ジャガイモが主食
一言でいってアイルランドの食べ物は全般にあまりおいしくない。食材、調理法も日本に比べるとはるかに少ない。そんななかから代表的な食べ物をいくつかあげてみよう。まず羊肉とジャガイモをメインにしてさまざまな野菜を煮込んだ「アイリッシュ・シチュー」がある。家庭でもレストランなどでもよく出るメニューでこれはなかなかおいしい。
「ベーコン&キャベジ」は厚く切った塩漬けベーコンとキャベツを煮込んだもので、山盛りのフライドポテトと一緒に出てくる。ポテトといえば代表はやはり「フィッシュ&チップス」だろう。タラかスズキなどの白身魚のフライとフライドポテトの組み合わせだが、出てくるのは半端な量ではなく、フライも少し揚げすぎであまりお薦めできない。だがイギリス人と同様、アイルランドの人たちもこれが大好きらしく、フードサービスのあるパブやレストランで嬉々として食べている。パブでは「ダブリン・コドル」というメニューもある。ベーコン、ソーセージとジャガイモ、タマネギなどをスープで煮込んだものだ。
ダブリンの肉屋さん。ブロックで売られている肉が多い
アイルランドは海に囲まれた国なので魚をよく食べるだろうと思っていたが、それほどは食べず、スーパーの魚売り場のスペースも、肉売り場やハム・ベーコン売り場の1割ぐらいしかない。魚は肉の代用品という考えが長くあったため、ごちそうとは思っていなかったようだが、ヘルシーさを求めるこの時代、それなりに食べるようになってきたそうだ。食卓に上る魚の代表はアトランティック・サーモン(大西洋サケ)。日本の銀サケに似ていて、サーモンステーキや、焼いたサケを細かくほぐしてマッシュポテトと混ぜバターで焼いた「フィッシュケーキ」などが好まれている。タラはフライに、カキは生食でと、調
理法は単調だ。ムール貝はワイン煮やチャウダー風にしたものがよくあり、ワインととても相性がよいためこれはお奨め。このほかスーパーやフィッシュ・ショップという魚屋の店頭には、サバ、カレイ、マス、ニシン、アサリなどが並んでいたが、残念ながら口にするチャンスはなかった。
野菜はジャガイモが主役で、この国の主食といってもよく、種類も100種類ほどある。ニンジン、タマネギなどは日本のものと外見はあまり変わらないが、ダイコンは小さくてシワシワ、長ネギは太さが5センチ以上もあり葉も開いたようになっていてあまりネギらしくない。おそらく味もだいぶ違うのではないだろうか。また日本では見られないものにターニップというカブがあった。少し赤い色をしていて、硬い皮をむいてシチューなどに入れるそうだ。
道路沿いの「ストロベリー&ニューポテト(新ジャガ)」売り
フルーツ・ショップやスーパーに行くと果物はなかなか豊富にあり、今の季節はイチゴが旬。道路沿いで「ストロベリー&ニューポテト(新ジャガ)」と看板を出した即席売店をよく目にする。売り子は大半が中学生や高校生。おそらく農家の子供たちで家の手伝いをしているのだろう。のぞくと手づくりのジャムや大きなスグリの実なども一緒に並んでいる。このほかフルーツ・ショップの店頭で種類が多いのは梨。いわゆる洋梨だが日本に比べ小ぶりで少し固め。ほんのりと渋味のあるものや、薄く赤色をしたものなどさまざまで、買い食いが楽しかった。今はシーズンではないが秋になるとリンゴが店の主役になるらしい。
どうしておいしくないの
このように書くとなかなかおいしそうだが、日本人の口には合わないものが多い。なぜかというと、食材としては良いものがそろっているのだが、調理法が大雑把過ぎ日本人の口に合わないものが大半を占める。アイルランド人はよほどの大食いなのか、出される量も多すぎてうんざりする。
首都のダブリンで「フラナガンズ」というパブ&レストランに入った。ここで私はチキン料理を頼んだら、グリルした鶏肉にたっぷりのホワイトソースがかかっていて甘い匂いがする。かいだことがある匂いだと思ったらなんとバニラではないか!あまりの甘さとまずさで、もったいないけれど2口食べてやめた。同席した会社の人たちも誰も食べてくれなかった。
左が「アイリッシュ・シチュー」。右下がま
ずくて食べられなかった「バニラ入りチキン」
前回行ったときのことだが、いなかのパブに昼食を食べようと入り、チキンナゲットを頼んだ。メニューでは付け合せがビーンズとフライドポテトとなっている。もうこの国の食事実態がわかっていたので、どんなものが出てくるかこわごわ待っていると、直系40センチほどの皿が目の前に置かれてうんざり。衣が硬いチキンナゲットに、高さにして15センチほど積まれたフライドポテト、皿の残りの空白は煮豆が占めている。一人でこんなに食べられるわけがない。しかもまずい。半分以上残したらパブの親父さんがどうして食べないのかと不思議そうにしていた。
