35.  登山コースあれこれ
 太平山は県立自然公園の面積が11897ha(12?)。その中に奥岳(1170.4m)1等三角点を中心としたピークが9峰ある。馬場目岳(1037.4m)、赤倉岳(1084m)、笹森(1045m)、白子森(1179.1m)、剣岳(1054m)、鶴ケ岳(1002m)、中岳(951.7m)、前岳(774m)である。
 そのピークに登る登山路で現在利用できるのは、馬場目岳銀の沢口、馬場目岳旭又口、赤倉岳旭又口、剣岳野田口、中岳金山の滝口、前岳ザ・ブーン口、奥岳旭又口、奥岳丸舞口である。
 ヤブ化して利用できないものも多い。奥岳国民の森口、中岳皿見内口、中岳寺庭口、笹森萩形口、白子森井出舞沢口などである。
 これらのうち比較的よく整備されていて登山者も多いルートを紹介したい。断っておくが、登山道は毎年整備しないと、すぐヤブ化してしまう。先にあげた登山ルートもあくまで2017年現在の状況である。
 また登山口までの車道についても最近は地球温暖化による大雨や強い台風の激増により、いつ不通になっても不思議ではない。入山する際は最新の情報を確認してほしい。

【丸舞口】
 丸舞口は、1959年「山と渓谷社」から発行された『登山地図帳 東北の山旅』では、岩見山内口として紹介されている。58年前の話である。現在利用されている車道などはもちろんなかった。当時は県道の砂小渕でバスを降り、丸舞川が北の又沢と南又沢に分かれる地点にある登山口(150m)までトロッコの軌道跡を3.6km歩いた。この間は、現在車道となっている。現在でも大雨が降れば崩壊する地点が多く入山する際は注意してほしい。登山口にはアカシデ林に囲まれた広い駐車スペースがある。ここから沢道が2.3km、尾根道が4.4km、6.7kmで奥岳に達する、と導標にある。標高差は1000mである。
 太平山の登山コースでは標高差も距離も最大である。沢道は北の又沢に沿って、篭滝沢と鬼子沢の合流地点(180m)まで続いている。ここは「垢離執り場」と導標にある。ここまで沢道は30mくらいしか高度を上げていない。野田口の沢道と比較すれば8分の1くらいである。しかし沢は荒れ谷で、巨岩累々と重なり、途中5箇所沢を橋で渡るところがある。これらの橋は安心して渡れる。
 「垢離執り場」から左に分かれていく篭滝沢は不帰ノ沢と呼ばれている、悪絶の谷である。沢登りの経験のない人は決して入らないほうがいい。
 ここから奥岳までは胸のすくような一本尾根。太平山だけではなく県内にはこうした長丁場の一本尾根はない。ここで水を補給して登りにかかる。鬼子沢にかかる木橋をわたって杉林の中を登っていく。アオモリヒバことアスナロの群落。道の左側からは絶えず沢音が聞こえる。
 登り始めて40分くらいで炭坑跡に着く。ここは「無煙炭」のとれたところで、ここから不帰の沢を越え越家森(827m)を経由、野田口の深木沢までロープウエイで炭を運んだという。ここから篭滝沢側に分かれている道を辿れば大滝を見ることができる。この炭坑が稼動していたのは1916年(大正5年)から短期間だったらしい。
 この地点までは歩道があったことになっている。しかし、この上に歩道が戦前あったかどうかは定かではない。
 太平山は「神仏の匂い」の強い山である。各登山口には古い時代からの石像などが登山道沿いに散見される。『太平山系埋もれた石像』という本のなかに、丸舞口の石像は1877年(明治9年)に建てられた不動明王だけで、この所在は現在わからない、とある。
 丸舞口は太平山では珍しく「抹香くささ」のないルートである。
 炭坑跡からはただひたすら登る。ほぼ40分で風穴という地点につく。頂上までまだ2.6kmある。右側には鬼子沢が深くきれ落ち、沢の音が樹間を通して聞こえてくる。
 やがてトラボ長根という導標を過ぎる。ここは標高880mで頂上まで1.2km。あせらずゆっくり登ろう。ブナ林の中の登りは春夏秋冬、それぞれ趣があり飽きることがない。 
 春は花と鳥に癒され、夏は緑に染まり、秋は紅葉の色どりに酔い、冬は雪と戯れる。
 やがて道は左手の沢を廻り込む。カエラズの沢という地点で水の音に迎えられる。あと頂上まで500m。
 ここで腰をおろしておにぎりでも食べたいところである。この尾根道は最近まで一部ヤブ化していたが2017年夏、地元の河辺山歩会が中心になって仮払いをしてくれ、もとの楽しい山道に戻った。この500mが長い。笹竹のゴツゴツした岩石の急登の上方で、頂上小屋がおいでおいでをしている。やっと頂上に這い上がる。
 奥岳の参篭所(頂上小屋)は2008年火災で焼失したが、翌年9月に県内外の多くの人々の浄財を得て再建された。奥宮も2010年9月、改築された。山頂からは、空気の澄んだ日は秋田県内の山々はもとより近隣の東北の山々も一望できる。試みに先日、久しぶりにこのコースを登ってみた。登山口から頂上まで200分、下りは150分。80歳のヨロヨロペースでのタイムであるが、所要時間の参考にしていただきたい。

