Vol.1315 2026年3月14日 週刊あんばい一本勝負 No.1307

死は進化で獲得された能力だ

3月7日 すごい風の音で目が覚めた。この風で思いだした。路上を嬌声を上げて通る小中校生たちのことだ。昔よくいた酔っ払いたちの怒声や歓声とよく似ている。小学生なら3,4年生、中学生なら2年生といったあたりが犯人だ。小学生でも低学年と高学年、中学生でも1,3年生は静かで、路上で騒ぐのはもっぱら中2なのだ。中学1年生はまだ小学生の面影を残している。中3になるともう高校生に近くなっている。中2を見分けるのは容易い。中2というのはガキ真っ只中なのだろう。その傍若無人さに、本気で腹を立てたこともあるが、奴らも受験準備に入るあたりから自然と大人しくなるようだ。先生も大変だなあ。

3月8日 何かの拍子に「死」について考えるようになった。いまのところだが「死」は怖いというよりは身近な必然として、遠くない場所に居座っている。医師から「余命」でも告知されれば一転、パニックになって見苦しいふるまいに及ぶ恐れもあるが、あくまでも今のところ死は悪魔のような唾棄すべき存在ではない。ある本に「死は進化によって獲得された能力だ」と書いていた。たとえば胎児の手足は、ひらたいものからニョキニョキと指が生えてくるイメージがあるが、そうではなく、「指と指の間の部分の細胞が自ら死んでいくことで、その形ができていく」のだそうだ。細胞が自ら死を選ぶ能力を持つことで、全体の調和を維持するように作られている。

3月9日 二十四節気といわれても実生活ではピンとくることはない。でも「啓蟄」だけは別。啓蟄と聞くだけで、なんだか雪国の人間は無性にうれしくなってしまう。冬ごもりしていた虫が土の中から姿を現す時期を表したもので、3月の初旬から中旬の終わりあたりまでがその期間だ。雪に苦しめられてきた人々にとって、土肌やその土の下の虫たちは、それだけでもう充分に愛情の対象なのである。昔から雪は「非日常」であり、戦場のような意識で雪国の人たちは生きてきた。その雪が消え、土肌が現れ、虫たちがうごめき始めるのは、生の復権そのもののような喜びだったに違いない。さあ、外に出るぞ。

3月10日 薄手の手袋を何双かもっている。雪が降り始めると使わなくなるので4双ほどある薄手ものをまとめて袋にいれ収納した。それが「どこに収納」したかを忘れてしまった。いくら探しても見つからない。数か月前に収納した場所がわからないのだ。やむなく厚手のもので代用している。このところ物忘れがひどく、その対応策でもあったのだが、裏目に出てしまった。まいったなあ。これからはこんなことが日常茶飯事になっていくのだろうか。

3月11日 散歩中、点字ブロックが見えなくなるほど道にはみだし駐車している飲食店がある。不快に思いながらやり過ごしていたが、昨日通ったら工事中、どうやら店は閉店のようだ。視覚障害者が安全に移動するために道路上に設置される点字ブロックだが、この道で何回か白状を突いた人が歩いていて車にぶつかりそうになったのを目撃したことがある。これでまずは一安心。雪がとけ、目にしたくない現実も赤裸々に目に飛び込んでくる。

3月12日 映画「愛と悲しみの旅路」は第2次世界大戦中の日系移民とアメリカ人のラブストーリーだ。舞台は砂漠のなかの日本人強制収容所だ。日系移民の物語をアメリカ(監督はイギリス人)側から描いた映画で、日系人の描き方も自然だ。当時の風俗、役者たちの会話もリアリティがある。日本人ではなく本物の日系人の役者たちが出演しているからだろう。主演女優タムリン・トミタも素晴らしい。意外だったのは、終戦前に最高裁判決で強制収容は違法、と判断されていたことで、このへんはさすがアメリカだ。日本では考えられない三権分立が当時も機能していたのだ。主人公たちは結婚のためロスからシアトルに移り住む。これはカリフォルニア州の法律でアメリカ人と日本人の結婚が認められていなかったからだ。日本に強制送還された日系人は、捕虜になったアメリカ兵との「交換要員」だ。それにしてもこのタイトルはどうにかならなかったのだろうか。原題は「Come see the Paradise」だ。これ、なんて訳すの。「楽園を見に来て!」って直訳すぎるか。

3月13日 散歩のメインコースは手形大通りだが、この道路わきに10店舗近いラーメン屋さんが軒を連ねている。繁盛店はうち2店で、ここはいつも行列ができている。ところが最近、この行列を見かけなくなった。手形通りより南側に、もう一つ大きな城東通りと呼ばれる道路がある。ここにあるパチンコ屋の店舗中に新しくラーメン屋ができ、行列はこの店にそっくり移動していたのだ。この場所も帰りの散歩コースだ。いつ通っても、行列ができている。そうか、並んでいる若者は同じで、彼らはその都度、おいしい店を探しながら移動を続けるラーメンハンターたちなのか。 

(あ)

No.1307

芭蕉は我慢できない
(集英社文庫)
関口尚
 歴史小説というか、私にとっては俳句入門書でもある。サブタイトルは「おくのほそ道随行記」で、俳諧の確立のために奥州の旅を望んだ芭蕉に同行した弟子・曾良の側から見た紀行文である。冷静に芭蕉の野望や矛盾と向き合った、まじめな珍道中(?)である。芭蕉の名句が誕生する瞬間に立ち会っている臨場感があり、軽やかな語り口のリズムが心地いい。芭蕉との関係も、憧れ、反目、和解とページをくくるたびに変化する。芭蕉は、句の深さに焦点を当て改作や読みを繰り返し、句が最高の形に定まるまで言葉や趣向をかえ続ける。それが何年にも及ぶこともあるというのだから、恐れ入る。芭蕉は永遠の未完、変化するたびに大輪の花を咲かせる、と曾良は敬意を表しながらも、そのわがままさに閉口する。意外だったのは「俳句」という言葉が一行も出てこないこと。俳句という言葉は明治になってから正岡子規が「俳諧の発句」から命名した言葉なのだそうだ。芭蕉以前の俳諧は、和歌よりも一段低い存在だった。その地位を押し上げるための修行の場がこの奥州への旅だった。

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