●東北「珍味」食いつくし紀行 鐙 啓記
ハタハタのしょっつる
――ハタハタと海塩だけでつくる日本海の魚醤

 以前、秋田県でハタハタは、漁師が豊漁貧乏になってしまうほど捕れた魚で大変な安値だった。男鹿半島周辺では、そのハタハタを材料にした「しょっつる」をそれぞれの家庭でつくっていて、作り手によって味が微妙に違うため、「手前しょつる」が主婦の自慢になっていたようだ。しかし、昭和50年ごろから乱獲などの理由で漁獲量が激減し初め、平成4年には40トンと最盛期の500分の1まで減少した。そこで秋田県は平成4年から3年間の全面禁漁に踏み切って資源の回復を図り、平成14年には最盛期の10分の1にまで回復させた。
 当然の事ながら漁獲量の減少期間中は価格高騰を生み、タイなどに負けない高級魚となり、ハタハタでしょっつるをつくるなど贅沢で非現実的なこととなってしまったのだ。
 現在、秋田県内でハタハタを原料にしてしょっつるを作っている業者は、男鹿市船川の「諸井醸造所」と八森町の「かがもく海産」の2社のみ。他はイワシやアジ、コウナゴなどの魚で製造している。諸井さんがハタハタを原料にすることが出来たのは、漁獲量の増加により価格が下がり始めたことが背景にあった。
 梅雨入りを目前にした週末、しょっつるの熟成過程を見に、男鹿市船川港近くにある諸井醸造所を訪れてみた。味噌、醤油、漬物などを作るこの醸造所は昭和5年創業。東京農大醸造学科を出た諸井秀樹さん(49歳)で3代目となる。
 諸井さんがしょっつるつくりに挑戦し始めたのは平成7年のことで、イワシやアジなどが原料だった。当時は禁漁中のためハタハタを使うことは考えもせず、昆布だしなどの調味料を加えて手探りでつくっていたという。しかし次第に地元産のハタハタでつくってみたいという気持ちが押さえられなくなり、平成9年からチャレンジし始めたそうだ。ハタハタの漁期は12月初め。それをいったん冷凍しておいて、年が明けた2月から3月にかけて醤油醸造用のタンクに仕込む。今年は30トンのハタハタを用意した。塩は赤穂産の海塩で、現在は腐敗防止のため塩分濃度は27%とかなり高くしている。将来は工夫を重ね、醤油と同じ17〜18%まで落としたいと考えているそうだ。

直径が2メートルぐらいの大きなタンク八基に漬け込む

漬け込んで間もない頃。まだハタハタの形がそっくり残っている
 ハタハタは頭も内臓もついたままの全使用。この方が旨味が増すためだそうだ。魚のタンパク質が自己消化酵素により分解し、旨味成分のアミノ酸に変化するのを待つこと20ヶ月。その間10回ほど櫂棒で攪拌して空気に触れさせ、発酵を促進させる。あとはじっと寝かせて熟成を待つだけ。最後にタンクから取り出し、85度で20分ほど加熱することで雑菌を殺し、食卓で使い易いよう小ビンに詰めて完成だ。
 「しょっつるは全国的に知られた能登の『いしる』や、小豆島などの『イカナゴ醤油』に負けない魚醤ですが、市民権を得ているとは言えません。ハタハタを原料にした上質のしょっつるを製造することで、うまさを広く知ってもらい、秋田の食文化を後世に残したいと願っています」しょっつるは鍋物に入れて使用するほか、煮物や炒め物などの隠し味として使われる。発酵食品に共通した独特の匂いがするが、これを入れた料理は確実に味は良くなる。
 諸井さんのしょっつるつくりは始まったばかり。しょっつるの熟成とともに、仕込み技術の熟成も楽しみだ。

半年くらいたった頃。ハタハタは半分ぐらい解けてどろどろになっている

完成したしょっつる。液は透明感のある琥珀色をしている
諸井醸造所
рO185(24)3597 Fax(23)3161 秋田県男鹿市船川港船川字化世沢176
営業時間 8時から17時 定休日 第2・4土曜、祝祭日
「秋田のしょっつるハタハタ100%」1瓶130g詰め1000円「魚ミー(トトミー)」(イワシ、コウナゴなどに昆布だしを加えたしょっつる) 1瓶130g詰め350円(送料別)ほかにも醤油、味噌、各種漬物などあり



