13.  中岳遭難死亡事故の考察
 2017年2月18日、秋田商業高校教諭の保坂徹(54歳)さんが中岳(951.7m)登り、下山してこなかった。
 この日、金山の滝ルートからは7人が入山している。そのうちの一人が保坂さんだった。彼が登ってきたとき、私は下山の途中だったので、挨拶を交わしている。
 18日の前の2日間は、2月にしては珍しく激しい雨が降った。2月の雨は登山者にとって非常に危険である。雨が雪にしみこんで、きまって冬型に変わる。山は一気に凍りつく。
 2007年2月にも同じような条件の日があった。2月26日に私の友人がオーパススキー場ルートから登ってきた。長靴である。しかもスパイクがついていない。長靴に縄を巻いていた。果たして下山のとき、前岳の下りでスリップ、そのまま猛烈なスピードで滑落した。命の危険を感じ、とっさに迫ってきた木に自らぶつかりにいった。幸い足の骨折で一命は取り留め、下山してきた人たちのサポートで夕闇が迫る中、ヘリコプターで救出されている。彼は高校山岳部の顧問をしていた経験もあったから、ツエルトを携行していて、ビバークはできた。しかし、このころはまだ携帯電話は一般的でない。この事故を契機に、太平山でも携帯電話の携行者が増えた、といわれている。
 さて17年2月18日である。登山口を出発したとき気温はマイナス3度。これでも暖かいほうだ。しかし次第に冬型気圧配置が強まり、気温は急降下。全山が氷の山と化していった。毎年こうした日が何日かある。
 保坂さんは、かすかについていたトレースを目安に中岳に向かった、と思われる。誰もその姿を目撃していないので、これは私の推測だ。彼の服装は上下黒のアウター、青いザック、ストックだった。これは遠くからは見つけにくい。冬山では服装にも目立つ色がほしかったところだ。
 冬山に登るのは夏山とはレベルがまるで異なる行為だ。登山というのは突き詰めれば雪との闘いである。雪の技術をマスターしない限り冬山登山は難しい。
 中岳の頂上から下山しはじめると、ほどなく右手に曲がり、登ってきた前岳へのルートに入る。右手に曲がらず、まっすぐに下るとかつての寺庭ルートになるが、現在は夏も登山道はない。
 彼が行方不明になってから、私は多くの人に中岳の「下り」について訊いた。右手に曲がらず、寺庭コース側に間違って行きかけた人が多いことに驚いた。保坂さんもその一人だったのではないのだろうか。後日、保坂さんの携帯電話の場所が県警によって明らかにされた。66日後、実際にその場所で彼は発見されている。携帯電話は18日から3日間通信可能だった。携帯電話は彼の体から離れてしまったのだろう。
 あくまでも私の推察だが、彼は闇雲に間違ったルートを下り続けた。気がついたときは、もう標高差200mも下っていた。2・5万分の地図でいえば標高732mの地点。登り返す体力はなかった。うろうろするうちにスリップ。標高差150m、距離にして300mを滑り落ちた。発見されたとき、体に傷がなかったことを考えれば、運よく止まって後は、ひたすら下り続けた。冬山で沢に下りるのはもっとも危険な選択だ。おそらくそんなことすら考える余裕がなかったであろう。彼が下った斜面は斜度30度以上、巨岩が散在し、ブナ、ミズナラ、センノキなどの巨木が林立。雪崩の危険が絶えずあった。
 事故の一報は翌19日午後に聞いた。この日、私はすでに下山後だったが、確かに黒い車が昨日もあったし19日にもそのままで奇異には思っていた。なかには奥岳まで縦走する人もまれにはいるから、そのようなひとりなのだろうと思った。
 彼の妻が警察に届け出たのは19日の11時。この間、彼が生きていた可能性は高い。金山の滝コースは中岳まで標高差850m、距離5.7km、前岳までトレースがあれば冬山でも日帰りで登れる(トレースがない場合は難しいが)。
 20日、21日と捜索隊が入山。秋田市の山岳会からも多数の人が救援作業に参加してくれた。仕事をなげうっての参加である。冬型の悪天候が続き、現場は2次遭難が怖くて、とても現場付近に近づけるような常態ではなかった。私も後になって現場近くまでいってみたが、悪絶の谷で、いつ雪崩がくるか不安だった。
 さて4月24日が来る。この日、秋田市消防本部の若手二人が、非番の日を利用して中岳に登る。彼らは2月にも捜索に参加、ぜひ保坂さんを発見したいと考えての山行だった。 
 前岳の南尾根の急坂を矢櫃沢に下る。県警が明らかにしてくれたピンポイントが目標地点だった。そのピンポイントは標高600mの地点。近づいていくと沢の中にストックを発見した。さらに青いザックを見つけ、そのそばに下半身が雪の中、上半身を仰向けに雪上に出ている保坂さんを見つけた。彼の左手の上の雪面には、飲んだとおもわれるペットボトルとテルモス、風や雪対策に使ったかもしれない折り畳み傘もあった。
 彼は精も根も尽き果て、ここで動けなくなったのではないだろうか。
 翌日、悪天が迫る中、消防、県警の合同隊が入山、搬送の準備をしてヘリコプターが遺体を吊り上げてくれた。
 広大な山で一人の人間を発見することは難しい。携帯電話を所持していたおかげで場所が特定され、発見につながった。秋田市消防本部の発見者二人には心から感謝したい。
 太平山に登っていると、いやなこともたまにある。冬山遭難などその最たるものである。山には人智の及ばないこともある。自然や登山と真面目に向き合うこと、人間関係を大切にすること、なによりも山に対して謙虚になること、これにつきる。
 マスコミの事故報道にも疑問はある。警察発表はほんの一部分の事実のみしか報じられなかった。正確性を欠いた不明だらけの報道や発表は、多くの心ある市民を惑わせたことも事実だ。事実を正確に発表、報道しないと、また同じ事故が起こってしまう。
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