Vol.998 20年2月15日 週刊あんばい一本勝負 No.990


東京・「脊梁列島」・整理整頓

2月8日 なんともタイミングが悪いのだが二泊三日の東京出張。戦場に行くような緊張感と嫌悪感があるが前から決まっていたこと。わが秋田は順調に雪が連日降り続けた。この二日間でけっこうな積雪があり、もうスキー場は大丈夫のようだ。横山秀夫『ノースライト』(新潮社)を夜中二時近くまで粘って読了。ブルーノ・タウトが登場する建築家のミステリーだ。文章も滑らかで洗練されているが作品がみんなくどくて長い。

2月9日 新型コロナウイルス騒動で東京・神保町は週末のせいもあるのだろうが閑古鳥。久しぶりに大雪の秋田からコロナウイルスの大都市に移動すると、頭が混乱し、冷静に物事を考えられない。早く秋田に帰って、思いっきり白一色の雪山で遊びたい。

2月10日 東京出張中、ずっと書斎にツンドク状態だった乙川優三郎『脊梁山脈』(新潮社)を読んだ。ここ数年でもベストスリーに入る面白い小説だった。戦争から引き揚げてくる復員列車で知り合った男を探し、深山をめぐるうち木工に魅せられ、木地師の源流とこの国の成り立ちをたどっていく物語だ。本の帯文がすごい。「感動という言葉では足りない心の震えを覚えた。ああ、何という小説だろう。すごすぎる」(三浦しをん)。帰りの車中もずっと読みながら秋田に帰ってきた。この本はいろんな人に薦めそうで怖い。

2月11日 『脊梁山脈』があまりにすごくて、まだその余韻にひたっている。著者のことは時代小説の書き手としてしか知らなかったが、どこでこのような「木地師の物語」を発想したのだろうか。「あとがき」も参考文献も初版の単行本にはないので、そのへんがわからない。そのてん文庫本にはかならずあとがきや解説が入る。そこに著者の執筆動機が書かれている可能性はかなり高い。一度単行本で読んだ本を、失くしたわけでもないのにまた文庫本で買う、という経験は初めてだが、買うことにした。

2月12日 新型コロナウイルスの影響なのか、まったくといっていいほど注文の電話が鳴らない。暇になっても本に回帰するような時代ではなくなったのだろう。今日も懲りずに断捨離。事務所の食器棚のガラスや皿類の整理整頓。食器がけっこうある。5分の一ほどを思い切って捨てることにした。ものが少なるのは気分がいい。明日は机周りの整理をしよう。

2月13日 新刊が出来てくるので中旬から下旬にかけてバタバタしそうだ。今日は思い切って最大の難関、「机周りの整理」をやる予定だ。これを断捨離し、すっきりさせようというハードルの高い作業になる。数日前からイメージを膨らませ、大体のゴールは描いているのだが、果たしてその通りに行くかどうか。けっこう緊張している。

2月14日 夜はよく眠れる。体調は全般的に悪くない。便通も薬なしでよくなったし、暴飲暴食もここしばらくない。温泉トレーニングの間が開いたが来週からは再開する。なのだが見る夢が最近は悪いなあ。「ケータイ電話」がらみの夢ばっかり。かけ方が分からず焦ったり、掛かってきてもうまく対話できず冷や汗…そんな窮地に陥る夢ばっかしだ。ケータイが自分の深層心理にこれだけプレッシャーをかけているのかと思うと腹がたつ。でも何とか使いこなしたいというよりも、今よりさらに無用の長物になってほしい、と正直思っている。
(あ)

No.990

定価のない本
(東京創元社)
門井慶喜

 この著者の評価は難しい。ストーリー・テラーとしては一流の人なのだろうが文章や構成が少々荒っぽい。なかなか物語のリアルに入り込めないのが難点だ。本書では太宰治が唐突に登場する。まるでリアリティがないのだが、これも何か意味があるのだろうか。そのあたりがいまいちよくわからないのだが、これも著者のスタイルだ。本書は戦後まもなく神田神保町の古書店を舞台に起きた殺人事件からスタートする。ここにGHQが絡んでくる。GHQが物語の核となっていくのだが、そのGHQの「日本人とは何か」という戦略的視点が実に面白い。近代日本はフィクションという軟弱な地盤の上に法理学的な統治システムが乗かかっている。権威の構造は変わらない。その中心は天皇である。イギリスのキングより、ロシアのツアーリより、はるかに宗教的で実質的な権力だ。この不条理な権威は日本独特の「歴史」により成立した。日本にはアメリカにはない歴史がある。リテラシーの歴史である。それが自国に自信を持ち、ナルシズムに陥り、誇大妄想や自己陶酔をもたらす元凶ではないのか、とGHQは考えた。そしてその権力の源泉にフィクションがある、そのフィクションを取り上げさえすれば複雑な日本人を意のままに動かせる。ここで一気に日本の古典籍へと話は飛ぶ。日本の古典の原本をGHQが買い占めようとする。ここから物語が動き始める。という物語だ。う〜ん、面白かったから何でもいいが、なんだか荒唐無稽の物語を聴いている気分にもなる。

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