2.  山行日数7560日
 秋田県にも山岳会は多い。その人々は年間何日くらい山に登っているのだろうか。
 私が所属する秋田山岳会でも「年間30日」となると、そう多くはない。この回数で多いほうなのである。年30日を20年続けると600日、40年続ければ1200日になる。砂漠をパクパクと息を切らして走っているような毎日を送る経済大国の住人にとっては、「年間30日の山行」は酷な現実かもしれない。
 私が勤めていたころの高校の教育現場は今よりずっと余裕があった。教師の自由裁量の分野が現在よりずっと多かった。今のように何から何まで規則づくめ、時間に追われ、魅力を感じない教師像というのは、想像できないことであった。
 私は高校山岳部の顧問をしていたから、年間の山行日数は90日ほどあった。1998年に定年退職したとき、それまでの山行日数は2123日。現在は7560日である(2017年5月現在)。
 健康だから続けられたと思う。それが最も大切なことだが、ほかにも山登りを続けるのに外的な便利な条件が時代とともに備わったことも大きい。
 その第一が交通通信手段の飛躍的なスピード化である。1966年に私はマイカー族の一人になった。それまでの山行きはすべて汽車、バス、自転車そして徒歩であった。便利さの裏では林道をはじめ山岳道路建設は目を?くほど破壊的に進められることになるのだが。
 1966年までの私の山行回数はわずか100回、一年平均11回に過ぎない。でもこの初期の100回の登山で、登山の基本のすべてを徹底的に叩き込まれた。この100回の経験が今日までの7000日の山行を支え、安全に登る「山屋の倫理」のようなものを植え付けてくれた。死にかけたことも何度かあった。1962年の元日、鳥海山吹浦口の単独行で山スキーによる転落事故、1964年8月の槍ヶ岳北鎌尾根単独行などでも、ほぼ死にかけた経験がある。
 私は日本が戦争に負けた1945年に小学校2年生だった。その時の飢餓の記憶は生涯のトラウマになっている。飢えて泣いている子供たちの映像はいまでも正視できない。
 それでも戦争のなかったこの70年余を生きてこれた。幸運というしかない人生だが、生き延びることについて、山が教えてくれたことは少なくない。
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