19.  ストックは必要だ
 ストックについても一言、言っておきたい。ストックを使うか使わないかは個人の問題だ。若くて体力のある人は使わなくて構わないが、高齢になるとバランス保持のためストックは必要になる。2004年に刊行された「岩と雪の世界における安全と危険」というサブタイトルのついた『生と死の分岐点』という登山技術書がある。ドイツ山岳会安全委員会のピット・シューベルトの著書である。このなかに「山ではどんな場合でもストックは必要といっていい。人間は失ってしまった前脚のかわりにストックをつかうのである」と述べている。さらに、「年齢が高くなるほどよりいっそうストックは必要である。ストックを使用すると膝関節と股関節にかかる負荷を35%まで軽減することが科学的調査によって判明している」と付け加えている。この科学的調査とはザルツブルグ大学スポーツ科学研究所が行なったもので信頼のおけるデータである。
 私は、冬山や山スキーならいざしらず、無雪季の登山でストックを使ったことはなかった。ごく最近まで太平山でもストックは使っていない。速く上り下りするのに邪魔になるからである。
 しかし後期高齢者の仲間入りをするころから、体を持ち上げたり、バランスを保ったり、下りにスタンスを確実にするため、2本のストックは確実に有効であることに遅まきながら気がついた。2本の足だけで体を持ち上げるのがしんどくなったのだ。
 2本のストックを使えば膝や股への負荷を3分の一も減少できる。その代わり腕の力も重要になる。体全体で使うエネルギーは変わらないのかもしれない。
 ストックがあれば、太平山ではよく道に出て来るマムちゃん(マムシ)を、ひょいとよけ、ストックでヤブに追いやるのも簡単だ。
 食料についても一言。私の場合、太平山女人堂は半日コースなので、持参する食料はおにぎりがあれば事足りる。コンビニで2個くらい買っていけば、それで何の問題もない。それ以外は携帯食として塩飴やチーズくらいだ。食に関しては何の欲もない。戦後の飢餓世代なので、空腹を満たせばなんでもいいという幸せな世代である。

 私は高校山岳部の顧問が長かった。山岳競技では選手たちが3泊4日の長期間、雨雪にかかわりなく重いザックを背負い、泥だらけになって山を歩き、湿地のような場所にテントをはり、山行を繰り返す。他のスポーツ競技にこうしたハードさはない。
 山登りは自然生態系の過酷な山という荒地で行なう、ひとつの「業」のようなものである。観客はいない。苦しい登行に耐えて得られるものは、登った人の心の平安だけである。汗水たらし、苦しい「業」に耐えることが楽しいと感ずるスポーツである。
 山登りは、装備のみならず、心のもち方にHeavy Dutyが求められるスポーツなのだ。


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