もう二昔ほど前の話だが、「秋田犬」の本を出版しようと企画を練っていたら、「秋田犬は裏に複雑な事情が絡んでいるから、不用意に手を出さないほうがいい」と友人からアドバイスを受けた。秋田犬の複雑な事情って何? そのときは深く考えることもなく、友人の忠告に従って出版企画は立ち消えになった。
 最近出たばかりの宮沢輝夫著『秋田犬』(文春新書)に、その答えらしきものが書いてあった。その昔(大正から昭和初期にかけて)、秋田県北部では秋田犬の闘犬が盛んで、闇で大会が開かれ、賭けの対象になり、高額の種付け料や、土佐闘犬との交配など、裏で大きなお金が動いた。そこに暴力団の介入を招いた。品評会の審査員を買収したり、ライバル犬を毒殺したり、ギャンブルをめぐっての騒動や事件が後を絶たなかった、というから穏やかではない。なるほど、そうした背景があったのか。この本で二昔前の友人のアドバイスに得心がいった。
 秋田犬の元祖はマタギ犬(猟犬)だ。両耳が立ち、巻き尾(あるいは差し尾)が特徴で、自立心が強く主人には忠実だが、それ以外の人間にはなじまない。
 「秋田犬」という犬種名は1931年(昭和6)、国の天然記念物に指定された時に生まれた。それ以前は大館犬とか鹿角犬、南部犬と呼ばれていた。最近のゲノム解析では秋田犬と柴犬はオオカミに最も近い遺伝子を持つ日本犬であることがわかっている。犬の祖先は家畜化されたオオカミというのが定説だが、両者の違いはストップ(額段)の有無。鼻梁から額にヘコミのあるのが犬で、オオカミにはこれがない。ロシアの洞くつで発見された3万3千年前の骨にはこのストップがすでにあったそうだ。著者の宮沢氏はそうした歴史的事実を踏まえ、「犬とオオカミは5万年ぐらい前に分かれていたのでは」と推測している。
 もう一つ、秋田犬の代名詞ともいえる「忠犬ハチ公」についての疑問もこの本で氷解した。ハチ公は本当に忠犬だったのか。それとも単にエサの焼き鳥目当てで渋谷駅をうろついていたのか。いまも意見の分かれるところだが、忠犬に祀り上げられたのは軍国主義に突き進む時代背景のなかで国策的に創作された物語。忠犬とは無縁とみて間違いない。飼い主・上野英三郎の住まいは渋谷区松濤にあり、仕事先の東京帝大農学部までは徒歩通勤で、渋谷駅を利用した事実はない。ハチ公は渋谷駅前を自分の縄張りにしていた「犬の親分」のような存在だったのでは、というのが宮沢氏の見解(駅テリトリー説)だ。宮沢氏は新聞記者で、秋田支局時代に「秋田犬」の取材を始めている。取材のよく行き届いた出色の動物ノンフィクションだ。

11月×日 定年後のオヤジたちがしてはならないこと。「ジャージを着ない」。ベルトをしないと腰痛になるから。「コンビニ弁当を買わない」。便利に走ると身体的にいいことは何もないから。と、誰かの本に書いていたなア。
11月×日 町内会役員会。こういう会に出ると、市会議員の仕事を馬鹿にできなくなることうけあい。
11月×日 協和町にある地図に載っていない「長者森」という山を縦走する。Sシェフと2人だけの探検山行だ。
11月×日 市内の「松坂古書店」は老舗古本屋で、数多くの郷土出版物を世に送り出した出版社でもあった。三島亮という実に個性的な酒飲みの頑固オヤジがいた。今も若い人たちによって維持されてきたのだが突然、店主Sさんの体調不良により店を閉めることになったという。ショックだ。
12月×日 少し喉の奥がいがらっぽい。ときどき痰が詰まったような咳が出る。風邪かな……。
2月×日 目覚めれば体すっきり、という夢かなわず、やっぱり風邪でダウン。来週から忘年会ラッシュなのに。T耳鼻科で治療、薬をもらう。
12月×日 かなり熱っぽいのに熱は35・1度。夜には6・5度になったが、どうやら小生、平熱が低いことをこの年になって気が付いた。恥ずかしい。
12月×日 モモヒキーズ忘年会。プレゼント交換で「いちご」が当たり、体調不良なのでありがたい。
12月×日 ローカル線で車いすの重度の脳性麻痺の青年と隣り合う。トイレに入ろうと悪戦苦闘。乗客は無関心をよそおって下を向いている。トイレに入り「救助」。体力があってよかった。