【野田口】
 1994年に太平山三吉神社が刊行した『太平山の歴史』によれば、野田口は奥岳への表道、旭又口は裏道、金山の滝口は中道とされている。
 表道は登拝に来る人々が登る道である。毎年7月に三吉神社では開山祭を行い野田口から登る。野田口はこの祭りに合わせて整備される。しかし最近の大雨や台風の激しさは、昔とはレベルが違う。整備を怠ると一瞬で登れない登山口になってしまう。
 野田口の前半2kmほどは太平川の源流部をさかのぼる。登山口(170m)からウシバミ沢出合(420m)まで標高差250m。不動の滝(350m)までは沢の中を歩くので、雨の度にルートが変わる。ハシゴ、丸木橋、へづり、徒渉箇所も多い。
 野田口は古くから利用されている。1812(文化9)年7月19日には菅江真澄がこのコースで奥岳まで登っている。途中、女人堂(700m)で一泊。現在は三吉神社でも奥岳に登拝に来る人々を旭又口に案内しているという。
 野田口へは太平野田の集落から、登山口の近くまで4.9kmの車道を利用できる。半分ほどは舗装されているし、手前には駐車スペースもある。沢の左岸にある赤い鳥居をくぐって沢に入っていくと頂上まで5.5kmという導標。不動の滝まではルートもわかりにくいが45分はかかる。滝は6mくらいあり暗い沢の中でひときわ鮮やかに白い飛沫をきらめかせている。沢の中は大小の濡れ石や流木が散乱。杉、サワクルミ、松、イタヤカエデ、ミズナラなどの大木が覆いかぶさっている。
 不動の滝を過ぎると道は右岸にうつり歩きやすくなる。
 ウシバミ沢出合に着く。この上部の尾根で2012年5月、沢への滑落死亡事故が発生した。出合からはブナ林の尾根道になる。女人堂まで一気に標高差300mを登る。女人堂は現在、4体の石地蔵が安置されているだけの小屋である。強風のたびに飛ばされるので太いパイプの骨組みに支えられ太い鎖で杉の大木に結ばれている。以前には沢も流れていて一昔前、山小屋のあったころの楽しさが、偲ばれる。
 女人堂を出て剣岳に向かう尾根まで一気に登る。右手の樹間に高く奥岳が聳えている。剣岳(1054m)を経て中岳から奥岳につながる縦走路と合流する。この縦走路も冬季は稜線伝いに歩ける。夏季は稜線の北西側に道はつけられているが、最近は登山者も少なくヤブ化しているところも多い。
 剣岳から奥岳までは1.2kmほどの距離だが途中に弟子還の岩場がある。別に難しいことはない。鎖が3箇所セットされているので慎重に登れば危険なことはない。
 この岩場でも1969年7月、秋田大学の女子学生が滑落する事故があった。当時、ヘリコプターなどなかったから、大変な救助活動だったが一命はとりとめた。
 岩場を過ぎると奥岳はもうすぐだ。所要時間は登山口から沢歩きに70分、女人堂まで40分、剣岳まで60分、奥岳まで60分。距離5.5km、標高差1000m、所要時間230分は必要だ。下りも同じコースを使うとすれば結構ハードな日帰り山行となる。'

