No.207
鳥海山は「死ぬ」より苦しいのだろうか
[鳥海山新山(山形県遊佐町 2232m・2019年8月4日)]
 鳥海山の鉾立登山口から新山へは石畳の道をずっと歩かなければならない。だから今日はハイカットのソールの堅い登山靴だ。重くてゴツイが、県内では唯一、この山でのみ使用不可避といっていい靴でもある。朝4時起床で5時に家を出発。登山口について登り始めたのは7時。駐車場は県外の車でほぼ満杯だが、山小屋があるので山中に宿泊可能というのが魅力なのかもしれない。
 体調は良好で2時間で御浜小屋到着。ほとんど疲れはないが、暑くて水の減りが心配になる。ここからが正念場だ。これから2時間半、歩き詰めに歩かなければならないのだが、昔のように「もういや、帰りたい」とは思わない。まだまだ行ける。
 御浜から2時間歩いたところ、山頂まであと30分か40分というあたりでランチ。ここで今日は戻ろう、と唐突にSシェフが言う。個人的にはもう1時間くらいなら楽勝と思っていたのだが、リーダーの決定には従うしかない。新山登頂は断念した。
 帰りの車中でSシェフから「途中中止」の理由を聞いた。新山はピストンでランチも入れ、11時間ほどの所要時間を見るのが常識だ。登山口には夕方5時まで帰っていなければ危険だ。そこから逆算して、登山開始時間は余裕を見て朝5時。私たちの出発はそれより2時間遅れている。これでは頂上に立っても帰ってくるのは5時を過ぎてしまう可能性がある。少しでも危険な要素があれば「中止する」というのがリーダーの責務だ。余裕をもって5時前までに戻ってくるには、秋田市の自宅を朝3時には出発する必要がある。そのへんも考慮に入れて「今日は行けるところまで行って帰る」というのが最初からリーダーの皮算用だったのだ。そういえば故藤原優太郎は「鳥海山は日帰りで行く山じゃない。1泊して登るのがちょうどいい山」とよく言ってた。それにしても体力はともかく暑くて暑くて持って行った4リットルの水でも足らず、御浜小屋で1本500円の水を2本買ってしまった。いい記念かもしれない。

鳥海湖を眼下に登る

雪渓を下る
 鳥海山を登りながら、ずっと「死ぬって、鳥海山に登るより苦しいことだろうか?」と考えていた。重い荷物を背負って(それも自分の飲む水だ)、死ぬよりも苦しそうなことを楽しんでいるのは酔狂以外の何物でもない。登山には陶酔感もあるし達成感や心地よい疲労感がある。この疲労感が実は身体にこびりついた不安や焦燥や混迷を吸い出してくれる重要な要素だ。爽快感というものの内実はこの疲労感なのだ。死ぬよりも苦しい思いをして「一度死んで、また生き返る」。これが山歩きの隠された本質なのかもしれない。
 温泉は象潟夕日の宿「さんねむ温泉」。シンプルで清潔感があって好印象の湯だ。入湯量350円も安い。3Fには展望浴場もあるらしいが、シンプルが一番。身体を洗ってザブンと烏の行水で終わりなのだから余計なものはいらない。

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