28.  ヤマヒルの話
 なぜか太平山にはヤマヒルが多い。とくに仁別側に夏になれば出没する。杉林に多いからだろうか。ヤマヒルの血を分析した人によれば、人間とカモシカの血が半々だという。人間はヤマヒルに吸いつかれても手で取り除けるが、カモシカはそれができない。瞼や耳のなかに入られると命取りになる。ヤマヒルに殺されたカモシカの顔面は見るも無残なほどだ。
 ザ・ブーンから前岳に登るルートは杉林だらけなので、夏になると集中的にヤマヒルが出る。ヤマヒルのメッカと言われるゆえんだ。初めての登山者は馬返し(334m・オーパススキー場リフト終点付近)で一休みする。ここで体から血が流れているのに気が付く。そのまま前岳に登っていくと休息するたびヤマヒルは振り落とされる。ヤマヒルの恐ろしさに2度と太平山に来なくなる人もいるのが残念だ。
 毎日登山を始めた2001年ころ、夏でもこのコースにヤマヒルは出なかった。最近は金山の滝コースにもヤマヒルは出没する。今年も昨年も5匹ほどに吸い付かれた。彼らは忍者だ。いつ、どこで、どのように吸い付くのか、だれもわからない。気がついたら、体からもぎ取り、ライターで焼いたり、鋏で切ったり、塩をまぶして落とす。それでも風呂に入るとき体や衣服についていたり洗濯機の下で見つかったりするからやっかいだ。
 登山者のなかには、ヤマヒルに弱い人もいて入院したケースもある。蚊やブヨなどの虫に刺されて血が出ても、いずれ血は止まる。なのにヤマヒルに吸われるとなかなか血は止まらない。ジュクジュクと長時間皮膚から血がしみ出てくる。血が止まっても痒みがしばらく続く。ヤマヒルがいやな人は山には登らないほうがいい。気をつければ別にどうということもないのだが、要は付き合い方である。
 太平山のヤマヒルは注意すれば防げるが、ヒマラヤなどのヤマヒルはそんなレベルではないようだ。ある日本人パーティーの一人が谷川の水をすくって飲んだとき、ヌルヌルしたものが一緒にのどを通った。そのことを現地の人に話したら、それはヤマヒルで、いずれ血管を通って脳に達し明日の命は保障できない、と言われた。彼は急いで塩や醤油をがぶ飲みし、遺書まで書いたという。先日読んだ本には、太平洋戦争中のフイリピン戦線で、日本の軍人が飢えに耐えかね、いくらでもいるヤマヒルを鉄兜で煮て食べたという記述があった。ヒマラヤの登山隊の記録を読むと、テントから用足しに出て行った隊員は決まって顔中にヤマヒルをぶら下げて帰ってくるという。1930年代のイギリス・エベレスト登山隊(チベット側)の記録のなかにも、体中をヤマヒルに吸い付かれながらも平気で登っている隊員の話が出てくる。山とヒルは切っても切れない関係にあるのだ。
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