12月×日 立て続けに90歳代の女性を描いた映画をみた。「アイリス・アプフェル」。サブタイトルは「94歳のニューヨーカー」。今もなおファッションの最前線で活躍する女性の物語。「ホームレス――ニューヨークと寝た男」と一緒に観たせいか、この大都市の懐の深さがうらやましい。「92歳のパリジェンヌ」の原題は「ファイナル・レッスン」。尊厳死を描いた映画だ。それにしてもこのタイトルはどうにかならなかったのだろうか。
12月×日 週末は部屋に閉じこもって梓会受賞の弁を『出版ニュース』に書く。文字数4500字というのはけっこうきつい。
月×日 今年初めての本格的な雪。憂鬱なボタ雪が降り止まない。
12月×日 雪止んで青空。道路はアイスバーン。こんな日は外に出て汗ばむほど歩きたくなる。昨夜観たインド映画『めぐり逢わせのお弁当』(原題は「ランチボックス」)は配達弁当をめぐる物語で面白かった。
12月×日 朝一番で酒田。鳥海山のCDブック第4回打ち合わせ。「山の雑記帳」という小さな雑誌が廃刊になったことを聞きショック。
12月×日 「週刊新潮」の「青森県はなぜ早死にするのか」を読む。朝からラーメン屋に行列ができ、特産のリンゴは食べない。野菜は塩っけたっぷりの漬物で、スジコに醤油をかける。寒いので運動はせず、減塩商品はまったく売れない……なんとも背筋の寒くなる内容だが、秋田でも内情は似たようなものか。
12月×日 初めて「カイマキ」を使った。あの袖のついた着物状の綿入れだ。カミさんからクリスマスプレゼントにもらったものだが、これは暖かい。
12月×日 東京とんぼ返り。忘年会2つ。電車はチケットが取れずグリーン車。贅沢な忘年会だ。東京は相変わらずの人込み。車中はずっと村上春樹『騎士団長殺し』。
12月×日 大晦日だが仕事。歩いて30秒の仕事場に。これはもうクセのようなものでだれにも止められない。
1月×日 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしく、お願い申し上げます。
1月×日 東京に1泊。朝5時半起きで羽田空港、そして香港へ。恒例の関西の友人たちとのグルメツアーだ。ホテルはベッドが狭くて大失敗(安かったから)。2日目はマカオ。昼を食べたレストランが美味しくてびっくり。香港もマカオも街は金ぴかド派手で、映画のセットを歩いている感じ。
1月×日 今日が仕事始め。日記と1週間分の新聞の切り抜き。
1月×日 香港旅の疲れか、今ひとつ心身のバランスが悪い。
1月×日 『高倉健――七つの顔を隠し続けた男』(講談社)がアマゾンで安くなっていたのを確認、買うことにした。「注文する」をクリックすると同時に、うちの本の注文メールも入ってきた。注文主は「高倉健?」。いや嘘だろう。高倉健の本を注文したら高倉健から返事が来た。「健」の後にもう一字あったのだが、こんな偶然があるなんて……スゴイ。
1月×日 この季節は日本酒。酒の銘柄は酒店Aさんにおまかせ。先日、見慣れない日本酒が送られてきた。「磐城 壽 アカガネ」という山形のお酒。酒に金属の名前を付けるセンスは問題だが、うまいので許すことにする。
1月×日 塩田武士著『騙し絵の牙』(kADOKAWA)は微妙な書名だ。雑誌編集者の奮闘を描いた小説で「業界もの」としては出色の出来だが、最後に大どんでん返しがあり、ようやくタイトルの意味が明かされる。この書名は賛否あるところだ。
1月×日 九州・福岡県警サイバー犯罪課から電話。「お宅のHP内にウイルスのURLが検知された」とのこと。調べると「ファイルの一部が書き換えられている」ことが判明。すぐに修復。
1月×日 東京で梓会出版文化賞授賞式。新入社員(息子です)も一緒。いろんな方(出版界の大先輩たち)にお目にかかり、過分なお褒めの言葉を一生分いただいて、もう思い残すことはない(ウソ)。二次会の後、新入社員と二人で神保町のバー、焼鳥屋をはしご。
1月×日 今年の山始めは男鹿半島・真山。朝起きがつらかったが、思ったほど体力は落ちていない。今日からまた東京だ、ヤレヤレ。
