| Vol.1314 2026年3月7日 | 週刊あんばい一本勝負 No.1306 |
| 「ちょっと体調が悪い日」が増えていく | |
2月28日 都市で生きるというのは、自分のできることのひとつだけを特化して生きること。会社員なら会社員、作家なら作家、芸能人なら芸能人。他のことは金さえだせば他人がやってくれる。それが非都市になると、「人間として持っている能力をいっぱい使わないと生きていけない」と書いていた作家がいた。一つの能力を特化させ、それに頼って生きている都市人よりも、人間として広範な能力を身につけて生きている人のほうが、魅力的というのだ。逆に言えば都市というのは人間が一人で生きていく能力をどんどん奪っていく世界だ。なるほど。
3月1日 3月1日は「切り抜きの日」なのだそうだ。1890年(明治23)に「日本諸新聞切抜通信」という切り抜き(クリッピング)会社が設立されたことから「制定」されたものだという。会社案内などを読むと、200近くのメディア媒体をチャックしてくれて、指定されたテーマの切り抜き代行をしてくれるという。料金は安いもので毎月1万5千円、7万円のコースというのもある。日々のメディアの情報はほぼ使い捨てだが、これを丁寧にスクラップすると、誰も見たことのない景色が描かれた一枚の絵になる。そこまで至るためには毎日の地道なチェック&スクラップが必要だ。そう考えている企業は少なくない。 3月2日 このところクズ・メールが少ない。いいことだ。毎日100通余は入っていたので、削除が朝の仕事だった。このところは10通単位だ。先日の東京マラソンを観て、確か第一回大会を実際に現場で観た時の臨場感がよみがえった。あの時はたまたま東京にいた。驚いたのは、ランナーよりも車いす競技の車いすのスピードだった。あっという間に目の前を通り過ぎたので、これはなにかマラソンの前座の祭りなの? と思ったほどだ。同じころ、都内の大きな公園を散策中、練習中のランナーとぶつかりそうになった。相手がギリギリでこちらを避けてくれて難を逃れたのだが、そのランナーの顔を観ると、よくテレビで見るTという当時のマラソン日本記録保持者だった。 3月3日 唐突に「ZINE」を作ってみよう、と思いついた。ZINEは「マガジン(magazine)」の語尾を取った言葉で、ファンがアイドルなどの雑誌をつくるファンジン(fanzine)の略語として使われだしたもの。商業出版と違って、特定の出版社や編集者を通さず、自分たちのアイデアや表現をそのまま反映できる。若者たちにいま流行の表現の形だ。「それって、同人誌とどう違うの?」とご同輩には言われそうだが、テーマもデザインも自由、1冊からでも作れる。写真や文章、イラストや漫画といったオリジナル作品を少数出版できる自由さがある。このHPに連載中の「拙者の散歩道」を小冊子にするには、ぴったしの「容れ物」のような気がしたのだ。長年、「大量に印刷しないといけない」「売れなかったらどうしよう」といった不安と戦いながら本を作ってきた。本を作り、それを売るのが私の仕事だ。そんな仕事から離れ、プレッシャーのない「遊び場感覚」でできる「本づくり」は、たまらない魅力なのだ。 3月4日 大正生まれの私小説作家の本をよく読んでいる。尾崎一雄や梅崎春生、古山高麗男、木山捷平……と言った作家たちの本が好みだが、昨日から富士正晴『不参加ぐらし』(荻原魚雷編)を読み始めた。編者の荻原氏は69年生だから私より20歳も下の人だ。富士は竹藪の庵にひきこもり、一歩退いて世の中を眺めた「竹林の隠者」といわれた作家だ。何もしない、という生き方が見事なのだが、そのくせ新聞を四紙も購読している。だから毎日、日本も世界もじゃんじゃん家の中に入ってくる。結構忙しいのだ。身近にもちょっと上の物書きの人たちには貧乏をしていても新聞だけは2紙も3紙も取っている人たちがいた。 3月5日 町に出るたびガソリンの値段が気になる。リットル80円の時代を過ごしたものとしては、リットル150円台に対し、いろいろ考えてしまう。80年代から90年代にかけてブラジルによく行っていた。だからかの地のハイパーインフレの現状を経験しているのだが、本当に一晩で物価が2,3倍になる現実にかなりのショックを受けた。数ドルのお札を両替したら、新聞紙で包むほどの分厚い現地紙幣を渡されたこともあった。現地の日系人たちは資産をドルに換え、日々を耐えていたが、自分の持っているトラベラーズチェックが「打ち出の小づち」のように思えたものだ。もしかすると近い将来、日本もあのブラジルのようなハイパーインフレが出来するのかもしれない。 3月6日 年をとると「ちょっと体調の悪い日」が増えていく。このところ頭が重い。塩分の取りすぎで血圧が高いのかも、と不安になる。昔は「160/95以上は治療が必要」と言われていた。それが2000年には「140/90」に治療基準値が変わった。いまは「130/80」だ。これは無理だ。この数年、血圧は「20」近く跳ね上がってしまった。今年に入って軍門に下り、降下剤を服むようになった。それでも劇的に血圧が下がるわけではない。もう半ばあきらめている。ときにこうして頭が痛くなると「いよいよ脳溢血か」と不安にもなる。食生活を見直そうにも面倒が先に立つ。 (あ)
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