んだんだ劇場2013年6月号 vol.173
No106
間引き菜は得した気分

春蒔きのホウレンソウとシュンギク
 3月の末ごろにかみさんが蒔いた野菜のタネが、そろって芽を出し、ずんずん育ち始めている。モンシロチョウが卵を産まないように覆っていた防虫ネットも、5月に入ってはずした。土が淡い緑色に隠されただけで、なんだかウキウキして来る。
しかしそれぞれの葉が大きくなるにつれ、畑は込み合って来る。だから育ちの悪いのを間引いて、育ちのよい株を残してやる。その間引き菜が、なかなかうまい。特に、カブが絶品。今は、手の親指ほどにもなっていないが、葉ごとさっとゆでて、ほんの少し辛味のあるカブは軽く塩を振っただけでもおいしい。
 ダイコンとカブはよく似ているけれど、葉はだんぜんカブの方がうまい。小松菜、野沢菜、福岡県でよく食べられるカツオ菜、それにいわゆる「漬け菜」の類はほとんどがカブの仲間だ。わが家の畑には小松菜もあって、これも間引いたのを食べている。八百屋に並ぶのは大きく育った状態ばかりだが、そこに行きつくまでの間引き菜を食べられるのは、自分で野菜を作っているからだ。間引き菜は、間違いなく軟らかい。それだけでも、得をしたような気分になる。

育ち始めた青菜畑

かわいいカブがちらりと見え始めた
 そんな青菜の中に、ホウレンソウがあったのには、ちょっと驚いた。
 ホウレンソウの旬は、冬から春の初め。中央アジアから西アジアにかけての地域が原産のホウレンソウは、日が長くなると薹(とう)が立って来る。薹は花を咲かせるための茎で、そうなると硬くなって、食べられないことはないが、ひどくまずくなる。だからその前が食べごろなのだ。霜があたったホウレンソウの、ことに根元の赤い部分は甘みがあっておいしい。
だが今、ホウレンソウは1年中出回っている。それは、ホウレンソウが西の地中海沿岸地方からヨーロッパ全域に広まる過程で、冬は日照時間が極端に短い北欧では春から夏に育つように品種改良された。これを西洋種といい、葉が丸みを帯びている。これに対して、中国から日本へ伝わった東洋種は、葉の縁にギザギザの切れ込みがある。近年、西洋種と東洋種をかけ合わせて品種改良が進み、今では南北に長い日本列島の各地で栽培されているので、1年中食べられるというわけだ。

今年の春蒔きホウレンソウ

一昨年の冬のホウレンソウ
 一昨年の1月に撮ったホウレンソウの写真があった。そのタネを蒔いたのは、今は亡き父親だったと思う。父親はこの時期にしかホウレンソウを作らなかった。そして「ホウレンソウは、酸性土壌では発芽しないし、土に肥料分がないと育たない」と教えてくれた。写真を見る限り、かみさんの春蒔きホウレンソウも育ち具合は負けていないし、間引いたものもおいしい。けれど、暖かい房総半島では、これから先にタネを蒔いてもいいホウレンソウは作らない方がいいはずだ。
 20年ほど前になるが、女子栄養大学で、生と冷凍のホウレンソウの栄養価を調べたことがある。結果は、圧倒的に冷凍に軍配が上がった。なぜかと言うと、この調査が9月だったからだ。露地栽培のホウレンソウが、夏の暑さに「まいった、まいった」と言っている時期だった。一方の冷凍は、生産量が多くて安い旬の時期に冷凍したから、栄養もそっくり保存されたのだ。年中見かけても、味、栄養は旬に限るという例である。
 が、まあ、わが家のホウレンソウは、本格的な暑さが来る前には食べつくしてしまうだろう。それくらいの量である。そのあとの青菜は、小松菜を食べればいい。
 ところで、5月の連休中、かみさんが「シュンギクにも2種類ある」と言いだした。この冬から春にかけて食べ続けたシュンギクの残り株に、2種類の花が咲いているというのである。それは、全体が黄色い花と、中心部は黄色で縁が白い花だ。これまで、シュンギクの花は外側が白いとばかり思っていた。全体が黄色の花は初めて見た。これは品種の違いだろう。

2種類のシュンギクの花

春蒔きのシュンギク
 で、今、間引いて食べている青菜の中に、シュンギクもある。タネを売っていたからと、かみさんが蒔いたのである。実はシュンギクのタネは2か月ほど休眠すれば、いつでも発芽する。だから江戸時代は「不断菊」とか、「無尽草」と呼ばれていたという。私はシュンギクが大好きだから、喜んで食べているが……春に花が咲く菊だから「春菊」というのであって、春蒔きで夏に花が咲いても「春菊」でいいのだろうか。これは大いに悩ましい。

クルミの花が咲いた
 家の裏のクルミに花が咲いた。房のように垂れさがる花である。

クルミの花

花が咲いたクルミの木
 房総半島、千葉県いすみ市のわが家は、土地を買った時にクルミの木があった。1998年に家を建てたころは、秋になるとリスがやって来てクルミを食べていた。地面に落ちたクルミを集めて、リビングから見えるところに置いてやったら、私らが朝食を食べているガラス戸越しにリスがクルミを食べる姿を見ることがしばしばだった。
 ところが2004年10月、台風による大雨で、家の東側を流れる落合川が増水し、敷地の一部が崩れ落ちた。災害復旧工事のために、そこにあった樹齢200年はあるだろうという2本のシイの木も、高々と育っていたクルミの木も切られることになった。
 それであちこち探したら、クルミの苗木を3本見つけた。リスが越冬用に地中に埋めたのを忘れたので芽生えた木だ。クルミは、地中に埋めてやらないと芽吹かない。リスがその手助けをしているのである。
 見つけた苗は、植木鉢に移植して避難させた。それを地面に戻すことができたのは、2006年になってからだ。1本はいつの間にか枯れてしまったが、残る2本はなんとか育ってくれた。だから、このクルミは10年経ってようやく花を開いたことになる。今年の秋に、何個でもいいから実をつけてほしい。そしたら、またリスがどこかから現れてくれないか、と思っている。
 さて、その2本のクルミの木には、野茨(ノイバラ)が巻きついている。それが今年は、一面真っ白というくらいに花開いた。一重(ひとえ)の小さな花でも、群がって咲くと壮観である。

