だ。本の「あとがき」を読めばわかるのだが、活字だけではうまく伝わらない「真実」を最新の映像技術で確認してほしい、という沢木氏側の要望から作られた番組のようだ。ネットでは激しい沢木氏や番組批判が流れていた。キャパの写真はヨーロッパではずっと疑われていて、なにも沢木の「新発見」などではない、という批判だ。その批判も的外れではないが、テレビを見ただけでの批判が多いのが気になった。ネットブロガーの底の浅さというか、少なくとも沢木氏の本も読んでから批判するべきだと思う。

4月9日 すっかり雪が消えた。家や事務所の傷や汚れが目だつようになった。垣根はずたずたに壊れ、ガレージ壁面はほこりだらけ。いたるところに雪中のゴミが露呈し、窓枠は真っ黒。外にあるゴミ箱や石油タンクの損傷も激しい。落雪の被害だ。春の明るい陽光の中で、冬を耐えた勇者たちの傷ついた身体をみるのは痛ましい。冬の一番の被害者は直接目にできないが屋根。雪国の家のもっとも重要な場所であり、すべての「老化」はこの部分からはじまる、といわれている。専門家に見てもらって今年は屋根の全面的な補修をする必要がありそうだ。待ってろよ、すぐにちゃんと手当てしてやるからな。

4月10日 雪国では、雪解けの季節はしばしば「天国」に例えられる。が、わずか30年前、春になると路上は霞がかかったように風景が歪む地獄の季節でもあった。スパイクタイヤに削られた粉塵が舞い上がり、PM2.5どころではなかったのだ。スタッドレスタイヤを開発したのはミシュランで82年。スパイクタイヤ禁止条例をいち早く制定したのは宮城県で85年。秋田は例によって「そんたもの効がね」と装着率はよくなかった。あのスパイク粉塵がどれだけの人命を縮めたか。正直なところミシュランと宮城県には今も感謝を忘れない。ちなみに国が粉塵防止法を施行したのは91年。国ってこんな程度なのだ。宮城県より6年遅れている。今日はタイヤ交換をしよう。

4月11日 いい天気が続くが午後からは雨だそうだ。もう10日近く山に行っていない。雑用に邪魔されて日課の散歩もできない日もある。なのに、夜はぐっすり眠ることができる。10日前の山行後、湯冷めして体調を崩した。あれはどうやら身体の黄信号で「少し休めよジブン」というシグナルだったようだ。山も散歩もなくても熟睡できるのは、身体によほど疲労がたまっているからだ。ダイエットなどで長期間いじめ抜いてきた身体が悲鳴を上げ、「湯冷め」で異常を知らせてくれたわけだ。身体にあらわれる些細な変化に屁理屈を付け向き合うのは、私の趣味だ。これを健康オタクっていうんなら言え。

4月12日 横手市に住む(首都圏から移住してきた)リンゴ農家の友人からヒロッコをいただいた。ユリ科ネギ属のノビルだ。雪国の春の息吹のような山菜である。さっそく夕食はサバ味噌缶と併せてヒロッコ鍋。口中に春の風が吹き抜けた。酒がうまい。そういえば最近の愛読書は『缶つま』(世界文化社)。缶詰で作る酒のおつまみ本だ。先日はこの本をみて、初めて「カニ玉」を作った。ポケット版なので机横に置いている。まさに座右の書だ。コンビーフやスパム缶を使ったワイン系つまみにも挑戦してみるつもりだ。洋酒系のツマミは難しいのだが、この本のおかげで長年の悩みが消えそうだ。


10キロの壁は厚く、腹立たしい

4月13日 もう何十年も「お花見」なるものをしたことがない。山に登るようになってからは輪をかけて「お花見」と無縁。山中では7月まで山桜を目にすることができるから、わざわざ見に行く必要がないのだ。今日は土曜日。県内で一番早く花が咲く男鹿半島・毛無山へ福寿草を見にいってきた。これはもう恒例行事になっている。カタクリとイチリンソウと福寿草の赤、白、黄色の豪華3点お花畑である。そのまっただなかで、F女史が野点をするという、戦国大名もかくやというぜいたくなお花見ハイキングだ。私は半東をおおせつかり、ちょっぴり緊張。お天気にも恵まれ、今年の花見ハイキングは無事終了。海も穏やかで、きれいだった。

4月14日 就職氷河期というのは90年代半ばから2000年代前半にかけてで、ロストジェネレーションと呼ばれている。稲泉連『仕事漂流』(文春文庫)は、この時代に就職した学歴エリートたち「勝ち組」の、転職やその後の生き方を追ったルポ。就職難を勝ち抜き一流の官庁や銀行、大手商社に入社したのに辞めていくのかはなぜか。大企業を辞めたある女性は「車のまるで来ない横断歩道で、赤信号になるのをひたすら待っているような気分だった」と語っている。好きなものや、やりたいことがはっきりわかっていれば、世の中にはたくさんの情報も選択肢も必要ない。そのことを理解するには年月が必要だ。私だって、そのことがわかったの最近デス。稲泉クンって久田恵さんの息子さんだよね。すごい筆力だなあ。

