Vol.566 11年9月17日 週刊あんばい一本勝負 No.560


物見遊山の被災地めぐり

遅まきながら3連休を利用して被災地を訪ねた。といっても釜石と宮古の町を通り過ぎただけだが、驚いたのは中心部の信号がまだついていないことだった。交差点が来るたびに肝を冷やしながら車を運転するハメになったが、地元の車はもう慣れているのかスイスイ自由自在、この事実にまずはショックを受けた。
先々週、仙台周辺の被災地を見たとき、ボランティアをやっている友人から「例え物見遊山でも実際にその町に行って、すさまじい腐臭や消毒薬の匂いが充満した町を感じるのが大切だと思います」といわれた。しかし、仙台では被災地までてっきり復旧したローカル電車で行けるもの、と思いこんで油断、運転免許所も持たず行き(レンタカーが借りられない)、これも友人に失笑されてしまった。

今回の岩手行きは自分で車を運転して行った。信州夏休み旅行で長距離運転にちょっぴり自信を持ったからだ。これまで車で県外に出ることなどほとんどなかった。被災地に入るとさすがに秋田や東京でよく見かける「がんばれ日本」やら「がんばれ東北」といったあいまいきわまる標語はどこにもなく、ほぼすべてが「がんばれ岩手」。これならだれにでも意味がわかるし納得できる。岩手の人たちが、ともすればくじけそうになる自分たちを鼓舞するためにこの標語が必要だったのだ。とすれば秋田に乱立する「がんばれ東北」なるものは、いったい誰が誰を鼓舞しているのか、これがよくわからない。

友人には、日本全国から警察官が被災地に集結していて宿泊が難しいよ、とも言われていた。なぜ警察が全国から集まっているのか意味はよくわからない、とも言う。行ってみて意味が分かった。交通整理のためだ。信号が動いていないんだから当たり前だ。町に入るとパトカーの数が尋常ではない。その多くが県外ナンバーで、注意深く見ていくと「大阪(なにわ)」ナンバーがやたらと多い。ついで札幌、青森、地元岩手はほとんど見かけなかった。

宿泊地は友人の言う通り、まったくとれなかった。地元の宿屋やホテルに電話をしてもほとんどが「満室」で、おまけに宮古ではお祭りがあって町の中心部はごった返していた。もう夕時だったが野宿する訳にもいかず、急きょ盛岡まで戻って泊まることにした。運よく駅前のビジネスホテルがとれたが、禁煙はなく喫煙の部屋だった。盛岡の街も駅から繁華街にかけ人で、それも若い人でごった返していた。3連休の初日で、震災関連のイベントや野球の大会があるため、とホテル側は説明してくれたが、夜8時過ぎの繁華街の混雑は同じ規模の秋田市では考えられないほどの「雑踏」で、今日は竿灯か、と突っ込みたくなる賑わいだった。そういえば途中の遠野市でもお祭りの真っただ中だった。

次の日は盛岡から宮城県の被災地に向かう予定だったが、雨と宿泊と求人の混雑が怖くて秋田に帰ることにした。3連休を選んだこちらのミス。実は宮城県のある町に友人をたずねる予定だったが、まあしょうがない。この友人は20年も前、秋田で知り合った人だが、その後の消息がわからなかった。それが最近ある雑誌で宮城にいることがわかった。秋田から宮城に移り住むまで様々な放浪をつづけた様子が彼の書いた本から推察できた。会う前にその彼の書いた本を読むのが礼儀だと思い、盛岡のホテルで読了したのだが、正直なところまったく面白くない本で会うのがおっくうになってしまった。「面白くない」というのは、こちらの知りたいことがひとつも書いていない、という意味だ。
人生は絵に描いたようにはいかない。
(あ)

No.560

我が家の問題
(集英社)
奥田英朗

「家日和」の続編ともいうべき新家庭小説(私の造語です)。ロハスにはまって玄米ご飯ばかり出す妻や、会社の倒産で主婦業に目覚めた夫、といった比較的若い世代の家庭にスポットを当てた前作も、十分に楽しめた。本書も同じ趣向の家庭小説なのだが、面白さは折り紙つき。何の心配もない。それでも読み進むうち、はて?と首をかしげてしまった中編があった。前作と同じく6篇の中編が収録されているのだが、そのなかの「妻とマラソン」という小説だ。そのリアリティに圧倒された。ミステリーではないから中味を書いても問題ないと思うが、妻と子供2人と暮らす主人公は本人とおぼしき流行作家。お金はたっぷりあるし、子どもたちも健やかに育っている。編集者との付き合いも赤裸々に書かれている。ところが妻は主人公のあり余るお金の運用を任せられて失敗、ひどく落ち込む日々を送っている。その姿を見かねてマラソンを勧めると、妻はすっかりマラソンにはまってしまう。ついには東京マラソンに出場するまでになるのだが……。どう読んでも作家本人の日常を連想させるリアリティあふれるディテールで物語は構成されている。が、この作家、たしか独身だったはず。独身作家がこれほどまでに家庭にこだわり、リアリティ豊かにそのディテールを描けるものなのか。その想像力の「凄まじさ」に恐ろしささえ覚えてしまった。もしかするともう結婚しているのかな。

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