横手の友人宅へ。だだっ広い田んぼの中にポツンと建っている一軒家に住んでいる。実はこの友人、電子音楽家で、その世界では世界的に有名なのだが、秋田はおろか日本でも彼を知っている人はほとんどいない。というのも、彼は20年以上オリジナルの電子音楽を作りつづけているのだが、一度も人前にでたことがない。ライブやコンサートをしたことがない音楽家など聞いたこともないが、まさに彼は"それ"なのだ。私が彼と出会ったのは6年前。ある音楽イベントで知り合い意気投合した。「自作の曲がたくさんある」ということで、後日聴かせてもらったのだが、度肝を抜かれてしまった。かっこいいとか素晴らしいといった類のものではなく、今までに聴いたことがない圧倒的なオリジナル。〇〇っぽいとか誰々に似ているがひとつも当てはまらないそのオリジナリティの高さにすっかり魅了されてしまった。これは何かしらの形で世にだしたほうがいいと提案した3ヶ月後、彼はこれまで作った楽曲の一部を2枚のアルバムにして音楽配信サイトから自主リリースした。すると、ヨーロッパを中心にアルバムは売れ始め、すぐにフランスの電子音楽専門レーベルからアルバムをだしてほしいとのオファーがきた。その話はトントン拍子で進み、2021年、彼のニューアルバムがフランスからリリースされた。すると、世界中からライブのオファーが舞い込んだ。しかし、彼はその全てを断った。彼の名前は一躍世界に知れ渡ったが、男か女か、何歳で、どこに住んでいるのか、彼についての情報は日本人だということ以外誰も何も知らないのだ。世界最先端の電子音楽が、まさか東北の小さな田舎町の田んぼの真ん中で作られているとは誰も想像できないだろう。
(M)