豆腐カステラ
――大地からの恵み大豆でつくる 豆腐屋さんの手づくりお菓子

 私がこのお菓子を最初に食べたのはうどん屋さんでの事だった。「稲庭うどん」の老舗として知られる佐藤養助商店直営の店では、お客さんの食事ができるまでの間、お茶受けにこの「豆腐カステラ」を出してくれる。名前は以前から知ってはいたが、私が住む秋田市では一般的なものではないため、口にしたことが無かった。予想よりは少し甘味が強かったが、「これがあのお菓子か」と思いながら食べたものだ。
 秋田県内陸南部にしかないこの豆腐を使ったお菓子が、どのようにしてつくられるのか興味を持って、雄物川とその支流、玉川が合流する大曲市花館地区にある田口豆腐店におじゃました。旧羽州街道の宿場として栄えたこの花館地区は、良質な地下水に恵まれ、近隣には造り酒屋も多い。その水を使って豆腐屋三代目の田口一さん(41歳)は、ずっしりとした質感の昔風の豆腐をつくっていて、その豆腐からこのお菓子は生まれる。
 田口さんのお母さんの幸(ゆき)さん(69歳)に、いつ頃から田口豆腐店で「豆腐カステラ」をつくっていたかうかがうと「私が嫁に来た50年ほど前にはもうつくっていた」とのこと。一さんによると、昔は日常のお菓子ではなく、おめでたいときのお膳に付く「ハレの食」だったようだ。そのうち葬式にも並ぶようになり、七輪の炭火で細々と焼いていたのが、ガスの普及で量産できるようになり一般化したらしい。現在つくっている豆腐屋は県南全体で10軒ほど。昔はあちこちに豆腐屋があり、かなりの数の店でつくっていたようだが、甘い物が敬遠され気味な現在、消費量は少なくなったそうだ。
 さて、肝心のつくり方だが、まず毎朝3時ごろから豆腐つくりが始まるが、田口豆腐店では月、水、金の週3日が豆腐カステラの製造日となっている。攪拌機に豆腐を入れ、さらに小麦粉、でんぷん、水あめ、砂糖、最後に味を調えるため塩を混ぜる。この塩加減が決め手で一さんは
「豆腐の良し悪しと塩の量でカステラの味が決まるね。でも一番は豆腐だな。旨くない豆腐でつくったカステラが旨いわけが無い」
と、自家製の豆腐と豆腐カステラに絶対の自信を持っている。

決して広くない作業場だが、3人は寸暇を惜しんで作業する

1列に20個近い「カステラ鍋」が並ぶ
 攪拌機で練り合わせたものを大きな金たらいのような鍋に移し、ここからベテラン女性3人の真剣勝負が始まる。「カステラ鍋」と呼ぶ銅製の型にゴムベラでペタペタと押し入れ、長さ2メートルほどのガスコンロの上に上げられた4枚の鉄板に並べられる。それぞれが目配りしひっくり返す作業が続くと、しだいにふくらみ、卵焼きのようなこんがりとした色合いになったら焼き上がりとなる。この間ちょうど45分。大小二つある鍋どちらでやっても時間には代わりが無いそうだ。鍋から取り出し並べられた表面は、焦げ付き防止のために引かれた油でしっとりした光沢を放っていて美しい。
 最近は東京に移り住んだ人から、懐かしさで宅配を頼まれることが多くなってきたそうで、「東京に送るなど昔は考えられなかったことです」。秋田駅前の市民市場でも喜ばれるそうで、一さんは地域限定だった食べ物が、思いがけない広がりを見せ始めたことが嬉しいようだ。
 名づけの由来はわからないが、なかなかハイカラな名前を持った、豆腐の味がする庶民のお菓子だ。

豆腐テンプラつくりを楽しそうに語ってくれた田口幸さん

お茶受けに最適。特に女性に人気がある
田口豆腐店
рO187(62)0572 Fax(62)0786 〒014‐0006 秋田県大曲市花館中町4―2
営業時間 6時〜19時  定休日 日曜日
豆腐カステラ(大)約630g 650円 (中)約330g 330円(送料別)
日持ちは冷蔵庫で10日ほど


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