4月15日 日曜日は鹿角市・米代川水系の尾根筋にある犬吠森(809m)。けっこうハードな急峻と、やぶの山だ。なじみが薄いのは登山道がなく、雪でやぶが隠れている今の時期にしか登れないためだ。厳冬期は登り口までの道路が通れなくなる。登り口まで延々2時間も林道を歩かなければならない。これがきつかった。平地を歩くのはうんざりだが、急角度の斜面を目の当たりにすると、ゾクゾク心が弾む。身体がすっかり山歩きモードになっている。なんだか1人前のアルピニストになったような気分だが、それでも楽な山なんて、一度も経験したことがない。やぶが山の大敵であるのを初めてわかった。頂上のわずか20mのやぶを超えるのに10分。まるで蜘蛛の糸にからめとられた昆虫だ。

4月16日 クリーニング屋に行ったついでに郵便局へ。ATM前が長蛇の列だ。何事があったのか(一瞬ミサイルが落ちて戒厳令でも出たのかとおもった)。30分近く待って金を下ろし、クリーニング屋さんに訊くと、「今日は15日、年金の支給日だよ」と言われた。そうだったのか。世の中のそんな常識も知らず、無駄に長生きてきてしまった気分だ。ボーナスの時期にデパートが混んだり、お盆前に交通渋滞が起きたり、GW時に駅の窓口が混雑するのを、いつも、「なにか事件でもあったんだろうか?」と不思議に思い、友人たちに訊いて笑われる。それでも、ま、いいか。ケータイを持ってなくても、スーツを着なくても、ボーナスをもらわなくても、通勤ラッシュやカラオケ未経験でも、ちゃんと還暦過ぎまで、こうして生きてこられたんだから。

4月17日 なんだか毎日バタバタ。母親が入院しているので見舞いに行くと、病院入口に「ノロウイルス予防のため面会は控えること」の張り紙。病院内はマスク、手洗い厳行だ。緊張する。そういえば2週間前、体調をこじらせたのは病院見舞いの後だったなあ。なんか関係あるのかな。病院内のリハビリ施設を見学。なるほど、こんな仕組みになっているのか。いつの日か自分もこんな光景の中に溶け込みながら、老いの日々を送ることになるのだろうか。病院に行くたび、看護師というのは崇高な仕事だなあと、心から思う。怒られるかもしれないが、看護師というのは女性に向いた最高の職業ではないのだろうか。職業に貴賤はないが、ひとりでも多くの若い人が看護師という仕事に憧れてくれるような国になればいいなあ、とぼんやり考えてしまう。

4月18日 散歩の途中に寄った本屋さんで、島崎今日子著『安井かずみがいた時代』(集英社)が、「読んで読んで」と目の前で身もだえしていた。時代を駆け抜けた伝説の作詞家の生涯を描いた本だ。「この本は、まちがいなく面白い」と直感が働いて買い求めた。その日のうちに400頁近い本を読破した。内容が興味深いだけでなく、目次構成にも驚いた。取材者名がそのまま章だてになり、見出しになっている。こんな方法があったのか。著者は人物ノンフィクションでは名のあるライターだ。後半は、加藤和彦との結婚生活に焦点をしぼり、夫である加藤の人物像に肉薄していく。いろんな人から好悪入り混じった証言を引き出し圧巻だ。質の高い芸能ゴシップを堪能したような、感動もしたし、あらためて本を読む楽しみをよみがえらせてくれた本だった。

4月19日 ずっと天気に恵まれなかった1週間。机にしがみついて出不精を決め込んでいるのが常だが、今週は天候不順にかかわらず外に出ることの多い日々だった。人に会ったり、飲み会に出たり、打ち合わせがあったり、それはそれで悪いことでは、ない。身辺のよどんだ空気が一掃されたようなリフレッシュ感がある。でも、これが長く続くと、落ち着いて自分の机で「ぼんやり」する時間が無性に恋しくなる。実は今がその時なのだが、来週は東京出張が控えている。なんだかうまくいかないなあ。いつもながら、外に出た時の最優先課題は暴飲暴食を戒めること。ダイエットは10キロの壁を破れず行ったり来たり。まったくもって腹立たしい。


やっぱり旅より日常のほうがが、いい

4月20日 リースで使用している電話機やコピー機、車などが何年か経つと、そろそろ新機種を、とセールスマンがやってくる。何も考えずセールスを信じて新機種に買い替える。昨日もコピー機セールスがやってきた。たまたま来ていた印刷所社長が同席して「お前は安易にセールストークを信じ過ぎ」と怒られてしまった。「リース」と「機能」の意味をコンコンと諭され即決を戒められた。ノーテンキな人任せ人生を、深く反省。身近にこんなふうに叱責してくれる人がいなかったので唯我独尊、世間知らずに生きてきたツケや垢は知らないうちにけっこう溜まっている。じっくり考えて物事を決める癖を付けなければ、いつか火傷をする。

