んだんだ劇場2013年4月号 vol.171
遠田耕平

No133 鍵は僕らの胸に −ソンラーの保健師たち−


ボーっと思うこと 再び

僕はぼんやりしている。というか、ボーっとしている。普段からだけど、特に朝はボーっとしている。起き上がるまでにしばらく時間が必要である。起き上がってから動き出すまでも時間が要る。 ハノイもやっと泳げる気温になってきたので、夢遊病者のように水着をつけて、アパートの階下にあるプールにドボンと飛び込む。 まだ水が冷たいせいで、胸がキュッとなって苦しい。でも、しばらくすると、ボーっとした脳とキュットなった体が、水の中にいるぞと理解して、ゆっくり水に乗っかって泳ぎ始めるのである。そんな時、頭の中にはボーっといろんな想いがよぎる。 

職場までも車で30分余りかかるので、僕はその間やっぱりボーっと外を見ている。窓の外でには重い荷物を自転車やバイクの後ろに一杯に積んで、汗だくで運ぶ人たちがいる。路上で野菜や靴や瀬戸物を広げて売る人たちがいる。パンを山のように積み上げて売る人たちがいる。花を売る人がいる。路上の生ごみを掃除する人たちがいる。自転車のパンクを直してタイヤに空気を入れてくれるおじさんがいる。みんなもう、一杯仕事をしている。こんな人たちを見ながら「僕にはこんな大変な仕事は出来ない」と思う。文句も言わず、投げ出すこともなく、与えられた仕事をやり続ける人たちが窓の外にいる。なんだかいいんだ。美しい感じだ。

「この人たちは、いったいどんな人生でそこにたどり着いたんだろうか」とボーっと想像する。。。もちろん勉強が苦手で、学校に行かなかった人もいるだろうけど、いろんな事情で学校に行けなかった人もいるだろう。いけても家の仕事の手伝いで勉強が出来なかった人もいただろう。さらに勉強するお金の余裕のない人もいただろう。家業を継がないとならない人もいるだろう。共通しているのは、こうするしかなかったって言う感じだ。そして、朝から汗を流して精一杯に生きている。その人たちと僕の違いは何だ。今僕の横を過ぎたベンツの窓からつばを吐き捨てたアイツとの違いは。そのとき「ああ、人はやっぱり自分で人生を選んでいないんだ。」と納得するのである。僕らは自分じゃ自分の人生を選んじゃいない。選んでいるように思っているだけで選んでいない。みんな、一生懸命やっていて、気がつくとそこにたどり着いるだけなんだと。自分で人生を切り開いてきたと思うことがあるか知れないけど、それは実はそうじゃないんじゃないよって。

ハノイのひどくなる一方のバイクや車の交通渋滞、逆走するバイク、信号無視、鳴らしける車の警笛、いらいらして、窓の外に向かって「君たち交通ルール知ってるの?」と叫びたくなるときもあるけど、、、窓の外には美しい人たちが一杯働いていました。

ボーっと昔のことを一気に思い出すことがある、「ああ、あの時、ああやっていればよかったなあ。」とか、「こうしていればよかった。」とか。まるでもっといい人生があったかのような。それは錯覚。人は一つの人生しか生きれないのだから、そんなことを思うのは無駄。ひとつだけの人生だから、僕が生まれて、生きて、たどり着いた今の僕以外に僕はいない。ただ、今の僕にたどり着くまで僕を支えてくれた親や、家族や友人や周りの人たちがいるということは本当にすごい。波のようにうねる流れの中でおぼれないように支えてくれた人たちがいるのである。僕らは、そんな人たちがいるから何とかおぼれないで今いる。そのことがすごく感動的に思える。ボーっと考えていると、こんなことまでわかるから、ボーっと効果である。

車窓に映る外の景色は、今日もボーっとした僕の心を惹きつけ続け、時折窓に二重映しになる僕自身の姿に「後ろを振り向くなよ。前を見るしかないだろ。」とエールを送ってくるのである。



鍵は僕らの胸に −ソンラーの保健師たち− 


足の爪をはがした続きである。足を引きずりながらいったソンラーの保健師さんたちのトレーニングがおもしろかった。16の保健所から30人以上のスタッフが郡の衛生部に集められ、僕のカウンターパートである保健省の予防接種のチームがトレーニングを企画した。一般的な予防接種の知識から、ワクチンの保管、管理、投与の方法まで細かくワークショップ形式で3日半行われた。中でも僕が一番参加したかった話しが、保健所のワクチン接種業務の上で、「困難」な村はどこにあるのか。じゃ、「困難」の定義はなにか? どうしたらその「困難」を克服できるか?である。
保健所のスタッフたちとのワークショップの風景
保健所の人たちは、大抵こういうとき、距離が遠いことを挙げる。間違えではないけど、誰もがバイクを持ち、道路が山の中までも舗装された今、困難さは本当に距離だけの問題なんだろうかと、僕はいつも疑問に思っている。次に彼らが挙げるのが、少数民族の言葉の問題。言葉の壁は確かに大きい。でも、多くの保健所では少数民族の人を雇用しているところも増え、片言の少数民族の言葉を話せる人も少なくない。一方モン族でも村長と村のトレーニングを受けた人はきちんとベトナムの標準語を話せる。これも、どうも決定的じゃない気がする。それからよく出てくるのが、村の母親たちの教育水準が低いから何度指導してもダメだという話である。確かに因習や習慣のようなものはあるのだろうけど、教育水準が本当に問題だろうか? さらに、保健所のスタッフが少ない、業務内容が多岐にわたって忙しい、予算が少な過ぎる。等等。。

