Vol.983 19年11月2日 週刊あんばい一本勝負 No.975


グルメ番組は「食堂もの」に限る

10月26日 読みたい本が寝床の横に積まれている。読まれない不憫な本たちが「早く読んでよ」と耳元にささやきかけてくる。夜が待ちきれない本もある。平成最大の未解決事件と言われる『警察庁長官狙撃事件』(平凡社新書)は、先日読みだしたら止められなくなり、仕事そっちのけで読了した。この本が眠れる読書欲に火をつけた。2冊目の『世界史を大きく動かした植物』(PHP)もドストライク。3冊目は『死刑囚 最後の晩餐』(筑摩書房)。その次には『大江戸の飯と酒と女』、『妻が椎茸だったころ』、『定価のない本』といった「つわもの」どもが順番待ちだ。

10月27日 先月15日の駒ケ岳女岳以来だから40日ぶりの山。竜ケ森(1050m)は大館市と北秋田市にまたがった場所にある。紅葉が美しく、登山道もフカフカの落ち葉の絨毯が敷き詰められていた。ブナ林の美しさは真昼岳に匹敵する。今回は2台の車での山行なので私も車。往復4時間近くのドライバー兼務でさすがに疲れるが、これからはこういったケースが増えそうだ。久しぶりの山行だったが、やっぱり山はいい。

10月28日 山に登って温泉に入る。その日は当然ながら自宅では入浴しない。温泉は実に気持ちいいし疲れも取ってくれるが、「湯冷め」が怖い。風邪をひく可能性がグンと高くなるからだ。昨晩も寝る直前にガタガタと震えがきた。寝巻の上に来ていたダウンジャケットに靴下をはいたまま布団に入った。温泉に入っても、もう一度家風呂に入れば、いつも通り寝ることができるのかもしれないが、これも面倒くさい。なんか妙案はないものか。

10月29日 録画していたNHKBS『ラストトーキョー』。サブタイトルが「はぐれ者たちの新宿・歌舞伎町」。予想以上に面白かった。NHKの若い女性ディレクターが実の母親(新宿で雀荘を経営)の過去と現在を追いながら新宿に入り込んでいく、という構成だ。この親と子のギャップと慣れ合い感が普通のノンフィクションにはない不思議な味を出していた。若い女性が番組の出演者でありかつ演出家でもあるというきわどい設定なのだが、その設定が十分に機能し成功した珍しいケースだ。NHKはこんなことをやるから目が離せない。

10月30日 久住昌之著『孤独のグルメ』はいい。漫画ではなくテレビ番組のほうだ。アマゾン・プライムでこの番組を最初からずっと見直すことができた。なにがいいのだろうか。たぶん制約というか「しばり」が多くあることではないだろうか。主人公は独身で、個人輸入業を営み、事務所も持たない風来坊。さらに喫煙者であり、お酒を飲まない。実に数多くの「しばり」を主人公に課すことで食べ物の個性を際立たせている。物語は徹底的にワンパターン。マンネリ化が重要なのだ。よくできた番組だ。

10月31日 外国でショウユが恋しくくなると「ソイソース」とか「ソイビーンズ」と言えばほぼ出てくる。大豆からできているソースだが「ソイ」ってどんな意味? と思って調べたら、なんと英語ではなく鹿児島弁だった。鹿児島弁でショウユは「ソイ」と訛り、これが輸出先の外国で「ショウユ」のこととして認知されてしまったのだそうだ。もう一つ、コショウは英語で「ペッパー」だが、トウガラシも英語で「レッド・ペッパー」だ。コショウはコショウ科のつる性の植物で、トウガラシはナス科の植物だ。ナスもペッパーでいいの? これはどうやらアメリカ大陸発見のコロンブスがデタラメで命名したのが原因のようだ。インドからヨーロッパにコショウを運ぶ航路を見つけるのが目的だったコロンブスは、アメリカ大陸で見つけたトウガラシを「コショウの一種」と意図的に間違えてヨーロッパに持ち込んだ。コショウは宝石に匹敵する高価な品だったからだ。食べ物の起源の話は面白い。

11月1日 アマゾン・プライムというサービスで映画を観る機会が増えた。パソコンで見るのだが、『深夜食堂』のシリーズにすっかりはまってしまった。劇中に流れる音楽も素晴らしい。オープニングで鈴木常吉が歌う「思いで」が実にいいのだ。彼のファーストアルバムである「ぜいご」を買ってしまったほど。女性歌手の挿入歌もいい。ときどき本人が路上で歌っているシーンもあって、こちらは福原希巳江という歌手だ。彼女の「おいしいうた」というファーストアルバムもやはり買った。『深夜食堂』はこの2人の歌手のためにつくられた番組ではないのかと思われるほど、映像と音楽がよくマッチしている。でも自分の世界観を強烈に持っている音楽は聴く際にもTPOがある。いつでもどこでも聴いていいというわけではないから厄介だ。
(あ)

No.975

ドキュメント出稼ぎ
(社会思想社)
野添憲治

 奥田英朗『罪の轍』はすごい小説だった。あまり面白かったので、過去の『オリンピックの身代金』も再読した。この本を書くために集めた史料や取材メモが『罪の轍』を書かせた、とインタビューで著者が答えていた。著者は愛知県生まれなのに、なぜこんなに昭和30年代の秋田の農村や人々の暮らしを克明に描くことができるのか。「身代金」の参考文献にあげられていた本書にまで手を広げてみた。野添はうちからも15冊近い本を出しているノンフィクションライターだ。先日物故したばかりだが、迂闊にもこの処女作は読んでいなかった。読んでみるとこれも抜群に面白い。奥田の描く出稼ぎ労働者や飯場の風景はこの本の恩恵が大きいのがよく分かった。秋田の貧しい農村で中学を卒業、すぐに父親とともに伐採夫として全国各地に出稼ぎに出た。最初に出たのは三省堂からで、「ある少年伐採夫の記録」といったサブタイトルがついていた。10代でデカセギに出た北海道や長野、秩父や奈良、福島などの仕事現場単位で章構成したのも生きている。今読んでもまったく表現が古びていないのには驚いた。仲間たちの事故死、博打にケンカ、女をめぐる争いまで、実にまっすぐな少年の目が、社会の最底辺の世界の隅々までを描き切っている。

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