Vol.886 17年12月2日 週刊あんばい一本勝負 No.878


師走のとたんにダウンって……

11月25日 定年後のオヤジたちがしてはならないこと。一つは「ジャージを着ない」。これは何となくだらしなく見えるからかな、と思っていたら違った。ベルトをしないので腰痛の危険が増し姿勢が緩んでしまうのだそうだ。もう一つは「コンビニ弁当を買わない」こと。栄養のバランスや調理の手間ひまが大切なのに、その部分をすっ飛ばして、まさしくコンビニエンス(便利)に走ると、身体的にいいことは何もないのだそうだ。この2つの出典(小説)は確か重松清『定年ゴジラ』だったと思うが記憶は定かでない。今日からパソコンが新しくなった。心配だったキーボードの使い勝手は思った以上に手にあっていて一安心。

11月26日 新しいパソコンに移る前にDM通信や締め切りのある原稿類は書き終えていた。今のところ何の問題もなく新しいパソコンはスムースに動きつつある。昨日もずっとその作業をしていたのだが途中で町内会の役員会があり外出。民生委員の方も多数来ていて広面というのは巨大なコミュニティであることを再認識した。こういう会に出ると市会議員を馬鹿にできなくなる。

11月27日 ポッカリ午後の時間が空くと無性に本が読みたくなる。テーマは重くなく、深刻さのない、あとのひかないものがいい。軽く読み流せるものでないと「向き合う余裕がない」からだ。で、見るからに軽そうな平岡陽明「イシマル書房編集部」と群ようこ『作家ソノミの甘くない生活』の2冊の業界本(?)を読みはじめたらアタリ! どちらもめちゃ面白い。市内の古書店から電話。店を閉めることになったという。もう半世紀以上続いてきた老舗中の老舗の古本屋さんで閉店は大ショック。これも時代の流れだ、きっぱり、未練を断ち切ろう。時代は音を立てて動いている。

11月28日 昨日今日と珍しく快晴。よって今日の仕事は休み。協和町にある地図に載っていない長者森縦走にSシェフが連れて行ってくれるという。遊びは週末よりも週日のほうが都合よくなった。DM通信や新聞原稿もひと段落。外は青空、心ははやる。では行ってきま〜す。

11月29日 南通りにある「松坂古書店」は老舗中の老舗古本屋であるばかりでなく、1960年代から70年代にかけて数多くの郷土出版物を世に送り出した出版社でもあった。三島亮という実に個性的な酒飲みの頑固オヤジがいて、まあ一筋縄ではいかない妖怪だったが、何を気に入られたのか私は随分かわいがってもらった。その三島さんが物故されてだいぶ経つのだが、形見の古書店は若い人たちによってこれまで維持されてきた。それが突然、店主Sさんの体調不良により店を閉めることになったという。駆けつけると、「あんばいさん、好きな本持って行っていいよ」といきなりSさん。よだれの出そうなほど欲しい本もあったが、それじゃあ火事場泥棒だ。「いや本はいらない」とカッコつけ、とりあえず最後の挨拶をしてきた。資料収集など県内で一番世話になった書店である。昔の郷土史家はこの古書店がないと本が書けない、と言われた古書店だった。ご苦労様でした。

11月30日 読みたい本があると夜が待ち遠しい。水谷竹秀『だから、居場所が欲しかった。』(集英社)はそんな本だ。サブタイトルは「バンコク、コールセンターで働く日本人」。30代の若い女性たちがコールセンターで働くためにタイに移住する。日本人女性たちの闇と孤独、閉塞感がこの本には余すことなく照らし出されている。水谷は東南アジアに移住をする買春オヤジの実態を描いた『日本を捨てた男たち』『脱出老人』などで注目を集めたフィリピン在住ライター。今日からは選挙の泡沫候補たちをルポした畠山理仁『黙殺』。サブタイトルは「報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い」。ネ、サブタイトルでグッとくるでしょう。本屋で本を買わないものにとっては、サブタイトルは大切な購読のための判断材料になる。

12月1日 少し喉の奥がいがらっぽい。ときどき痰が詰まったような咳が出る。風邪かな……。散歩から帰ってくると身体はけっこう火照っている。そのためストーブなしでソファに横たわり、そのまま眠ってしまうことがある。たいていは寒さで目が覚めるのだが、これが風邪の原因かも。よくわからないのだが、まだ熱もないし寒気もしない。ただちょっとダルい。今日は仕事を休もうか、と思うが、2時から大事な打ち合わせが一つ。今日から12月が始まるというのに、このざまだ。体調を崩して忘年会欠席というのはあり得ないよなあ。
(あ)

No.878

もうすぐ夏至だ
(白水社)
永田和宏

 冬山の八ヶ岳で快晴にもかかわらず星が輝いていた、という記述が本書に出てくる。空気が澄んでいるので空気中の埃に太陽光が乱反射しない。そのためピーカンの太陽が出ていても深い藍色に沈んだ暗い空になり、星がくっきり見えるのだそうだ。少し前に城山三郎の『部長の大晩年』という俳人・永田耕衣の生涯を描いた本を読んだばかり。恥ずかしい話だが、この耕衣と本書の著者を混同していた。親子なのかな、と思っていたこともあったほど。同じ関西で歌読みながら社会人としても成功している。共通項が多い。本書は折々に書いたエッセイ集である。もちろん文中に短歌が数多く紹介されている。この短歌がみんなすばらしい。書名は「1日が過ぎれば1日減っていく君との時間もうすぐ夏至だ」という歌からとったもの。「君」とは妻のやはり歌人である河野裕子のこと。息子さんが「釣り新聞社」に就職し、喜んでいたのもつかの間、会社は倒産する。その時に息子は親の前で号泣したという。「己が記事の雑誌に載らぬ悔しさにただ一度息子の泣きしその夜」。著者は京都大学の教授で専門は「細胞生物学」、世界的権威でありながら歌壇の第一人者でもある。

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