21.  雪崩と雪庇
 人によって山登りへの姿勢は違うと思うが、山登りに必要不可欠な技術は「雪と岩」の技術だと私は思っている。この技術は、人が一生かかっても究められるようなものではない、ことも多くの登山者はよく知っている。
 太平山のような低山でも冬季の登山は容易ではない。雪は前岳でも4mは積もるし、中岳、奥岳はその2倍だ。急斜面に積もる雪は少しのきっかけで雪崩れる。雪山での雪崩事故の恐ろしさは即、死に直結する。雪質にもよるが登山者が予期せぬ雪崩に襲われるのは、新雪表層雪崩の場合が多いようだ。とくに粉雪は登山者の鼻をふさいで窒息させてしまうから怖い。運よく救助されても、短時間で救助されないと後遺症に苦しむことになる。
 雪崩は30度以下の斜面でも気象条件によっては発生する確率が高い。
 私の冬山行は山スキーも含めてほとんど単独行だ。この斜面は雪崩れたら危険、と判断したら決して登らないことに決めている。しかしパーティで登る場合は、人間関係の複雑さからやむおえず決行する場合もままある。
 2017年3月27日、栃木県那須連峰で新雪雪崩により8人の高校生や顧問が死亡する事故が発生した。県の高体連冬山講習会でのことである。驚いたのはリーダーである山岳部顧問団のトップが、現場にも行かずにゴーサインを出したという事実だ。
 私も高校山岳部顧問の経験が長い。高校生は顧問の指示に従うしかない。雪崩の危険を判断したら、下山するのは鉄則である。その判断は経験と学習の積み重ねによって得られる。そういった意味では那須連峰の雪崩事故は人為的な過失と言えなくもない事故である。

 金山の滝ルートの場合も、夏のルート上に雪が降れば「雪庇」になる斜面がいくつかある。そこは避けて別ルートを登るようにしている。太平山のルートはほとんどブナの森林帯である。積雪が多くても森林帯であれば一挙に雪崩れることはない。
 太平山の稜線は、前岳側から見ると奥岳まで東北東に走っている。冬季は奥岳に向かうと左側から絶えず季節風が吹きつける。この風が稜線を超えて太平集落側に大きな雪庇を連続して作り出すことになる。
逆にこの雪庇を利用して残雪期には奥岳への日帰り山行も可能になるのだが、この雪庇を踏み外してしまうと危険このうえない。幸いなことに太平山にはそうした事故は過去に発生していない。
 2000年3月に、北アルプス大日岳(2498m)の頂上付近で起こった巨大雪庇崩落事故は、文部省登山研修所主催の大学山岳部リーダー冬山研修会でのことだった。この崩落した雪庇は日本の豪雪地帯特有の巨大雪庇で長さは41m、とても崩れるような代物ではない、と思われていた。それが崩れ、8人が巻き込まれ2人の大学生が流され。彼らの携行していたビーコンによって2人は4ケ月ほど後、雪崩の起きた場所から4kmも下流の、6mもの深さの残雪下で、死体で発見された。大小にかかわらず雪庇は怖い。ベテランの登山家ほど雪庇に対しては臆病で警戒心を怠らないものだ。

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