Vol.932 18年10月27日 週刊あんばい一本勝負 No.924


活版・歯痛・真昼岳

10月20日 毎日、新聞の切り抜きをする。切り抜きには一枚刃カッターが便利だ。私が使っているのはデンマーク製のマジックカッターで1枚300円。銀座の伊東屋でしか売っていない。これでないとスクラップは作れない。それが手元不如意になってきたのでこのブログで窮状を訴えたら、近所の友人のFさんが伊東屋からわざわざ取り寄せてくれた。最近、東京に行っていないし、行っても伊東屋でももうほとんど在庫はないようだ。10枚いただいたのだが、これでゆうに5年は持つ。在庫がなくなるころには、こちらの命も風前の灯火だろうから、これで十分だ。

10月21日 Sシェフと2人で真昼岳。赤倉口からの山行だ。ブナ林がきれいで大好きな山なのだが登りに3時間かかり、ゴロゴロした岩場が多く一筋縄でも行かない山だ。天気も良く、紅葉はさっぱりだったが、気持ちいい疲労感の残る山行になった。山頂は登山客でいっぱいだったが、これは峰越林道側から登った人たち。1時間半もあれば登れるコースだが、岩手側かの登山客も多いようだ。

10月22日 決算が終わった。税理士の先生からは「低値安定というところですかね」と言われた。売り上げは年々落ちているが、同時に諸経費節減も進んでいる。低いところでバランスがとれています、という意味のようだ。喜んでいいのか悲しんでいいのか、よくわからない。本は売れない。これはすべての出版社に共通の構造的な問題だ。大きな抗えない流れの中で紙の本の未来を考えていくしかない。業界紙である「出版ニュース社」の来年3月廃業のニュースはかなりショックを受けた。編集長が高齢になったための幕引きだ。

10月23日 お昼時、ご老人が訪ねてきた。うちの読者で、東京で「名刺専門の活版印刷屋」を営む方だ。東京にまだ活版印刷屋さんが健在なことに驚いた。機会があったら訪ねたいと思っていたのだが、あちら側から訪ねてくれた。趣味はローカル線の旅と山登り。84歳になられたというが原色のパッチワークのズボンが似合う江戸っ子だ。ベランメェ口調で、涙もろく、気風がいい。まだこんな職人の親方のような人が東京にはいたんだ。

10月24日 近所の理容室に通いだして20年になる。素人目にも仕事が丁寧でホスピタリティにあふれ、若いが勉強熱心な主人であることがすぐにわかった。2か月に1度、この店に行く。横柄なムダ口をたたいても、いつも若主人は笑って聞き流してくれる。昨日は主人から「県の技能検定師(だったかな)の賞をもらうことになりました」と報告してくれた。その記念祝賀会をやるので出席してくれないかという。喜んでOKしたのだが、店もちょうど20年の節目を迎えるという。長く何かをやり続けるのは大変だが、長くやらなければ見えてこないものもある。

10月25日 また歯痛で歯医者に。「痛い」と感じたらすぐに歯医者に行く。この調子で他の病気もお医者さんに行けばいいのだが、そうはいかないのが人生のむつかしいところ。新入社員も昨日は同じく近所の歯医者に行ったようだ。同じ日に別々の歯医者に行ったわけだが、あちらは定期的な歯のクリーニング。同じ歯医者でも意味は天と地ほど違う。奴は歯だけは満点男で、生まれてから1本の虫歯もない「歯」の康歯優良児。うらやましいが、この歯痛を人生の苦難になぞらえて自分は頑張ってこれた。こういう苦労も人生には必要だ、ナンチャッテ。

10月26日 作家の長部日出雄さんが亡くなった。享年84。数年前から体調を壊している、という情報は弘前方面から届いていた。だから、ついに来たかという感じだ。長部さんとお会いするときは横には常に津軽書房の高橋彰一さんが一緒だった。地方で出版の仕事を始めたのは弘前で長部さんの小説集で直木賞をとった津軽書房の存在が大きかった。津軽書房も長部さんも目標にしてきた、とても大きな存在だ。昔、3人で一緒に飲んでいた時、高橋さんの半生を長部さんが小説にする、という話をしたことがあった。長部さんがお元気なうちにその小説は読めると信じていたのだが、かなわなかったのが悔やまれる。こうして周りの星がひとつずつ静かに消えていく。
(あ)

No.923

誤植読本
(ちくま文庫)
高橋輝次編

 「或日わが見落とししたる幾文字が今日まざまざと頭に泛ぶ」(相澤正)  本書に収録された「校正を詠む」の中の一首だ。本書には作家や編集者、学者たち53名が過去の自分の「恥ずかしい校正ミス」を赤裸々に告白している。編者は大阪にある創元社の元編集者だ。よくもまあこれまで細部にわたって気配りのある(?)「校正失敗譚」を集めたものだと感心する。出版関係者にとってはいつの時代も「校正」の悩みは永遠のテーマに違いない。「校正畏るべし」という言葉は、編集者の世界の「常識標語」なのである。よく考えれば、この標語自体も「後世可畏」(論語)からのもじりだ。この句をこしらえたのは明治の文人ジャーナリスト福地桜痴という人物だそうだ。私自身の校正失敗談も数限りなくある。その白眉(?)は、1987年に復刻刊行した伊藤永之介著『石川理紀之助』という本だ。石川理紀之助の代表的な名言である「寝ていて 人を起こすべからず」を、「寝ている人を 起こすべからず」とミスしてしまったのだ。自伝の核となる決め言葉を間違えてしまったのだから笑えない。誤字にシールを貼ってごまかしたが、多くの方から痛罵されたのは当然。校正畏るべし。

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