Vol.1085 21年10月16日 週刊あんばい一本勝負 No.1077

足元を見つめて

10月9日 ニュースで「密の行楽地」として栗駒山が紹介されていた。明日の山行はこの栗駒山。密の山に登るのは憂鬱な気分でもあるが、わがモモヒキーズは予想される大混雑を避け、隣にある秣岳を目指す。隣の山を選んだ理由はもう一つある。駐車場だ。登山客で駐車場は早朝からごった返し、すぐ満杯になる。あぶれた車がわざわざ隣の秣岳駐車場まで車を停めに来るほどなのだ。だから朝は5時半出発だ。

10月10日 天気予報は「晴れ」だったのに、登り始めて1時間半、曇天のまま。風も強く高層湿原(しろがね草原)もガスがかかって何も見えなかった。草原の木道で寒さに震えながらランチをとり、下山すると嘘のように青空が広がり始めた。紅葉はイマイチだったが、まあこんなこともある。さらに登山道は前日の雨のせいかズブズブのぬかるみ状態。私たちは勝手にこれを「こしあんロード」と名付けている。天気が良くても登山道には雨が残っていて、登山道は泥まみれになることの多い山なのである。

10月11日 外は雨。やさしく穏やかなおしめりで心安らぐ。秣岳は泥んこの山歩きで、今朝は服も靴も水で丁寧に泥を洗い流す作業からはじまった。登山靴は丸洗いたので乾くまで1週間はかかりそう。今月はもう山行の予定はないが、体調がいいので(筋トレのせい)、Sシェフと相談して飛び入りで2,3座の山をやっつけたいと思っている。

10月12日 登山中、足に痙攣が起きそうになった。すぐにSシェフがサロンパスを噴射してくれた。驚いたことに痙攣は劇的に収まった。これに気をよくして、筋トレで膝が痛み出すと、風呂上りにサロンパスを噴射。噴きかけるとすぐに膝頭は真っ赤になる。「効いているんだなあ」とひとり感心していたのだが、Sシェフに言わせると「血行がいい状態で、さらにというのは問題だ」と怒られてしまった。筋トレも散歩の後にスクワットや腹筋をこなしているのだが、それも「順序が逆」と厳しい指摘を受けてしまった。筋トレの自己流は危険で、常にセカンドオピニオンが必要だ。Sシェフは小姑みたいにうるさいが、セカンドオピニオンのためには無視できない。

10月13日 決算報告書をもって税理士の先生が見えた。年一回の儀式ももう41回目。「低値安定ですね」と先生は笑っていたが、お互いに年をとった。先生の事務所も確か無明舎の法人化と同じころに独立したはずだ。「一年が早くなりましたね」と応じると、「それが年をとるってことなんでしょうね」と返ってきた。法人組織になって40年を超えわけだが来年は創業50周年になる。来年は大きな節目の年になる。個人的にはいろんな選択肢の中で悩んでいる最中だが、まあもう何が起きてもそうたいした問題ではない。死ぬことに比べれば。

10月14日 ノーベル賞の日本人受賞者の国籍問題が云々されている。来年以降の受賞が確実視されている「mRNA」のカタリン・カリコはハンガリー人だ。アメリカに拾われ、いまはドイツの会社にヘッドハンティングされ、暮らしている。娘さんはボート競技のアメリカの金メダリストだが、これからはドイツ代表になるのだろうか。国際的に活躍する人たちにとっては国籍など屁のツッパリにもならない。でも生まれた土地への愛着は捨てられない。カリコ氏はインタビューで尊敬する人物を「ストレスを発見したハンス・セリエとビタミンC発見のアルベルト・セントジェルシ」の二人の名前を挙げている。二人ともハンガリー人の科学者だ。受賞の賞味期限というのも気になる。今回の真鍋さんの「気候モデル」は30年も前の研究成果だという。とすれば秋田県出身の遠藤章の「スタチン」の化学賞受賞の可能性は、まだまだ捨てがたいことになる。

10月15日 何でもコロナ禍のせいにするつもりはないのだが、この半年ほど、本の注文や出版依頼、読者からの問い合わせなどは激減している。これはもちろんウチだけの特別な現象ではない。本の取次店である地方小出版流通センターも売り上げ減が止まらないという。出版界全体が「抗えない」大きな地殻変動のなかで、より小さなマーケットの「へき地」へと静かに、でも確実に誘導させられている、という印象だ。やめたくても借金があってやめられなかったり、黒字なのに後継者がいなくてやめてしまったり、とその理由は様々だが、日々、崖っぷちに追い込まれて消えていく同業者たちが多くなっていく。いや他人事ではない。とにかく自分の足元をみつめ、丁寧に一歩ずつ前に進むしか他に手はない。
(あ)

No.1077

出版禁止
(新潮文庫)
長江俊和

 6,7年前、書名に魅かれて新刊が出た時、すぐに買ったのだが読まずに人にやってしまった。書名とは違って殺人事件がメインの謎解きミステリーだったからだ。人殺しもミステリーも、死の匂いのする物語は好みではない。文庫本が出たので「いやなら途中でやめても」と読み出したら、これが実に面白かった。「出版禁止」という意味をはき違えていた。著者は大阪の映像作家で、関西では彼の映像ドキュメンタリーなどが放映されている人のようだ。いたるところに映像のリアルなシーンが挿入されていることからも、それはわかる。物語の内容を書くわけにはいかないのが辛いところだが、主人公は有名な映像ドキュメンタリー作家と心中事件を起こし、生き残った女性への独占インタビューという形で最後まで進行する。なぜ女は生き残ったのかをライターが執拗に追及するのだが……。なるほどぎょっとするようなどんでん返しが用意されているが、リアリティは感じない。こちらの感性の問題で著者に罪はない。続編というか、本書の後に『掲載禁止』という作品集も刊行されている。こちらも読んでみたが、やはりテイストは同じ。どんでん返し、完全犯罪、繰り返される謎と仕掛けに読みながらちょっと疲れてしまう。自分とミステリーは肌が合わない。せめてユーモアがある殺人事件なら、望むところなのだが。

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