Vol.1245 2024年11月9日 週刊あんばい一本勝負 No.1237

フリーランスって何だろう。

11月2日 11月1日はフリーランス法が施行された日。企業に属さず一人で仕事を受注して働く人を保護する法律だ。偶然だが昨夜、吉本由美『イン・マイ・ライフ』(亜紀書房)を読んだ。吉本さんは私と同年代、映画好きが高じて雑誌「スクリーン」に入り、その後も「アンアン」や「オリーブ」「クロワッサン」などの雑誌にライターやスタイリストとしてかかわった、この業界では有名な女性で村上春樹との共著まである。そのフリーランスの星でもあった彼女が、あの東日本大震災の3・11に、たまたまだが東京から生家のある熊本に移り住む。激動の東京時代と、移住後の熊本での10年をつづった本だ。まだ出版界が元気なころ、最前線で活躍したフリーランスの代名詞のような人が書く自叙伝が面白くないはずはない。華やかな東京での暮らし向きやその舞台裏や、貯えのない熊本での不安な一人暮らし、それらがけっこう赤裸々に描かれている。吉本さんですら、いやそうだったからこそ、収入に見合わないほど家賃の高い東京での「家暮らし」は大変だったという。収入の半分以上が家賃の生活が長く続くはずはない。生家では家賃ゼロとなったが、貯えのない一人暮らしは骨身にしみる。猫やチェロや友と軽やかにくらしながら、唯一の夢というか理想は「リバースモーゲージの収入の終わる12年後、命を終えること」。12年後、吉本さんは85歳、リバースモーゲージというのは県の社会福祉協議会が運営する低所得者を対象とした「不動産担保型生活資金」のことだ。土地や家を担保にお金を借り、死後売却して返却する制度だ。フリーランスという不安定な暮らし、貯えのない不安、62歳から始めた田舎暮らし。吉本さんの明るい性格が、読む側を暗くさせないのはさすがだが、フリーランスって何だろう、と考え込んでしまった。

11月3日 選挙や大谷WC報道のおかげで影が薄くなってしまったが、元大阪地検検事正・北川健太郎なる人物の、部下の女性検事に対する性的暴行事件はショッキングな出来事だった。裁判が始まったようだが、この極悪非道の人物は現在弁護士だというから呆れてものもいえない。同じ弁護士関連の出来事だが,先日、突然倒産した船井電機の管財人は弁護士のKさんに決まった。Kさんは知り合いで、いろんなところに一緒に旅行をした仲間だ。優秀な弁護士で、前に破綻したJALの管財人も務めていた。「破産」に関する暗いニュースとはいえ、「おっ、さすがKさん」と、この事件に関しては個人的に素直に喜んでしまった。しかし弁護士といっても、とんでもないやつがいるものだ。

11月4日 事務所で昼を食べるときエプロンは必需品だ。老人用「よだれかけ」だが、ナイロン製で汚れればすぐに洗える。本当に重宝して、愛用している。昼を作るときはまた別の調理用エプロンを着用する。スーパーに入っても調理用エプロンにはよく目が行く。自分で使うようになったのは60代になってからだが、エプロンというだけで気持ちがそちらになびくのは若い時からだ。なぜなのかよく理由はよくわからない。

11月5日 毎週楽しみにしていたNHKプレミアムドラマ「団地のふたり」が最終回。もっと続いてほしいと切に願ったほど面白かった。といって原作者の藤野千夜の本を読む気にはならない。以前ベストセラーになっている「じい散歩」を読んだことがあり、なんだか違うなあ、と途中でやめてしまったことがあったからだ。このテレビの面白さは、もっぱら主演女優(小泉今日子と小林聡美)のふたりの演技力によるものだ。同じNHKの「カールさんとティーナさんの古民家村だより」も好きな番組だが、最近新しいものが放映されていないのが残念だ。いや、もしかしてこちらが見逃しているだけかもしれないが、この番組も本当に面白い。登場人物の、移住者である元編集者の金井さんのファンだ。でもまあこんなにテレビ番組に執着するのも、最近とんと映画を見なくなったからだ。

