Vol.562 11年8月20日 週刊あんばい一本勝負 No.556


ヨットに乗って幕末へ

8月13日(土) お盆初日は雨。内心ほくそ笑む。なにせこちらは仕事。快晴でみんな遊んでいるのになぜ自分だけが……などと心ちぢに乱れることもない。って、いい年して底意地悪いなあ。それは冗談だが、雨の日はなんとなく落ち着いて仕事に集中できる。一日中、机の前に垂れこめてもフラストレーションが溜まらない。朝夕、吹く風に秋とまではいわないが夏のそれではない微妙な「温さ」が感じられる。外を歩いている人ならわかるでしょう。 この微妙なニュアンス。

8月14日(日) ぼんやりとだが暑さが去って本が売れだすころの戦略を考えている。どの程度の媒体に広告を出すのか、どの本をメインに据えるのか、新刊と既刊の割合は、単独デビューさせる本と再デビューさせる本、自分の新刊の扱いをどうするのか……考え出すときりはなくなる。でも考えているうちに秋はすぐ目の前にやってくる。暑さの中でボーっとしながら、次にくる読書の季節のことを考えている。

8月15日(月) 仕事ばかりのお盆というのも悲しすぎる。酒田の友人カメラマンに電話、一緒に月山に登ることに。朝4時起きは辛い。おまけに夏休み中で人も多く、暑くてバテてしまった。自分の実力のなさにガックリの山行だったが、夜は行きつけの中華屋さんで挽回した。友人夫婦と飲んで食っておしゃべり。ここからがぜん調子が出てきた。腹いっぱい食べて飲んだのは久しぶり。ホテルに帰ってバタンキュウ。大勢で食べる中華ってホントうまいね。この酒田の「香雅」は家族総出でやっている家庭的な店で何を頼んでもうまい。酒田に行くたびに寄るお気に入りで、一度も裏切られたことがない。ニラレバや天津麺を食べるためだけでも行きたくなる時がある。

8月16日(火) 今日から仕事始め。昨日、月山から帰って溜まった仕事を片付けていたのだが、電話がひっきりなしにかかってくる。そうか、世間では昨日あたりから仕事がはじまっているんだ。あわただしい、というんじゃないな、やるせない、というかけっこう「切実感」のある目に見えない重しのようなものが世間の天空には漂っているのを感じる。夏休みは9月に入って取ることに決めた。8月はちょっと休めない。9月は10日間ぐらい休んで、旅をしたい。でも昔に比べて「旅」という言葉にそそられなくなった。

8月17日(水) 幕末の草?の志士・清河八郎について書かれた著作を読んでいる。まかり間違えば「北の坂本竜馬」になったかもしれない、この庄内出身の悲劇の孤士への歴史の評価は変節漢、山師、策士と悪評の渦だ。彼のことを愛情こめて描いたのは同郷の藤沢周平『回天の門』だろうが、新撰組の生みの親で、庄内で生まれた新徴組で才能を開花させた、この異才の生涯をもっと知りたい。坂本竜馬という人物は、実に清河と似た気質や性癖をもった策士で、たまたま歴史のヒーローになった。竜馬が「明」ならば清河は「暗」、思想も生まれ育った環境も風土も違うが、キャラクターや歴史との向き合い方はそっくりのような気がする。竜馬と八郎は別ったのは何だろうか。

8月18日(木) 本荘で開催されているインターハイのヨット競技を見に行きたいのだが、この空模様では……。20代のころ、友人のヨットに乗せてもらったことがある。大人になったらヨットに乗ろう、と決めていたが、なにせ海が苦手での山育ち。初めて海をみたのが小学5年という奥手だ。海になじめないままこの年になってしまった。でも今は、東北の少年少女たちが夏の海原を小さな白い帆船で疾走する姿を、見るだけでもいい。明日がそのリミットだ。
(あ)

No.556

最終講義
(技術評論社)
内田 樹

著者初の講演集である。副題に「生き延びるための六講」とある。ほとんどが教育をテーマにしているので、このサブタイトルになったのだろう。なかには「日本人はなぜユダヤ人に関心をもつのか」といった異質の講演も紛れ込んでいるが、通底には「日本人とは何か」というレールが走っていて、そこから脱線することはない。自殺についての自説が興味深い。人間は、人を殺すのに忙しいときは自分を殺さない。だから戦争中はどこの国も自殺率は下がる。戦争がはじまると統計的に自殺者と精神病患者は激減するのだそうだ。それと90年代ブームになったアメリカの大学の日本分校ラッシュについても目から鱗の説を開陳している。ようするにすべて進出が失敗に終わったのは「教材が英語ベースで出来ていた」ことに尽きるという。アジアで最も英語能力の低い日本では到底無理なカリキュラムだったのだ。話題の「クレーマー親」についても卓見を述べている。クレーマー親が昨今急増している背景には「家族の価値観統一」がある、というのだ。本来、男親と女親は子育てに関して意見が違うのがあたりまえ、親の食い違いや葛藤をみて、子どもは迷いながら自分の進路を決めていく。その子どもたちの成熟機会を、価値観を統一した大人たちが寄ってたかって破壊してきた、というのだ。あいかわらぬ歯切れのいい内田節、健在である。

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