No.253
宝蔵コースはまだハードルが高すぎた
[太平山宝蔵コース・秋田市・1170m 2021年9月19日]
 1週間前、半分までとはいえ鳥海山9合目近くまで何の問題もなく登ることができた。筋トレをはじめて1カ月もたっていないが、それなりにスクワットも腹筋もリーフライズもこなせるようになった。だから今日の太平山もそう苦労はしないだろう、と甘く考えていた。
 その太平山だが、実は過去に一度しか登ったことのない「宝蔵コース」だった。普通の旭又コースは3時間内外で登れるが、宝蔵はそれより約1時間、余計にかかる難所だ。そのうえ本格的なくさり場の崖が山頂付近に待ち構えている。1カ月とはいえ即席筋トレの成果を信じ、覚悟を決めて登り始めた。が、やはり3時間を越したあたり、弟子環のくさり場で、事故発生。両腿が痙攣寸前、乳酸飽和状態になり、足は上がらず、気力もなえ、山行を後悔した。こんな気分は昔、谷川岳に登った時以来だ。あの時はまだ登山初心者で90キロを超すデブ、でも途中までロープフェイだから楽勝、という主催者の言葉を信じて出かけたのだが、その日に限ってロープウエイが休止中、なんと里の登山口から「人力で」登り始めた。あの時は死ぬような思いを味わった。今回もそれに似た気分だった。途中リタイアはできないだろうか、と何度も考えた。でも宝蔵コースは引き返すのは無理だ。旭又コースであれば登山客の往来がひっきりなし、事故があってもなんとかなる。途中には水場の休息場・御手洗もある。転がりながらでも帰ってこられるのだが、宝蔵コースでは弟子還から5時間以上かかるし、登山客も少ない。このコースは途中下山が無理なのだ。さいあく救助用のヘリコプターを呼ぶか、と真剣に考えたほどである。
 でも「ここでリタイアすると、もう山登りが嫌に…」そんな気持ちが芽生えた。同時に「明日は旗日か…」と思ったら少し力が出た。明日はゆっくり朝寝ができる。
 みんなからかなり遅れ、ヨレヨレになりながら4時間かけて山頂に立つった。嬉しさはほとんどなく、自分自身に対する憐憫と悔しさだけが残った。両腿だけでなくくさり場で酷使した手と肩にもしびれるような疲労が残った。
 歩き始めは登山靴も足にフィットし、指のケガも完治、筋トレも持続中で、膝の痛みもない。身体の不調はどこにもない万全の状態だったのに、結果は圧倒的な体力不足を岩場の崖の前で突きつけられた。Sシェフをはじめ女性陣2人も、姦しいほどおしゃべりを楽しみながら、この岩場を楽々と越えていくのを見て、自分が情けなかった。

山頂は見えるが遠い

ここがくさり場のある岩場
 そして下山はもっと大変だった。両腿が1時間のランチではまったく回復せず、食欲もまったくない。ほとんど病人かけが人状態で、一足ずつソロソロと山を降りる。途中Sシェフが両腿に噴射してくれたサロンパスは予想外に効いて驚いた。血流がよくなるのだそうだ。
 1時間ほど歩きつづけたら下山のリズムが体に染みついたのか、御手洗で完全回復した。足は軽く、その回転も快調になった。旭又コースですら下山はヨレヨレになり、岩や木の根に足をとられて「こんな山、もう絶対イヤ」と弱音を吐くのに、今回はスキップを踏むように下山できたのだか身体のメカニズムは不思議だ。
 下山途中、屈強な若者たちが7,8人、ワイワイガヤガヤ、山道を占領してたむろしていた。なんだこいつらは若いくせに、と思ったが、赤い杖の人がいた。視覚障碍者だ。この若者たちは視覚障碍者を山に連れていくボランティアの若者だった。いや失礼、ご苦労様、と尊崇の念でいっぱいになった。これで、さらに足取りは軽くなった。
 登り始めて8時間、どうにか無事に登山口に帰り着くことができた。自分的には記念碑的な登山だった。でも正直なところ宝蔵コースだけはしばらく勘弁してほしい、というのが本音である。
 久しぶりに、もうかけないほどの汗をかき服もドロドロだったが、こんな時に限って温泉はなし、だ。帰りが夕方5時を回り、女性人2人は家で入るというし、Sシェフも家でお母さんの食事を作らなければならず、風呂はなしという事になったのだ。
 しょうがない。いったん事務所に戻り、そこから一人で秋田温泉「りらっくす」へ。汗をさっぱり流し、家に帰り着いたのは7時近く、外は真っ暗だった。きつく悔しい思いもあったが、充実した1日だった。

backnumber  ◆ Topへ