16.  ベクトラン・スパイク長靴はすごい
 靴は山登りではもっとも重要な装備である。登る山によって使い分けるのが原則だが、いずれにしても靴底が大切である。夏でも冬でも底はビブラムの硬いものがいい。新品を手に取れば、いかにも丈夫そうでも実際はいてみれば磨耗が激しく、すぐに底に穴があいてしまうものもある。やはり値段の高いものが信頼できるようだ。
 金山の滝ルートでは無雪季にはアプローチ・シューズもいい。実は私は1足の靴が何日使用に耐えるかをひそかに記録している。アプローチ・シューズでは220日以上も使っているものがある。
 以前は夏季にはベクトラン・スパイクシューズをよく使った。ベクトランは強靭な繊維で防弾チョッキにも使用されている。これは危険な作業をする林業労働者用の靴に使われている。靴に誤ってチェーンソーが触れても跳ね返す耐切創性を持っていて、この繊維の登場は林業労働に革命をもたらしたといわれている。マムシやハブなどの咬傷にも強い。このベクトランを使った登山用長靴がベクトラン・スパイクシューズである。底には50本のスパイクがついていて、地面に吸い付くような感じで、軽い上に登りやすい。ただしスパイクは岩や石にぶつかるとゆがんで抜けていく。ビブラムが少し柔らかいので、私の経験では80日もたず底に穴が開いてしまった。ベクトランを使った冬山にも使える長靴もある。これら一連のベクトランの靴は、秋田市の森林作業用靴専門の会社である「みどり商事」が開発、販売しているものである。県民としてこれは誇っていいことだ。
 ベクトラン・スパイク長靴は、12本爪のアイゼンをつけなければならないような冬山を除けば、冬季積雪期でも十分に使える。冬山はもっぱらこの長靴で通している。いま使っている長靴は220日使っても大丈夫である。冬山での長靴は頼りないと思われる人もいるかも知れないが、次のようなエピソードもある。
 1902年、八甲田山中の陸軍青森第5連隊雪中行軍で199名の将兵が凍死した事件があった。世界最大の冬山遭難事件といわれている。生き残ったのは数名に過ぎなかったが、そのなかに鷹巣町出身の神成大尉がいた。彼はこの行軍の前に東京でゴム長靴を買い、行軍に履いていった。当時は皮の軍靴か藁沓だったが皮は寒さに弱い。神成大尉は、長靴のおかげで凍傷を免れたという。北海道アイヌ最後のヒグマ撃ちといわれた姉崎等の長靴談義も面白い。彼はあの厳寒の冬の北海道山中を歩くとき長靴だという。沢に落ちて長靴に水が入ったときは決して靴から足を抜かなかった。足を抜いたとたん凍り付いて手当ての仕様がなくなる。グジョグジョと長靴の中で足を動かしていると足は凍傷にかからないのだそうだ。私は雨の日は年中このベクトラン・スパイク長靴だ。スパッツもいらない。この長靴の寿命は、歩くたびに靴が前に曲げられるので、折れた部分が擦り切れ、そこから水が染みこんでくるときだ。長靴は一回り大きなサイズを買うこと。窮屈だと足の爪が圧迫されて黒くなり剥落することもある。靴下は厚めでゴムのしっかりしたものがよい。私は年中、同じ山用靴下を山でも家でも使っている。
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