Vol.1040 20年12月5日 週刊あんばい一本勝負 No.1032

面白本が毎日ある!

11月28日 『女帝小池百合子』以後、新刊のいい本にあたらない。だがこの時期になって突然チョーおもしろ本が出た。河野啓『デス・ゾーン』(集英社)だ。サブタイトルは「栗城史多のエベレスト劇場」で、今年の開高健ノンフィクション賞受賞作。ネットで生中継しながらエベレストに挑戦する「あの、なんとなくいかがわしい人物」の心の闇や孤独を丁寧に追ったドキュメントだ。著者は北海道放送のディレクターで過去にヤンキー先生こと国会議員の義家弘介のドキュメンタリーを作った人でもあるの。本書ではそのことにもふれ「(こんないいかげんな人物・義家を)世に送り出してしまったことに忸怩たる思いがある」と後悔の念を吐露している。本書でも死者にムチ打つことを自覚しながら、「取材」や「記録」「ジャーナリズム」の意味を内省し続ける真摯さに打たれた。

11月29日 「しんしんと冷え込むころ、にぎやかな味がうるさくなる」。そのころを狙って湯豆腐を食べる……と書いていたエッセイストがいた。私はと言えばしばらく食べないでいると無性に食べたくなるのが「ジャガイモのみそ汁」だ。今日はそれを作ってみた。日曜日はブランチなので、メインは「揚げないコロッケ」。みそ汁は3杯もお代わり。揚げないコロッケはイマイチ、中濃ソースをぶっかけてようやくコロッケの味がした。

11月30日 ブラック企業として名を馳せた駅前の居酒屋チェーン店に先日ひとりでフラリと入った。昨夜、徹夜で読んだ長編小説・村上由佳『風は西から』(幻冬舎)は、このブラック企業で店長を務めて過労自死した青年の物語だ。この本で初めて分かったのだが、劣悪な労働環境というのはアルバイトではなく本部から派遣される店長や副店長の労働実態のことだった。

12月1日 昨夜も夜遅くまで本を読んでしまった。平岡陽明『ぼくもだよ―神楽坂の奇跡の木曜日』(角川春樹事務所)。ほとんど漫画かアニメのようなベタな恋愛小説だが、書評家の盲目の女性と路地裏のマニアックな古書店店主の恋。それに大手出版社の編集者が絡むのだから出版業界小説でもある。「人は食べたものと、読んだものでできている」という本のキャッチコピーも引かれた。カバーの挿画をみるとBL(ボーイズラブ)を読むような気恥しさもあったが読んだら感動して泣いてしまった。

12月2日 食べたいなあと思う料理があれば自分で作って食べる。ローストビーフも天津メンもジャージャーメンも肉じゃがもイカと里芋の煮っころがしも自分で作るようになった。昨日はレバニラ炒め。レバーを30分牛乳に漬け臭みをとり、片栗粉で焼き、もやしとレバーを投入すれば出来上がり。美味かった。今日は鳥皮のからあげを作る予定だ。

12月3日 DVDやプライムビデオで映画を観るとき「吹き替え版」を選んでしまうことがある。字幕版でなければ洋画を見ることはない。外国人が流ちょうに日本語をしゃべっていることにげんなりするからだ。アジアやヨーロッパ小国のミニシアター系の映画を観ることが多い。そうなると何か国語もの外国語が画面上で交錯することになる。ハンガリー映画だと思って観ていたら製作はイギリスで出ている俳優はフランス人だったりする。字幕も多言語なので画面下だけでは足りず、横や上にカギカッコ付きで表示される。そのたびに「ああ、ここは母国語じゃないんだ」とか「特別な意味があるから別言語を使っているのか」と、いろいろ考えてしまう。

12月4日 寒くなりましたねぇ。こんなときに限って外で仕事(打ち合わせ)だ。外に出て風邪をひくのが怖いが、活動範囲の9割が家と事務所なので、自己管理さえしっかりしていれば何とかなるだろうか。
(あ)

No.1032

向田理髪店
(光文社文庫)
奥田英朗

 かつて炭鉱で栄え、今はすっかりさびれた北海道のとある町が舞台。ここで理髪店を営む向田康彦が主人公だ。この町で起きる様々な騒動と人間模様を温かく描いた連作集だ。いつものユーモアよりもシリアスさが前面に出た静かで落ち着きのある作品だ。それにしても北海道弁や過疎の地域の問題など、この作家はなぜこんなにもよくわかるのだろうか。以前、奥田の「ガール」や「マドンナ」といった若い女性を主人公にした物語に「奥田英朗女性説」が出たことがあるのだそうだ。こんな女の本音が男の作家に書けるわけがない、というわけである。そのリアリティの源は細部の描写にある。細かなディテールを重ねることで、読者を登場人物の気持ちに入り込ませる。そして人をいとおしむ温かい視線がある。決して否定せず、そういうこともあるよね、と掬い上げる。登場人物に感情移入した読者にとっても、わかってもらえたという安心につながる。悲しい出来事が書かれていても、読んでいてとても気持ちいいのはそのためだ。映画のようなドラマチックな逆転はない。むしろ事態は最後まで何も変わらない。悩んだり不満でいっぱいになり、落ち込んだりしながらも、それを受け止め、折り合いをつける。奥田作品の中ではちょっと毛色の変わった「地域」を舞台にした物語で好きな作品だ。

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