No.309
前岳・前崎静一さんを追悼しながら
[太平山前岳・774m・秋田市――2024年6月29日]
 今日は金山滝から前岳コース。30度近い気温の中を登り続けるのは、さすがにきつい。何度か途中でやめようと思ったが、今日はちょっと特別な山なのだ。追悼登山というと大げさだが、2日前、前崎静一さんが亡くなった。無明舎の初期の社員で、いわば無明舎の基礎を作ってくれた大功労者だ。持病があり、そのために退職してしまったが、その後も連絡を取り続け、大きな企画や舎の曲がり角にはいつも彼のアドバイスをもらっていた。特に秋田の歴史に関しての知識量は半端ではなく、しばしば専門の大学教授を驚かせたほどの勉強家だった。校正の力も一頭地を抜いていた。何もかも自分とは正反対で、彼の力がなかったら今の無明舎はなかったといっても過言ではない。亡くなるのは人間だからしょうがないが、無明舎にとって、この人物の存在は不可欠だった。彼が入舎してなかったら、無明舎は全く別のものになっていた。
 私とは性格も思想も生き方も全く違っていたが、だからこそ重要な局面では彼の意見を採用することが多かった。そのほとんどは間違っていなかった。舎の創生期には1日12時間労働が当たり前で、それも彼がいつまでたっても仕事をやめないから、やむなくみんながそれに従う、という日々だった。吹けば飛ぶよな小さな零細出版社にも、こうした裏の実力者がいて、初めて存続が可能になる。

ここが金山滝の登山口

葉一枚にも感動がある
 だから今日は「彼の追悼登山にしよう」と決めた。登り始めて30分ほどで首筋に違和感があり手で拭うと、「ヒル」だった。まだ血を吸う前のミミズの赤ちゃんみたいなやつだ。
 暑さはともかく風がないのが辛い。蒸し暑いのに虫はいない。30分ごとに休みを入れながら2時間半もかかってようやく前岳山頂へ。山頂でお別れをした。
 下山の女人堂で、いつものF女史がひとりでランチ中だった。2人でまたよもやま話。山の中の井戸端会議というのもなかなかだ。彼女も今年に入って「最も大切な人=姉」を亡くして、その悲しみは消えないという。

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