満開の野茨

一重咲きの野茨の花
 野茨はあちこちに生えている。実を食べる鳥が、種子を運ぶのである。クルミの苗木をここに植えてすぐのころに、野茨が生えていた記憶がある。少しずつ花を咲かせるようになったのは2年前だったと思う。春になると、新芽をグイグイと伸ばす生命力にあふれた木だ。
 が、バラなので刺だらけなのが難点。そばを通る時に、衣服にひっかかるので、今年は新芽が出そろったところで、邪魔な枝を切り払った。それはいいのだが、今度は、クルミの幹にびっしりとまとわりついている野茨が気になって来た。
 今年の秋、クルミが実って、もしかしてリスが戻って来て、木に登ろうとした時、バラの刺が邪魔になって登れなかったらどうしよう、という気がかりである。クルミが実ったら、思い切って野茨の大半を切り落としてしまおうか……これも悩ましい。

白藤(シラフジ)と山藤(ヤマフジ)
 妻が藤の苗木を貰って来たのは、2年前の春だった。私はそれを、東側の花壇の隅に植えた。その年、父親の胃癌が再発し、自宅療養の末、大みそかに亡くなった。そんな状況だから支柱も立ててやれなかったのに、苗木は育ち、昨年の初夏に花房をいくつも垂らした。
 私は小躍りした。それが、白い花だったからだ。
 
白藤や揺りやみしかばうすみどり 不器男

 芝不器男は大正の終わり、忽然と「ホトトギス」誌上に現れ、昭和5年、28歳の若さで亡くなった人だ。山本健吉はこの句を「白い藤浪が風に揺れて一面の白が網膜に映る。揺れ止むと若葉の薄緑がはっきりしてくる。白藤の揺れる色彩の微妙な変化をとらえて、印象鮮明である」(『現代俳句』角川文庫)と評している。
 私もそういう情景が見たい。
 それで今度の冬、ハウス温室を建てる鉄パイプで藤棚を作った。白い花房がそこから垂れるのは来年だろうが、植物が相手だと、一年くらい待つのはちっとも苦にならない。

わが家の白藤

川向うの山藤
 加えてこの季節、わが家のある房総半島、千葉県いすみ市内では、あちこちに山藤も咲く。家の東側を流れる落合川の、30メートルほど離れた対岸の木立にも、梢あたりに薄紫色の山藤の花が見えてうれしい。
 ところで、野生の山藤も、園芸種の藤(植物学上はノダフジという)もマメ科フジ属で、日本古来の植物だが、まったくの別種だ。第一に、ツルの巻き方が反対である。が、右巻きと左巻きの区別には諸説があって、解説しかねる。まあ、白藤も山藤も自宅で見られる私には、どちらでもいいことだが、杉林が覆う近隣の山の景色は気になっている。
 山藤の葉は樹木に日陰を作るので、よく手入れされている山では切り取られる運命だが、同じように山藤の姿が見られない杉の人工林では事情が違う。杉が密生した地面には太陽の光が届きにくく、下草がほとんど生えない。昨今の、間伐もされない薄暗がりには、昆虫の姿もまばらだ。「死んでいる森」とでも言いたくなる。そんな場所で山藤が育つはずがない。
 手間をかけるだけ赤字になるのが、現在の杉材の市場価値だ。それならいっそ、クヌギやナラ、カシなど広葉樹主体の里山にしてやってもいいのではないか。新しい林業も、その中から見えて来るかもしれない。
 山藤が咲くような里山が増えてほしいと、私はこの時期、毎年願っている。
 ……ここまでは、俳誌「杉」5月号に載せたエッセイだが、その後に気づいたことがある。
 単身宅のある千葉県佐倉市のマンションの隣の家の庭に、毎年みごとな花を咲かせる藤棚がある。昨年、マンションをバックに撮った写真でも、その見事さがわかるだろう。幹の太さは人間の太ももぐらいある古木だ。だからこんなにたくさんの花房を垂れさせることができるのだろう。

藤の花と単身宅のあるマンション
 で、気づいたのは、この藤の花房が長いということと、ひとつひとつの花がわが家の白藤より小さいということだ。逆に言うと、わが家の白藤は花房が短く、花そのものは大きいのである。
 これは、山藤の特徴ではないか。
 調べてみると、本来は野生の「ヤマフジ」も古くから庭園に移植されていて、その中で白い花には「シロバナヤマフジ」という名前がつけられた。園芸種には「シロカピタン」という品種名まである。漢字では「白甲比丹」とか、「白花美短」と書かれる。わが家の白藤は、この園芸品種だったようだ。
 満開のころ、近づくと、ふくよかな香りに包まれた。早く棚いっぱいに枝が広がって、この香りも広がってほしいと思うが……まあ、焦らずに待つとしよう。
(2013年5月20日)


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