【旭又口】
 奥岳に登るとすれば旭又(300m)から入山するのがいい。1968年ごろまでは、秋田駅東側から出ていた森林軌道(トロッコ)に乗ってアプローチしたものだ。トロッコが廃止された跡は現在、サイクリング・ロードとして整備されている。
 秋田大学前から国民の森(1968年開園)まで18.6km。舗装された道で爽風のなかサイクリングするのも快適で気持ちいい。現在は、「熊出没につき通行止め」の掲示があり、なんだか痛々しい。
 旭又までは仁別集落から14kmほど、曲がりくねった舗装路を車でいける。途中の国民の森には全国でも珍しい「森林博物館」がある。一見の価値のある施設である。
 ここから2.6kmほどで旭又。トイレやキャンプ場も完備されている。
 2017年現在、奥岳に向かう登山口の木橋が流出、回り道を余儀なくされている。
 旭叉から奥岳までは標高差870m、距離は導標では5km。
 登り始めは旧トロッコ道をゆっくり登る。すぐ左手に赤倉岳にいく分岐がある。2度ほど沢に架かる橋を渡ると「山に神」(406m)という祠のある地点がある。ここまで来る途中、標高350m地点で右に分かれていく道が先年、拓かれている。「矢源沢ルート」だ。 
 天杉の巨木群に頭を押さえつけられるようにして急坂の尾根を登っていくと、やがて弟子還の岩場手前の宝蔵岳(1036m)につながる尾根(860m)に出るルートだ。
 「山の神」から奥岳まではブナ林の中の尾根を登る。アヤメ坂という地点に出る。菅江真澄が江戸時代にここを下ったとき、ヒメシャガのことを「姫あやめ」と呼んでいた。ヒメシャガが春になればこの急坂を華麗に彩る。
 この尾根には惚れ惚れするような天杉が競うように空を切っている。足元を見ればイワウチワが楚々とした風情で囁いている。やがて標高830mの地点で御手洗という水場に着く。甘露水である。
 以前、この旭叉コースを2ケ月ほど毎日登ったことがあった。登り100分、下り80分、合計3時間。道中この御手洗の水だけで何も口にしなくてよかった。
 ここからは頂上まではブナ林の中の広い道をジグザグにゆっくり進むと旭岳(1140m)と奥岳の中間の稜線に飛び出す。旭岳は秋田市を貫流する旭川の源流だ。この旭川の名付け親は菅江真澄だそうだ。
 奥岳はもう目の前。奥岳まで2時間から3時間あれば大丈夫だ。登りにこのコースを使って下りは弟子還の岩場を経て「矢源沢ルート」で旭叉に帰ってくる人も最近は多くなった。

【馬場目岳の銀の沢口・旭叉口】
 馬場目岳は、旭川の源流域をグルリと囲んでいるU字形の稜線の一角にある。秋田市と五城目町の境界上に位置している。
 馬場目岳の名称は五城目町の集落の名前に由来する。かつては秋田県民歌で歌われているように「斧の音響かぬ千古の美林」として厚く保護されていた。戦後の「拡大造林政策」の嵐によって美林、特にブナ林はバリカンで刈られたように一掃された。その馬場目川上流のブナ退治の後遺症で、この川の水量は不安定になった。
 この川の水は八郎湖の主要供給源である。大潟村の水はこの川にも依存している。下流の人々が中心になって「馬場目川上流部にブナを植える会」を1992年に結成され、すでに25回のブナ植樹活動を行ない1万5千本ものブナを植樹している。ブナ林は水の貯蔵庫である。
 秋田県内のブナ林は、全国でも名高い美林で、山々を厚い毛布のように覆っていた。ブナ退治前の、全国一とも賞賛された森吉山や鳥海山の限りなく広がる秋のブナ林の華麗さを知っている私は最後の年代なのかもしれない。
 ブナ退治の嵐が収まったのは30年位前である。ブナ林に守られて静かに暮らしていた山の動物たち、特にクマなどの大型動物は、エサを奪われ山から里に下りてきた。殺されたクマの数は昨年と今年で1100頭。昨年春の生息頭数を越えてしまった。原因はすべて人間の側にあるのに。
 さて銀の沢口の登山口は、五城目町を流れる馬場目川上流部の杉沢集落から狭い林道に入り、落合、蛇喰、北の叉集落を通っていく。杉沢から14.5km車で走ると銀の沢登山口で、標高300m。舗装された駐車場もあり休憩舎もある。
 ここから頂上まで標高差737m、距離は4.0km。登り始めは杉林の中の歩きやすい道で、標高差500mを一気に登る。カラマツ台、春蝉台、見返り坂を登って天池という地点に出る。ここは標高805mで、ここからブナ林だ。
 明るいブナ林を登っていくと、胸突き八丁という急坂を過ぎ、一挙に頂上に飛び出す。ここには快適な2階建て小屋が待っている。頂上からは太平山系の主要部分が俯瞰できてる。あるとき座って双眼鏡をのぞいていたら突然イヌワシが視野に飛び込んできた。イヌワシは悠然と大きく旋回しながら奥岳の彼方に消えていった。
 旭叉口は標高300mからの出発となる。頂上まで距離は5.3km、赤倉岳から馬場目岳に伸びる稜線(950m)までは急坂の連続である。
 登り始めの杉林がきつい。稜線からはゆるいブナ林の中の山道となる。ちょっとした上り下りを繰り返して、頂上直下の開けた草原を登り詰めると頂上に飛び出す。所要時間は2時間30分くらいだろうか。

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