んだんだ劇場2013年7月号 vol.174
No107
変幻自在のボルガライス

日本ボルガラー協会の会長はボルガチョフ氏
 「ボルガライス」の看板を見たのは、北陸自動車道・下り線(新潟方向)の北鯖江パーキングエリア(PA)である。2年ほど前のことだ。以来、ずっと気になっていたが、昨年11月、初めて食べた。オムライスにトンカツを乗せ、デミグラスソースをかけた料理だ。値段は680円。これが最もオーソドックスなスタイルらしいが、なぜ「ボルガ」なのだろう?

オーソドックスな「ボルガライス」=北鯖江PA・下り線
 福井県越前市の旧武生市域で1980年代には、何軒かの洋食店がこのメニューを出していたといい、今では20店以上がメニューに載せている。が、名前の由来はロシアのボルガ川流域とか、そうじゃなくてイタリアのボルガーナ地方に似た料理があったとか、諸説あるけれど不明。創始者も不明。
 まあ、そんなことにはこだわらず、うまけりゃいいじゃないか、これで地元をPRしようと2010年3月、任意団体「日本ボルガラー協会」が設立された。「ボルガラー」とはボルガライスを愛する人たちのことだそうで、会長は「ボルガチョフ」とおっしゃる。会員の寄付でポスターを制作するなど地道な活動が功を奏して、「ボルガライス」の知名度は福井県内・外で上昇中だという。
 そればかりか「卵、トンカツ、カレー以外のソース」という基本を守ればOKというので、中華あんかけのボルガライスや、ボルガ冷麺もある……というところまでは知っていたが、5月下旬に北陸自動車道を走った時、福井県南越前町の南条サービルエリア(SA)上り線に「ボルガラーメン」があると聞いて立ち寄った。
 スープはトマト味。そこに中華麺、その上にスクランブルエッグのようなふんわり卵と、とんかつが乗って、やはりトマト味のソースがかけてある。これが780円。以前に名古屋で「トマトラーメン」なるものを食べたことがあって、この組み合わせに私はまったく抵抗感がなく、期待以上に美味だった。

トマトスープのボルガラーメン=南条SA・上り線

テイクアウト用の「どこでもボルガライス」
 ところがそのあとに、土産品売り場で「どこでもボルガライス」というのを見つけた。まさに基本通りの「ボルガライス」がコンパクトに、紙箱に納まっている。これ、地元の料亭の創案である。きちんと四角の形になっているのは、押し寿司にしたからだ。ひれカツのサンドイッチが冷めてもおいしいのだから、これも美味に違いない。が、ボルガラーメンのあとでは、お腹がいっぱいで手がでなかった。
 それにしても、「ボルガライス」は変幻自在である。これからどこまで進化するのだろう。そこに、最も興味がわいた。

咲き誇るバラ
 一昨年の大晦日に父親が亡くなる少し前、病院から一時帰宅した父親のことを書いた「冬薔薇」(ふゆそうび)という日記を覚えておられるだろうか(「んだんだ劇場」2012年1月号)。一晩を過ごした翌朝、父親はおかゆと、煮魚を少し食べた。その食卓に、父親が植えたつるバラの花をかみさんが切り取って来て花瓶にさしてくれた。四季咲きのアンジェラという品種である。
 朝食のあと、庭に出てみると、私の背より高いところに花は咲いていた。しかし、立冬を過ぎた時期であり、花は数えるほどだった。

一昨年冬のアンジェラ

今年、群がり咲いたアンジェラ
 それがこの5月、木全体がピンクになるほど咲いた。
 父親の葬儀を終えた昨年の初め、アンジェラの木がある東側の花壇から水仙やグラジオラスの球根を別の場所に移し、畑の隅に父親が植えていた数本のバラの木をここに移植した。その後、ただで鶏糞堆肥をもらえる養鶏場をかみさんがみつけたので、せっせと肥料をもらい、バラの根元にこれでもかと言うほど施した。「バラは、いくら肥料をやっても十分ということはない」と、父親が言っていたからだ。
 そして1年……昨年5月はそれほどではなかった花の数が、今年は驚異的に増えたのである。化学肥料はやっていない。鶏糞の堆肥が時間をかけてバラに活力を与えたのだろう。
 この壮観を、父親に見せてやりたかった。

サクランボの「ナポレオン」
 「ナポレオン」と聞いて、歴史上の人物を思うのは普通の人。ブランデーが頭に浮かぶのは、飲んべえ。私はサクランボの品種に思い至る。

茎右往左往菓子器のさくらんぼ 虚子

 昭和22年7月に小諸の句会で詠んだ、高浜虚子の即興句である。終戦からわずか2年当時の食糧事情を想像すれば、茎が右往左往するほどの量を菓子器に盛ったサクランボは、さぞや豪勢に見えただろう。
 で、これは「ナポレオン」ではなかったか、と私は思っている。
 露地のサクランボは通常、6月が出盛りになる。全国生産の7割を占める山形県の、そのまた7割が「佐藤錦」という品種だ。それに先立って「高砂」が出回り、最近はさらに早い時期にアメリカンチェリーが登場する。実は4月初めには、甲府盆地で完全ハウス栽培された「高砂」が出て来て、大変な高値で取引されている。
 逆に最も遅く出て来るのが「ナポレオン」。だから7月に虚子が見たサクランボはこれではないか、と推測するのである。ただし現在、ナポレオンは他の品種の授粉用の花粉を採るために育てられているのが大部分で、果実として出荷される量は微々たるもの。昔は普通に見られた品種なのに、ちょっと雨に当たると実割れしやすいので、農家に敬遠されているのだ。
 さて、房総半島、千葉県いすみ市のわが家にも、サクランボの木がある。
ここに住んで2年ほど経ったころ、父親が「花見をしたいから、桜を植える」と言いだした。私は「花を見るだけじゃつまらないから、食べられるサクランボを植えよう」と提案したら、父親も「それもいいな」と、すぐに苗木を2本買ってきた。サクランボは自家受粉しにくいので、木は2本必要なのである。が、いまだに実ったことがない。
それは房総半島が暖かすぎるせいではないかと、何年か前に、かみさんが「暖地性の桜桃」という苗木を見つけて来て、家の裏に植えた。自家受粉で結実する品種で、毎年、何個か実をつけるのだが、熟したころには人間より早く鳥が見つけてしまって、私は食べたことがない。早く大木になって、少しは鳥のお余りをちょうだいしたいと思っているのだが……いつになることやら。

鳥よけネットで囲ったサクランボ
 今年も、鳥よけネットで囲った中に1個だけ実っていた。が、写真を撮って1週間後に家へ帰ったら、その姿はなかった。「やっぱり、鳥に食べられたのか」ときくと、かみさんはあっけらかんと、「私が食べた」と答えた。
 私は今年も食べそこねた。
(サクランボの稿は、俳誌『杉』6月号に掲載したものに加筆しました)
(2013年6月21日)


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