Vol.1064 21年5月22日 週刊あんばい一本勝負 No.1056

山城取材を終えて

5月15日 今日は能代と鷹巣の山城。苦手な車を運転し、クマの潜む荒れ放題の山に、一人で踏み込むには毎回勇気がいる。昨日は美郷町にある高堂城だったが、いつものようにたどり着くまで難渋。広大な横手盆地の田んぼの中にポツンとケヤキの巨木を見つけた時、直感的に「ここだ」と確信した。だんだん中世の遺構のありように体が反応できるようになってきているのだ。そのあと美郷町の学友館内図書館で資料を探していると、昔うちでアルバイトをしていた役場職員H君がやってきて、貴重な文献のコピーを取ってくれた。すぐそばにある払田の柵も歩いてきた。さすがに国指定遺跡となると城内を歩いていてもゴルフ場を歩いているような快適さだが、中世の山城にはこうした快適さは一切ない。荒々しく、切実感と一抹の寂しさを漂わせた「小さな荒野」のようなもの。

5月16日 土曜日は能代・大館城と伊勢堂岱、鷹巣の明利又城。日曜はカミさんを湯沢までアッシーし、そのまま西馬音内城、平鹿の吉田城、西木町の門屋城とその対岸にある古堀田城の4つの山城を取材。終わったとたん雨が降ってきたから、かなりついている。県内の重要な中世の城址は、これでほぼ回ることができた。全部で40館ほどだろうか。でも昨日の明利又城と秋田城の・勅使館の二館は、やぶで荒れ放題のため本丸まで近づけなかったのが残念だが、それ以外の城はほぼ全体を歩き回ることができた。来週からは少し体を休め、今度は頭を使った作業に集中することになる。

5月17日 雨だ。雨もたまにはいいものだ。3月4月5月と暇を見つけては県内の山城を歩いてきたが、「小さな旅」も昨日でほぼ終了。今回の取材で痛感したのは車の運転がヘタなこと。カーナビは使えないし地図も読めない。方向感覚がないというのはほぼ病気に等しい。方向オンチを嘆いても詮無いのだが良いこともあった。横手城に入る入り口がわからずウロチョロするうち「本多正純父子の墓」に出くわした。本多の墓所はぜひ行きたかった所なので、これはまぐれ当たりのめっけもの。

5月18日 近所のスポーツクラブからクラスターが発生とのことだが真偽のほどは判らない。身近にコロナが迫っていることだけは確かなようだ。閉塞感に負けない時代物の本でも読もうと「御師」に関する本を2冊読む。平岩弓枝の『お伊勢まいり』(文春文庫)と西條奈加『御師弥五郎』(祥伝社文庫)だ。平岩のほうは御師と書いて「おし」で、西條は「おんし」と読み方が違う。御師は伊勢信仰を広めるための旅行会社の添乗員のような存在だ。平岩の小説では御師が悪者として登場し、西條のほうは御師が主人公で男前だ。富山の薬売りと同じく江戸時代には全国各地にこの御師が派遣され、秋田でも簡単に伊勢参りが可能だったわけだが、もともと御師は「御祈師(おいのりし)」の略。身分は権禰宜(ごんねぎ)が多く、社(やしろ)の事務をつかさどる禰宜の補佐役の地位にある者たちだった。それが参拝客の増えた伊勢では「祈祷や宿泊の世話をするもの」になっていく。

5月19日 「うるかす」という言葉を北海道だけのかなり特殊な方言だと書いているブログがあった。意味は「米を水につけておくこと」で、「うる」も「かす」の意味もよくわからないという。確かに北海道や東北でよく使われる言葉だが、「うる」は「潤(うるお)す」から来た言葉だし「かす」は「ひやかす」や「ふやかす」といった用法と同じだ。「ひやかす」や「ふやかす」は辞書に載っているが、新明解国語辞典には「うるかす」は載っていない。辞書に載っていないから好き勝手な解釈や方言自慢が生まれるのだろう。でも、ようするに「潤しっぱなし」のことだというくらいは考えればわかる。それが、いつのまにか北海道だけでしか使われていない特殊な方言、と決めつけられ拡散する。ちょっとこれは怖いなあ。

5月20日 腰痛も完治。GW中、車で動き回あり山城を訪ねまくったツケだが熟睡できるところまで回復し体調はすこぶるいい。プダウンや岩場、危険な斜面などとは無縁な2時間半の穏やかな山歩きだ。この道程に山歩きやハイキングの楽しさのエキスが詰め込まれている。天気が良ければ何時間でもこの森の中を彷徨っていたいと思うほど。このところ夢中だった山城歩きがひと段落したら、こうした素敵な県内の「峠歩き」を自分なりのやり方で走破してみるのもおもしろいかな。

5月21日 河辺にある「山の學校」へ。校長の藤原優太郎が元気だったころ、ここに無明舎の本の9割方を寄贈した。亡くなったあとも、跡を継いだ方が今も図書室として維持されている。時々、必要な本が出てくるたびに了解をいただいて本を探しに行く。今日も市町村史がどうしても必要になり30冊ほどを事務所に持ち帰ってきた。函入りの本なのでかなり重かったが、そのおかげでまた完治した腰が痛くなってしまった。本は身体に悪い。でもこれで原稿を書くとき、わざわざ図書館に行く必要がなくなった。市町村史だけはそう簡単には手に入らない。重くて大きくて保管に場所を食うが、やっぱり手元に置いておきたい。 
(あ)

No.1056

田舎のポルシェ
(文藝春秋)
篠田節子

 山行のない週末は本を読んで過ごすつもりで『沙林――偽りの王国』(新潮社)を準備していた。帚木蓬生の新作だから面白くないはずはない。オウム事件を医師サイドから見たドキュメント・ノベルで570ページの書下ろし長編だが、なんと150ページ付近でザセツしてしまった。医学の専門用語の多さにボンクラ頭がついて行けなかったのだ。これは予想外だ。でも保険(?)で買って置いた篠田節子の新刊が見事にヒットしてくれた。映画のロードムービーは昔から大好きなのだが、これは「ロードノベル」だ。もうこの設定で「間違いなし」。3篇の中編で構成されているのだが、最初は強面ヤンキーと岐阜から東京を軽トラで往復する中年女性の物語。強面ヤンキーのキャラクターがいいが、主人公の女性像が今ひとつこちらに届かないもどかしさがある。2つ目の物語は、廃車寸前のボルボで北海道を旅行する定年男2人組の物語。重要なわき役としてアウトドア人気作家が登場する。これは椎名誠さんと重ねてしまう人も多いだろうな。この人気作家をかなりおちょくっているのが面白い。3つ目の物語は、ロケバスを借り切ってコロナ禍の日本を、ステージに立つためだけの理由で疾走する年増の女とその孫の話だ。3つとも面白い物語で、「沙林」をカバーしてくれた。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.1060 4月24日号  ●vol.1061 5月1日号  ●vol.1062 5月8日号  ●vol.1063 5月14日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