Vol.857 17年5月13日 週刊あんばい一本勝負 No.849


身体は正直だ

5月6日 昼頃に出社して夕方には外に酒を呑みに出かける。伝説や誇張ではなく、こうした編集者の姿を現実に何人もみてきた。不景気になり、接待費やタクシー代が使えなくなり、勤務時間も厳しくなり、最近は逆に早朝出社で夕方前に帰ってしまう編集者も珍しくないそうだ。これは『断裁処分』という本で知ったこと。著者は藤脇邦夫で、この人は業界では有名な出版営業マンだから、間違いではないだろう。業界とは遠く離れたうちでは、昔からマイペースで仕事をしてきたが、新入社員が入ったあたりから、夕方5時半で事務所には誰もいなくなってしまった。いっそのことうちも朝型勤務体系をとってみようか。

5月7日 2月に太平山で行方不明になった50代の男性教師の遺体が2カ月ぶりに発見された。あの狭いエリアで2か月間も遺体が発見されなかったのは、ミステリアスだ。昨日近所の床屋さんで突然主人がその話題をふってきた。遺族の関係者がお客様で事情に詳しいのだそうだ。事務所に帰ると、M先生から「中岳遭難死亡事故についての考察」と題されたレポートがメールで届いていた。奇しくも同じ話題が連続した。M先生のレポートで、この2か月間、釈然としなかったことが、ようやく腑に落ちた。登山とは突き詰めると雪の技術を身に付けること、とM先生はレポートを結んでいる。

5月8日 朝起きるとき「こむら返り」が起きる。これは「冷え」が大きく関与している。腰痛も一向に良くならない。もしかして単なる疲労性蓄積によるものではないのかもしれない。先日の鳥海山途中リタイアも心に傷を残したまま。なぜ登れなかったのか。散歩以外に筋トレをまったくしていない。Sシェフからも「心入れ替えて筋トレすべき」と叱責された。まずは体重を3キロ落とし、筋トレを始めるつもりだ。

5月9日 好天が続いている。忙しさは一段落した。今日の夜は昨日Sシェフから採れたてをいただいた山菜の天ぷらをする予定。コシアブラにタラの芽、ハルギリ。これに玉ねぎとマイタケをプラスして軽いころもで揚げる。天つゆは「創味」のつゆで、今回は天丼用の「たれ」も自家製をSシェフからいただいたので、山菜天丼にも初挑戦。朝から仕事そっちのけで夕食のことを考えているのも、なんだかなあ。

5月10日 昨日は大曲出張で帰りは郊外イオンモールへ寄り道。一回ですべての買い物ができるチョー便利なショッピングセンターだ。ちなみに端から端まで1往復半すると歩数計は5千歩をこえた。日本一ヒマなスタバ(3人しか客がいなかった)や秋田市にはない「ちゃんぽん」チェーンをひやかし、デポで筋トレ用機材を買い、食材屋でパーミット(ヤシの実の芯)をまとめ買い。婦人服売り場でこむら返し防止のレッグウォーマー(300円)を調達、大満足。

5月11日 時代小説を読んでいたら登場人物が「情報」とか「報告」とか「連絡」といった言葉を使うので、いやになって読むのをやめた、とある人がエッセイに書いていた。いま読んでいる秋田の菅江真澄について書かれた本にも「佐竹藩」と「みちのく」という言葉が何度も使われている。15年ほど前に中央の大手出版社から出た名著と言われた本だ。文学的な香りは高くても歴史的知見はゼロでビックリ。「久保田藩」はまだありだが「佐竹藩」はない。真澄が旅した秋田は「羽州」や「出羽」であって「みちのく」ではない。「陸奥」とは「常陸の奥」という意味。本の核心テーマなすキーワードそのものが全部間違っているのだから他の記述がどんなにすばらしくても信用できない。近代の軍事用語を時代小説に使ってしまう作者には同情を禁じえないが、江戸時代の秋田を描くのに、軽々と「佐竹藩」と「みちのく」で処理するのは致命的。いや人様のことばかり言えない。こちらも似たようなミスは腐るほどしている。他山の石以て玉を攻むべし。

5月12日 朝ごはんの茶碗は武田浪さんという滋賀の陶芸家からいただいたもの。毎朝その土の質感とあたたかな手触りにうっとりするほど、なじんだお気に入りの焼き物だ。その武田さんが沖縄の個展会場で倒れ亡くなったとの報。言葉を失う。合掌。寝る前にレッグウォーマーをしたら「こむら返り」は見事なくなった。やっぱり冷えが原因だった。太平山中岳の遭難死は下山途中にルートを間違い、やみくもに谷に下りてしまい力尽きた、というのが真相のようだ。M先生からそんな連絡が入った。ラッセルしているうちにケータイを紛失、連絡をとれなかった。腰痛は収まりつつある。首筋に帯状疱疹痕のような「かゆみ」があったのは、いつの間にか消えた。忙しさが去ったらストレスも消え去った、ということか。身体は正直だ。
(あ)

No.849

火花
(文春文庫)
又吉直樹

  2015年に刊行され、200万部という信じられないベストセラーを記録した「事件本」が文庫化されたので読んでみた。騒動時に読む気にはなれなかったが、これだけ時間がたてば、冷静に、先入観なしに読めるような気がしたからだ。これは本書に限らない。ベストセラー騒動の本にはできるだけ距離を置き、誰も振り向かなくなったら読む。アマノジャクなのだが、騒動の中では冷静な判断が難しく、逆に妙に構えて過剰に褒めてしまい、ひねくれた辛い批判をしてしまう。ベストセラーだから厳しい、というのはフェアーではない。本書も、読み始めたらやめられないほど、おもしろかった。でも文章はずいぶん荒っぽい。初めて書く小説だから、このぐらいはガマンすべきなのだろう。売れない芸人と天才肌の先輩芸人の関係を描いた小説だが、漫才という職業をテーマにした物語は珍しい。おまけに著者が当の漫才師というのだから新鮮だ。当然、展開は誰にも予想できない。会話の内容もけっこう哲学めいていて難しい。直木賞ではなく芥川賞のゆえんはこの会話の難しさに寄るのかもしれない。数年前、『コンビニ人間』を読んだときも感じたことだが、おもしろいと思ったものの、これが大きな賞に値するほどの作品なのか、私にはよくわからない。本書を読んでよくわかったのは、文学賞に過剰に権威を求めてしまう、自分のような旧態依然とした価値観に縛られているオヤジたちの存在で、実はそっちのほうが問題なのかもしれない。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.853 4月15日号  ●vol.854 4月22日号  ●vol.855 4月29日号  ●vol.856 5月6日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