22.  吹雪とホワイトアウト
 冬型の気圧配置が続くと山は連日猛吹雪が荒れ狂う。どんな装備をしても登山などできない。自然の猛威の前ではおとなしくじっと好機を待つしかない。そんなときは山の動物でさえテリトリーから外に出ないという。
 1964年1月、青森県の岩木山(1625m)で大館鳳鳴高校山岳部の5人が頂上から下山途中、猛吹雪に襲われ4人が犠牲になった。私も現場に駆けつけ捜索に加わった。あのときの経験は鮮烈で、今でも私の山行の精神的背景になっている。
 あのときの気象を解析した気象庁予報官の奥山厳さんは、「日本の脊梁山脈から日本海にかけての冬の気象は世界でもまれに見る悪条件下にある」と述べている。
 日本の山はアルプスやヒマラヤと違って標高が低い故に1年中登山者に開かれている。アルプスやヒマラヤは登山可能期間が限られているし、その期間内でも悪天候の場合は登山など論外だ。日本の冬山でも悪天が予想される場合、登山は見合わせるが、問題は山に深く入ってから途中で悪天候に遭遇する場合である。今述べた大館鳳鳴高校の岩木山遭難もその例の一つだった。中腹のテントを出発するときは晴天だった。だから頂上までたどり着けたのだ。現在ではGPSなどの観測機器が発達しているから大丈夫、という人もいるが、冬山遭難は増加する一方である。
 太平山のような低山でも吹雪の恐怖は他の山と変わりない。一歩も動けないことがあるのだ。動けないと体の熱がどんどん奪われる。猛吹雪の中ではツエルトを出して風から身を守るのも難しい。パーティであれば雪穴を掘って逃げ込むこともできるが、リーダーの裁量によっては事態がさらに悪化することもある。
 猛吹雪に関しては苦い経験がある。これまで7600日余も山に登ってまだ5体満足でいられるのは、1962年正月の鳥海山吹浦口の単独行の教訓があったればこそだと、今も思っている。
 登山を始めて41回目、天気図も読図もまったくの独学で山スキーも初心者だった。独身で25歳だった。前述した1964年正月の岩木山遭難のときと同じく「疑似好天」のまばゆいばかりの蒼空に誘われて、大平小屋(1000m)から山靴にゲレンデスキーをつけシールを張って頂上を目指した。
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