4月21日 「山の学校」開校式。式の前にお隣にある筑紫森に。雪のない山はいい。スパイク長靴から開放され、土の感触を確かめるように味わうように歩いてきた。雪が解けたばかりで、登山道には至る所に真っ黒なクマのフン跡。もともと彼らの棲みかとはいうものの、こんなに跋扈しているのか! クマの居場所にお邪魔している、という意識を常に持たないと、危険だ。開講式後、日ごろお世話になりっぱなしのSシェフを誘って「和食みなみ」で食事。いよいよ私たちの山シーズンがスタート。この日のためにダイエットしてきた。がんばるゾ。

4月22日 毎日、目まぐるしく天候、温度が変わる。朝起きて、カミさんに今日の最低と最高気温を訊くのが日課だ。それで着る服を決める。最近は山の緊急用ダウンジャケットの世話になっている。山用なので軽量だが保温効果は抜群。値段もかなり高かったのだが、ザックの奥深くしまいこまれ、年に2,3度しか使わない。それを普段着として毎日愛用することにした。おかげで、しまい込んだ冬物衣料をあわててひっぱりださずに済んでいる。外出にも仮眠にもTV鑑賞でも大活躍。ほとんど使わないのに山用品は品質がいいせいか高価だ。ダウンはその典型。でもこれでやっと元をとった気分。

4月23日 今日から酒田、東京、仙台と3泊4日の出張。ダイエット中なので、旅に出ると暴飲暴食が心配。帰ったら1キロ増、ぐらいのところで踏ん張りたい。先週木曜日(18日)から一日の休刊日もなく飲み続けだ。これに旅という名の宴会が続く。夜にはその土地の人と呑むのが「出張」の正体だ。飲む前に野菜をたっぷり食べること。食後のデザートは禁止。日本酒をできるだけ飲まないこと(カロリーが高いので)。そう心に決めているのだが果たしてできるだろうか。昔に比べて、旅に出ても羽目をはずして暴飲暴食することは少なくなったが、まだまだ自制が足りないからなあ。

4月23日 酒田は好きな街。今回は山形新幹線を利用する関係で新庄の街も歩くことができた。それにしても山形で地元紙・山形新聞を読んでいると切り抜きたくなる興味深い記事がいっぱいだ。新聞切り抜き用カッターを忘れてきたことが悔やまれる。今日の一面トップはサッカーJ2のモンテディオ山形堀之内聖選手のゴール。彼は元浦和レッズの選手で、浦和サポーター女性の本を出したとき、帯文を書いてくれた人だ。実際に会って、その太ももの太さに仰天した覚えがある。それ以外にも食文化の話題や新刊案内で『山形の商人』なる本が出たことを知る。これはぜひ読みたい。家具のハーマンミラーのポスター展も天童であるらしい。変な県だなあ。

4月24日 いつものように神楽坂・出版クラブで地方小出版流通センターK社長とランチ。その後、仙台に向かうため東京駅まで歩いた。東京はどこに行くにも徒歩だ。途中、靖国神社前でテレビクルーを引き連れた小柄で顔の大きな芸能人とすれ違った。加山雄三だった。「若大将シリーズ」をすべて観ているほどのファンだが、背が低いのに驚いた。思ったより痩せているのも意外だった。東京駅ではマジックのナポレオンズの片割れが夫婦で買い物をしていた。もう一方の相方とも去年この辺の路上ですれ違った。よほど縁が……ないか。けっこうミーハーなので芸能人に限らず作家や学者など有名人を発見するのが得意だ。特技ではないか、とさえ最近思い始めている。

4月25日 仙台は雨。雨が降ったからではないが三越でレインコートを買う。サンヨーのもので前から欲しかった。体重が落ちて体形が変わりつつあるのだが、もともと洋服サイズはちょっと小さめ。まだ新しい服を買う必要に迫られていないのは幸運だ。昔から「インターメッツオ」という服を愛好している。レナウンが作っているのだが、レナウン自体が中国かどこかに買収されてしまった。そのためか秋田にも2軒ほど店があったのだが今はもうない。仙台に行かなければ買えなくなってしまったのだ。が、今回はその仙台のデパートでも店を見つけられなかった。モンベルの店にも出かけ、いいレインコートを見つけたが、何でもかんでもアウトドア用で間に合わせるっていうのも不精極まりない。サンヨーのレインコートは海外のブランド物よりシックだ。

4月26日 ようやく出張から「帰還」。いつも通りルーチンな日常に戻り、身も心もリラックス。旅に出るのがおっくうなのは毎日判で押したように繰り返される日常をかき乱される不安のためだ。やっぱり「判で押した日々」がいい。今日は雨。非日常から日常に戻ったその日が雨、というのもなかなかいい。昨日までの旅の興奮が洗い流され、心がざわつかず、しっとり濡れている。昨日仙台で買ったサンヨーのレインコートを着て駅まで散歩をしてみようか。夜は何を食べようか。出張から帰った日は、どんなに遅くなろうとも旅の後始末はしてしまう。だから旅の次の日は新しい気分で「怠惰で自由で平凡な日常」を迎えることができる。目新しいことが何も起きない、というのはステキなことだ。


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