11月6日 3連休明けの昨日は、新入舎員(という年でもないか)が休み。ひとりでなんとかなるだろうと高をくくっていたのだが、予想はド外れ。来客はひっきりなし、郵便物は問題が多く、電話やメールはクレームから変な注文まで、一筋縄ではいかない問題がドドドドッと押し寄せてきた。3連休の後という日程的な要因も大きかったようだ。印刷所の担当者とも全く連絡がつかないのも痛かった。いろんなことを考えるうち、勝手にこちらが落ち込んでしまった。昔のように忙しくてパニックになるということはなかったで、体も頭もこうした事態に慣れていない。

11月7日 日本の麹文化がユネスコの無形文化遺産に登録される見通しになったことが報じられた昨日、秋田では能代市の酒蔵破産のニュースが流れた。日本酒の出荷量はこの半世紀で4分の一まで減っている。酒蔵の倒産があまり報じられないのは、大手の企業が買い取って再生させるケースが多いからだ。その実態が見えないだけで、県内だけでも5,6蔵、そういうケースを知っている。表面上はスムースに経営移譲が行われ、経営破綻がニュースとして報じられることはない。今回の能代のケースは要するに引き受け手がいなかったわけで、酒そのものに価値なしとみなされたのだろう。昨今の日本酒は高くて、高級化が進み、偉そうになりすぎてしまった。個人的にはほとんど飲むことがないし、味も複雑すぎて、うまいのかまずいかも判断がつかない。今の私にはノンアルビールが最高の夕食の友だ。

11月8日 枕下にカメムシがいた。まだ生きていた。照明器具の中に潜り込んで越冬したことも過去にはあったが、寝室が二階で、布団を干したり窓を開け放すことも多く、カメちゃんとは比較的相性がいい場所なのだろう。事務所に持ち帰り、発泡スチロールにピンでとめて標本を作った。机の前に飾ってあるのだが、カミキリムシとも似ているなあ。いろんな種類のカメムシがいるのだ。秋田では「アネッコ」とカメのことを呼ぶが、これは若い女性の化粧のにおいとカメのあの匂いが似ているから、というけど、本当かなあ。
(あ)

No.1237

残照の頂
(幻冬舎文庫)
湊かなえ
 高村薫の長編ミステリー小説「マークスの山」を読み、ラストシーンで殺人犯が山頂で死んでいるシーンがやけに心に残り、山の本が無性に読みたくなった。そこで当たったのが、今年の芥川賞受賞作「バリ山行」でこちらは神戸・六甲山を舞台にした小説だ。これも予想以上に面白く楽しめた。そこでちょっと調子に乗りすぎた。新聞広告でみた「片足で挑む山嶺」(幻冬舎)という本に手を出したのだが、これが大失敗。消化不良を絵にかいたような幻冬舎の「やっつけ本」の代表のような本で、かなり落ち込んでしまった。口直しに、力のあるプロ作家の山の物語を読みたいという思いから選んだのが本書だ。もちろん文庫である。実在する山を舞台にした連作小説で、様々な事情を抱えた女性たちが山に登る。テレビ番組にもなった「山女日記」の続演で、この前作も面白かった。登場人物の多くは、ひょんなことから登山に目覚め、それまで出会うことのなかった風景や感情に触れ、そこに人生の一筋の光を見出す。山中で、自分の中に押し殺してきた感情と出会い、驚き、戸惑い、自問する。本書の解説で小林百合子は「山に何かを求めて登のではない。登って下りた先に何かがあるから、懲りもせずに山を登り続けてきた」と書いている。けだし名言だ。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.1241 10月12日号  ●vol.1242 10月19日号  ●vol.1243 10月26日号  ●vol.1244 11月2日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