「ベーコン&キャベジ」もベーコンは塩がきついし、煮たキャベツはくたくたしているだけで味気なく、途中で食べるのをやめてしまった。
北アイルランドにブッシュミルズという町がある。アイリッシュ・ウィスキーの人気ブランド「ブッシュミルズ」の蒸留所がある町だが、ここでレストランに入り、一人が「フィッシュフライ&パスタ」というのを注文した。タラのフライにパスタがついているのだが、このパスタ、日本の焼きそばを思いっきりまずくしたような代物で驚いた。当然のことだが別皿に山盛りのフライドポテト付だ。
そうこの国では麺類がとにかくまずい。ほとんどが茹ですぎで、イタリア料理店でパスタを頼んでも「これがパスタ?」というものが出てくる。思うにダブリンのような都会以外では、料理人がきちんとしたパスタを食べたことがなく、本やなにかで調理法を知り、お客に出しているのではないだろうか。
すべての店がこのようにまずいわけではないだろう。高級レストランや、ハイクラスのホテルではきちんとしたものが出されているとは思う。しかし、私たちのポケットマネーで入れる店はだいたいこんなもの。満足度はせいぜい50%。たいがいは20〜30%がいいところだ。
だがおいしいものもある
しかしアイルランドの食べ物がすべてまずいわけではない。素材としてはかなりのレベルのものがいろいろある。まずは乳製品。アイルランドは農業と酪農の国。聞いたところではこの2つの職種は国を支える産業ということで、税金を免除するほど大事にされているそうだ。
冬でも雪が降らず湿度が高いため牧草が枯れず「エメラルド・グリーン・アイランド」とも呼ばれる国。高品質の牛乳がとれバターやチーズが抜群にうまい。チーズ産業の歴史は浅く、ドイツやフランスのように多種類はないがかなりのレベルで、EUに加盟してからヨーロッパ中にそのおいしさが知れ渡り、バターとともに輸出が急増しているそうだ。私は口にしなかったがこの牛乳で作るアイスクリームやソフトクリームも人気がある。チョコレートにも良質の牛乳とバターが使われ、本場ベルギーをしのぐのでは、とチョコレート党の間では評判になっているそうだ。
スーパーのチーズ&バター売り場。どの製品も素朴だが味は保証できる
羊の飼育数は多く、人口比の頭数は世界一。ラム、マトンとも調理には広く使われ、「アイリッシュ・シチュー」にはなくてはならない食材だ。日本にも輸出されているらしく、北海道のジンギスカン料理にはアイルランド産も使われている。
ドライブ中の昼食に重宝したのがサンドイッチだった。店舗数は多くないがコンビニ、スーパーには必ず、そしてほとんどの村の雑貨屋さんにサンドイッチ・コーナーがある。マッシュポテト、ツナ、卵サラダ、マカロニ・サラダなど10種類ほど用意された手づくりの具の中からいくつかを選び、食パンにはさんでもらうシステム。あれもこれもと選ぶと高くなるが、2種類くらいはさんでもらって300円ぐらい。パンは大きいのでこれひとつで充分だった。
そして特筆すべきはホテルやB&B(ベッド&ブレックファースト・日本で言えば民宿)で出される朝食だ。アイリッシュ・フル・ブレックファーストと呼ばれる本格派は、目玉焼きかスクランブルエッグに、厚く切ったベーコン、ソーセージ、焼きトマト、マッシュルーム、豚の血とオートミールで作ったブラックプディングとホワイトプディングが1枚の大きな皿に盛られて、コーヒーか紅茶、オレンジジュース、牛乳はお変わりし放題。さらに薄切りのトースト、重曹を加えて焼いたブラウンブレッド、シリアルや果物までつく。B&Bによっては手づくりのマーマレードやラズベリージャムも出る豪華版。
フルではないがこれが「アイリッシュ・ブレックファースト」。
これにソーダーブレッドやジュース、果物などが付く
かりっと焼いたトーストに、ご自慢のジャムやバターを塗って食べる朝食のおいしいこと。このフルブレックファーストが出たら昼食時になっても、たいしておなかは減っていない。そのためサンドイッチで充分ということになる。さらには残ったパンを紙ナプキンに包んでいただき、昼はそれで済ませる手もある。もちろん心やさしきアイルランド人は「持って行きたくなるほど、我が家の朝食はおいしいだろう」と喜び、とがめることは絶対にない。
以前は家庭の朝食を含めて、このフル・ブレックファーストが朝食の定番だったが、最近は調理に手間隙がかかりすぎる、食事時間の節約、カロリー過多などの理由で少し品数を減らし、フルにならないブレックファ−ストが多くなってきているようだ。実際に前回のアイルランド旅行では、ほとんどの宿泊先でフル・ブレックファ−ストがついたが、今回はどこに泊まっても少し省略した朝食だったのは残念だった。これがアイルランドの食事で最良のものなので、なんとかこの伝統は続けてもらいたいものだ。