この前、モン族の村を訪ねたときに気がついたことがあった。それは、その村が保健所から遠くて、村人自ら保健所の月いちの予防接種日に来てくれない。それで、保健所のスタッフが無理をして、毎月一回バイクで村まで行ってワクチン接種をしている。ところが村の子供たちの予防接種カードを見ると、一ヶ月毎に3回受ける3種混合を、一月飛ばしていたり、途中で止めてしまったりしている。保健所に聞くと、持って行ったワクチンが十分なかったり、せっかく村まで出向いていって、村長の家で待っていて、一向に子供が来ないときもあったらしい。

せっかく出向いていくのに、保健所と村の準備も連携が悪い。村には国がトレーニングした保健ボランティアがいる場合が多い。彼らは一応読み書きが出来て、国から毎月5−10ドルほどのわずかな給金をもらう。ところが、若くて優秀な彼らはトレーニングの後、また別の勉強に行ったり、村から出てしまうことも多いのである。 さらに、保健所のスタッフが、ワクチンを十分持って行かなかったり、ただ村長の家で数時間待つだけで、村の母親たちに呼びかけることもなく帰ってしまったり。それじゃ何のために苦労して村まで出向いているのかわからない。

村の水田の風景

カメ虫もゴハンのおかず。。。。
村の母親たちにも言い分はある。畑仕事は忙しいし、保健所から来た人と関わる暇はない。でも、だから無関心? 無関心の本当の理由はいったいなんだろう? 村の母親たちが、「保健所があって助かる、あってよかった。」と思ったことが一度もないからじゃないか。保健所を特に必要と感じていないからこそ母親たちは無関心なのである。それじゃ、必要と感じてもらうためには一体何を僕らはしたらいいのだろうか?

そこで考えたのが、村の人たちが何を必要としているかのリスト作りである。そのために、僕は、お茶でも飲みながら、母親たちを招いた「村の集会」をやってみようと提案している。もう一つの方法は、「村の家庭訪問」である。保健所のスタッフが村の家を一軒一軒訪ねてみて、一軒一軒が抱える生活や健康の問題を知る。そして、自分たちが何が出来るのかを考えるきっかけにする。村の「集会」と「家庭訪問」どうですか?やってみませんか?とみんなに聞くと、保健所のスタッフたちは、ニヤニヤ笑ってうなずく。

もっと言えば、感謝される何かを見つけることで、それが保健所と村の信頼の糸口になる。互いの信頼があって初めて村の人に受け入れてもらえる。ただ、保健所に来いと通達したり、ただ、村を訪ねて、ワクチンを受けろと言っても、そもそも信頼がないのだから、本当に実りのある保健事業は出来るはずがない。

そんなことを一生懸命下手なベトナム語で話し、保健省の仲間に僕の下手なベトナム語をちゃんとしたベトナム語に通訳してもらい。みんなの苦笑と失笑の中で僕が話していると、一人の保健所のスタッフが自分の経験談を話し始めた。彼の保健所はいくつもの困難な村を抱えているそうだが、彼は村に行ったらそこに一晩泊まってくるという。その理由は、村人は日中は畑仕事で忙しくて時間が取れない。だから村人が山の畑から村に帰る夕方まで待って、ワクチンは夕方から夜にかけて接種するという。そして、そのまま村に泊まって、いろんな話を村人から聞けるので村の事情がよくわかるというのである。

すごい、これには脱帽である。村に泊まる覚悟でやればいいのである。ただ、それが保健所のスタッフには出来ない。「僕は今度行くから、村に泊まらせてね。」と言ったら全員大笑いでうなづいてくれた。一緒に来た保健省の若い美人女性スタッフはスマートフォン片手に「トーダ、本当にあんな豚や牛がいる土間に寝るの? 私、絶対に行かないからね。一人で行ってね。」と、釘を刺された。もちろん僕は一人でも行く。

これもモン族の村を歩いたときに出会ったのであるが、口蓋裂、いわゆる三つ口の赤ちゃんが、お母さんにおんぶされていた。もし保健所が一肌脱いで、県立病院の医者に紹介して、手術の時期を決め、手はずをつけて、無事手術が成功したら、その家族、いや村の喜びと感謝はいくばかりのものだろう。 信頼の切り口は何か。日常に差し迫った必要のない予防や公衆衛生、栄養管理などを村でわかってもらうために信頼がいる。まず、村の人が今助けを必要としているものを探して、ともに行動し、信頼関係を築く。人間の絆だ。その切り口は村ごとに千差万別であろう。答えは村にある。村に入らない限り答えもない。 これは行政が進めるマニュアル化とはまったく逆の世界だ。信頼の構築にマニュアルはない。僕らはマニュアルで生きちゃいない。綱渡りは続く、だからこのチャレンジは面白い。一度渡れたらきっと大きな橋になると信じて。僕は保健所のスタッフたちに向かって、僕の左胸を拳で軽く叩いた。「鍵はここにある。」と
モン族の村で出会った、お母さんと三つ口(口蓋破裂)の赤ちゃん


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