Vol.517 10年9月11日 週刊あんばい一本勝負 No.511


北アフリカからの来客

遠方から友人がやってきた。
遠方というのは比喩ではない。本当の遠方、北アフリカのチュニジアである。鉱山技師として働くMさんは日本人だが、住んでいるところはサンパウロ。仕事場がチュニジアやアルジェリアの山々である。Mさんは東京の生まれだが、秋田大学の鉱山学部出身だ。
北アフリカなんて書くとものすごい「遠方」に感じてしまうが、実はパリまでは飛行機で2時間弱、地球儀を見るとわかるが地中海に面した昔のローマ帝国の領土内である。海をひと泳ぎすればイタリアのシチリア島まですぐに着いてしそうな距離だ(ってことはないか)。

「いまはラマダンなんで1カ月は仕事にならない」から「ちょっと日本に遊びに来た」のだそうだ。外国の話はテレビや本でしょっちゅう情報が入手できる。だからさして驚くようなこともないのだが、イスラム圏だけは別。ここには全く我々が伺い知れぬ別世界。どんな話も興味深く、驚きながら聞きいってしまった。

Mさんは鉱山技師なので山歩きが仕事なのだが、助手のチュニジア人たちはもちろん回教徒。ラマダンの期間中は水も飲まないのだそうだ(実際は隠れて飲んだりしてるそうだが)。これでは仕事にならない。
さらにMさんの働く現場の近くにはアルカイダのゲリラ拠点がある。そのため現場に行くときはチュニジアの警察官の車で護衛付き、それが決まりになっていて、一人で歩かせてはくれないのだそうだ。
「逆にそっちのほうが目立って、アルカイダの攻撃目標になる」
から嫌でしょうがないんだけど、とMさんは苦笑する。

イスラムの国に入国する際、税関では必ず「宗教」を記載する。いつもの日本のくせで「なし」などと書くと、ほとんど入国は無理。嘘でも「ブッデスト」と書かなければ入国できないのだそうだ。イスラム諸国では「宗教がない」という答えは、犯罪歴を聞かれて「ノーコメント」と斜に構えているのと同じ。それは即「犯罪歴あり」と認めたのと同じだそうだ。「宗教をを持っていない」ということは「人間の最低限の規範や品性を担保するものがない」ことで、それは突然暴れまわったり、人を殺めたり、秩序を乱す行為に及ぶかわからない人物と疑われることなのだ。

ちょうどキリスト教の歴史を勉強中(といっても初歩的な本を何冊か読んでるだけだが)なので、イスラム教の話は興味深い。
遠方からの客の話を面白おかしく聞いていたその日の夜、アメリカ・フロリダ州のキリスト教会が9月11日にイスラムの聖典コーランを焼こう、と呼びかけているニュースが世界を駆け巡った。
これは、ちょっとすさまじいことになりそうだ。イスラム教徒は世界に10億人以上いる。このメッセージの波紋の大きさを、この連中はイメージできないのだろうか。宗教は厄介で難しいが、その国の人々の行動や心性を正しいほうに律するための「道徳」や「倫理」でもある。それを否定されると人は殺人も犯す。
(あ)

No.511

ブスの瞳に恋してる
(マガジンハウス文庫)
鈴木おさむ
いやぁ、これはすごい本だった。電流が流れましたね、ひさしぶりに。まよわず続編(2)(3)も注文、3冊を一気読み。(3)はちょっとトーンが変わったかな、という微妙な変化のニュアンスがあった。新婚生活同時進行ドキュメントだから10年近く時間がたつと、いろんな変化が出てくるのも当たり前か。そのへんの「自然さ」もナチュラルだ。できればこのシリーズはずっと続けてほしい。新婚生活ドキュメントとしては日本文学ノンフィクション部門の「名作」の部類に入るのでは。新婚生活とは言うもののテーマはほぼ下ネタ。芸能界では一番タブーとされているジャンルの逆手をとって愛妻物語にしてしまったところがベストセラーの秘密。書いちゃだめ、と思われていることばかりをわざと選んで書いている、という感じなのだ。ときおりお互いの両親や、妻の幼少時のいじめ体験にさりげなく触れている。これも限りなく効果的。ハチャメチャアな夫婦劇場のディテールに深いリアリティを与えている。この作家なら、これから予測不能な事態(離婚とか)が起きても同じような調子で報告してくれるだろう。お笑い芸人たちのテレビでの傍若無人さに腹立たしい思いをすること度々だが、この本を読むと芸人への視線がかわり畏敬の念も湧き出してくる。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.513 8月7日号  ●vol.514 8月14日号  ●vol.515 8月28日号  ●vol.516 9月4日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