24.  雷
 雷は怖い。文句なしに怖い。それを避けるには山に登らないことしかない。
 登山途中、天気が急変して雷雲が発生する場合もある。登山中、雷の直撃を受けて登山者が死亡した事故はたくさんある。
 なかでも11人の死者、9人の重軽傷者を出した1967年8月1日、北アルプス西穂高岳(2909m)の独標(2701m)で起きた事故は、私の中ではまだ記憶に新しい。長野県の松本深志高校2年生50余人が、恒例の集団登山で快晴の稜線を登高中、雷に襲われた。岩が火を吹き、高校生たちは鋭い岩稜をなす稜線から弾き飛ばされたという。
 雷は何十億ボルトの力を持つ。金属類を通して人体を貫通する。ピッケル、アイゼン、靴底の鋲、テントの金属性  ポール、帽子につけたバッチ、ベルトのバックル、衣服のチャックなどが危ない。
 私は雷撃を受けたことはないが、雷雲に囲まれて震え上がったことは何度かある。
初冬の鳥海山でピッケルが震えだしたことがあった。太平山前岳の近くで、ブナ林を雷光が走り、身が竦む思いがしたこともある。
 自然の力に逆らうことは愚かなことだ。雷が近づいていると知ったときは、即、下山するに尽きる。人間にできることはそれしかない。
 戦場でわずか数センチ離れている人が敵の銃弾で即死し、自分は無事だったという話はよく聞く。ただ仮にそうした修羅場を生き残れても、そのトラウマはおそらく一生消えることはないだろう。つまりそうした悲劇は周りの人すべてに深い傷を残すということである。
 死んだ人と、どんな形であれ生き残った人とは、しかし決定的に違う。生きているだけで空気も吸えるし、水も飲める。死者は何一つできないのだ。
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