1月×日 東京は秋田より積雪が多かった。銀座で『平野甲賀と晶文社展』。大雪で銀座から人通りが消えていた。タクシーも走っていない。歩いて神保町の宿までトボトボ帰る。
1月×日 この1か月間に三回東京を往復、仙台も1往復。疲れるが、おかげで「積読」の本を随分消化できた。
1月×日 「温かい湯は十分な歓待だと書いていた作家がいた。そうか確かに「白湯」は外で簡単に飲めない。白湯を飲むようになって便通がよくなり、すっかりファンになった。
2月×日 アマゾンのユーズドで文庫本を買ったら送料が350円。新聞にはヤマトがアマゾンとの運賃値上げ交渉に合意したとの記事。1円の古本をアマゾンで買っても350円の送料が加算されるわけだ。まあ、どう転んでもアマゾンに大きなリスクはない。アマゾン漬けになるのは避けたいのに他の選択肢が見当たらないのが辛い。
2月×日 学生時代、秋田駅前に「揚子江」という中華料理屋があった。店のオヤジが賭けマージャンに手を出し夜逃げ、店は消えた。あそこで食べたタンタン飯をもう一度食べたいと思い、台所で試行錯誤するが……ダメ。
2月×日 酒田市の登山家の本を作っているのだが編集委員に4名の「さいとう」さんがいる。「さい」の字が「齋」「齊」「斉」「斎」とみんなバラバラ。庄内地方は「さいとう」さんの宝庫だ。
2月×日 東成瀬村の友人に「雪の状態を取材したい」とメールすると、「3メートルを超す積雪なので駐車スペースがない」との返事がかえってきた。
2月×日 檻に入れられた獣が泣き叫んでいるようなすさまじい風の咆哮に何度か目を覚ます。そこに雷が平手打ち。朝起きると屋根の雪は吹き飛ばされ道路はツルッツルのアイスバーン。
2月×日 レンタルしたDVD映画4本中3本が当たり。C・イーストウッド監督の『インビクタス』は南アのマンデラ大統領とラクビ―チームの物語。『サムホエア』はコッポラの娘、F・コッポラ監督の作品。この監督の作品は無条件で好き。『メルー』は世界一の壁ヒマラヤ・メルー峰に挑戦する山岳ドキュメンタリー。
2月×日 モモヒキーズのフルメンバー10人が参加してシャチョー室宴会。梓会受賞を祝ってくれた。こちらの要望で「祝う会」ではなくモモヒキーズに逆に「感謝する会」という形にしてもらい、新入社員とともにホスト役。
2月×日 岩谷山のスノーハイク。ハイクというには急坂の連続で、かんじき(アルミ製)を履いての雪山歩きだ。2月×日 書名や映画のタイトルなどには時代性がある。去年公開された邦画ベストテンには「映画 夜空はいつでも最高密度の青空だ」をはじめとして「彼女の人生は間違いじゃない」「彼女がその名を知らない鳥たち」「彼らが本気で編むとき」といった長い題名の映画が並んでいる。
2月×日 東成瀬村に雪の取材。ひょろ長い村の真ん中を過ぎるあたりから道路脇の積雪は3メートルをこえ景色はまったく見えない。消防や電力会社が使う高所用のクレーン車で除雪する人がいたのにはびっくり。
2月×日 県北の七座山に登る。「ハニーカム」と呼ばれるハチの巣状の巨大な凝灰岩は圧巻。5人の山行メンバー中2人が偶然にも「養蜂」に強い関心があり、ハチの話題で盛り上がる。下山後、県南の酒蔵飲み会に参加。作家Sさんから日本でも有名な養蜂家Fさんを紹介される。銀座でハチを飼っている人だ。朝から晩までミツバチづくしの1日。こんな偶然の1日もある。
2月×日 2月も終わり。昨年から身辺にいろんな事が起き、過去に消えていく。そして、老いだけが残滓のように未来に引き継がれていく。


*今号から少しずつメルマガ化に舵を切っていく予定です。目に見えるような変化ではありませんが、なにとぞよろしくご協力お願いします。
*前回の冬号と同様、春号も4点の新刊中3点が「アウトドア」ものになってしまいました。自分の趣味や関心がストレートに反映されていて、少し反省しています。
 なお『治療院の客』は3月20日、『「秋田の山」無茶修行』と『池田昭二鳥海山山行記録1000』は3月下旬になります。  (あ)