遠田耕平
郵便屋さん 「いったい何をしているんだろう?」と、朝起きると僕はよく思う。 いろんな国をさ迷い歩きながら、いろんな人たちの心に触れながら、いろんな人たちに助けられながら、ダラダラと手紙を書き続けているこの僕は、 「いったい何をしているんだろう?」って すると、フッと何かが腑に落ちた。 それは、もしかすると拾い集めた何かを配達するため? 僕は郵便屋さん? 郵便屋さんは配達をする 旅をし、世界を配達する 旅をし続け、世界を配達し続ける 心に焼き付いた景色と、胸に宿った熱を、不完全な言葉にして 大切なひとたちに配達する 旅は終わらない 世界も終わらない だから僕の配達は終わらない そして僕の手紙も終わらない つまり、僕の手紙もダラダラと続くということで、どーもすみません。 ソンラー県の村の集会 ソンラー県の村の集会は96の村で今も続いている。というか、続いているはずである。というのは、僕は全部に参加したいけど、出来ないのでよくわからない。今回は2度目の参加である。 二つの村を訪ねることにした。 はじめはザオ族の村。400人ほどの村は保健所からあまり遠くはない山間にある。山の斜面はいま、背丈を越えるほどに伸びたとうもろこし畑でいっぱい。そのさまは夏の陽光を浴びて緑の絨毯のように見える。村の集会所では、小柄な村のボランティアのおじさんが呼び込みをしていて、三々五々人が集まっている。男女が15人ずつほど集まったところで、保健所のスタッフが原稿をベトナム語で読み始めた。マイクも資料も、ビデオもない。みんなつまらなさそうで、ザワザワしている。ザオ語に訳さなくていいの?と訊くと、ザオ族の人はほとんどベトナム語がわかるから大丈夫だという。確かに若者たちはわかっているようだけど、老人たちはやっぱりわからないようにみえる。
「保健所に行っても薬をあまりもらえない。もっと薬を出して欲しい。」すると保健所のスタッフは 「病院じゃないので国から割り当てられる薬に限りがある。必要なら郡の病院まで行ってください。」と答える。 みんなは不満そうだ。せっかく保健所までいってもくれる薬は数錠で子供や家族の病気のときは薬の量がまったく足りない。郡の病院は遠くて、薬も高くて待たされる。 一人の初老の男性が大きな声で話し始めた。 「自分の知り合いが以前、事故で大怪我をした。みんなで保健所に運んだら郡の病院に行けという。何とか郡の病院に連れて行ったら、今度は何枚も書類を渡されて書けという。延々と書類を書かされて、何時間も待たされているうちに知人は死んでしまった。いったいどうしたらいいんだ!」と。 保健所も郡も県の衛生部のスタッフも答えに詰まり、 「病院に改善するよう伝えておきます。」と逃げた。 僕には、はっきりわかった。これだなと。考えるべきことは。 はっきりした答えもないまま、ざわつく中で、持ってきたお菓子がバラバラと配られて、2時間ほどで集会は終わった。これでいいのかな?
「みなさーん、保健所から人が来て健康の話をします。集会所に集まってくださーい」とマイクから声が山間に流れる。 三々五々集まった村人はやはり男女15人ずつくらいだ。モン族の女性たちは見事な刺繍の施された民族衣装を全身にまとい、刺繍の手を休めることなくゆっくり歩きながら集まってくる。 この村では、ボランティアが頼りだ。保健所のスタッフがダラダラと読み上げるベトナム語を一つ一つモン語に訳してくれる。モン族の人たちはザオ族の人たちよりもベトナム語が通じない分だけ、注意深くモン語に訳された話の内容を聞いてくれているように見える。 ここでも「何か保健所への要望はありませんか?」と訊く。すると一人の若い男性が立ち上がって静かに話しだした。 「自分の妻が心臓病を患っている。子供もいるし、何とか助けたい。保健所は何とか助けてくれないだろうか」と。 保健所のスタッフは再び口をつぐんだ。これは保健所のできる範疇じゃないと。僕はこれこそ突破口だとわかった。 突破口 村の人たちが医療を提供する側に望んでいること。それは、医療を提供する側、つまり保健所や病院が本当に困ったときに村の人を助けてくれるという信頼と安心だ。保健所の人たちは自分たちが生死の危機に直面したときに命を救ってくれるんだと確信して初めて、保健所の人たちに心を開き、予防接種も衛生教育も母子保健も生活の中に受け入れてくれる。今はその心がない。 住民のこの正直な要望こそは、実は保健所を含めた保健行政が変わる鍵だ。 僻地の村人にとって保健所の薬が枯渇していることは重要な問題だ。現場の状況に応じて僻地の保健所に必要な薬剤の十分な供給が出来るように行政が保健所への薬の供給システムを変えればいい。
心臓病に関しても同じだ。県の担当者に連絡をして、県の担当者が県立病院や国立病院の専門医を紹介する。診察の予約を取って、最良の医師の診療を受けさせる。その後は検査、手術の段取りをサポートする。 このことは以前ここでもお話した口唇口蓋裂の子供の支援で考えたことと同じだ。
集会のあと、僕は「あの遠くに見える小高い山の上の一軒家まで登ってみたーい。」と例によって無理な提案をした。村のボランティアの青年がいいよ、という。とうもろこしの斜面を越えて、急な山肌をどんどん登っていった。30分ほど急峻な斜面を登ると360度、視界が開け、周りの山のトウモロコシ畑が一望できた。 素晴らしい眺めだ。モン族の人たちは毎日この斜面を上り下りして、山肌を見事なとうもろこしの絨毯に変えていく。 「この人たちの命を守りたい。」と思えばそれでいい。 それだけのことなんだ。 |