Vol.1121 22年6月25日 週刊あんばい一本勝負 No.1113

映画と健康と時代小説

6月18日 意識して3時間を超える長い映画だけを見ている。「アラビアのロレンス」「影武者」「天井桟敷の人々」「屋根の上のバイオリン弾き」……といった具合。「屋根の上のバイオリン弾き」は初見だが、舞台がウクライナでロシアのユダヤ人差別を描いた作品だった。作中で歌われる「サンライズ・サンセット」は誰もが知っている名曲だが、もともとはローマ帝国の暴君ネロのユダヤ人虐殺に想を得たシャガールの絵がモチーフだ。

6月19日 健康診断で褒められるのは「骨密度」だけだが、70歳を超えるとこの骨密度がかなり重要な「健康のキー」なのだそうだ。高齢者の天敵は「転倒・骨折」で生存率は脳血管疾患よりも低いのだ。骨粗しょう症は転倒して骨折するまで自覚症状がない。とくに大腿骨骨折は深刻で5年後の生存率が49パーセント。がんの5年生存率は66パーセントだから骨折のほうが長生きできないのだ。そうか、とりあえず骨粗しょう症だけは大丈夫のようだ。

6月20日 コロナは少し落ち着いてから逆に「ダメージ」が鮮明になる。夜逃げや倒産、自殺といった悲劇はこれから激しさを増していくのではないのか。半世紀近く仕事をしてきて、やはりこのあきらめに似た沈滞と、じわじわと押し寄せてくる鬱屈が街全体をすっぽりと覆っている感じは、初めての経験だ。

6月21日 花家圭太郎の「花の小十郎シリーズ」を読んでいる。「暴れ影法師」から始まって「荒舞」「乱舞」「鬼しぐれ」と続きシリーズは終了。12年に著者は肺がんのため66歳で亡くなっている。50石取りの秋田藩の元傾きもの(いまの半グレ)小十郎が実在の歴史上の人物たちと丁々発止でやり合う荒唐無稽な冒険活劇時代劇である。大久保彦左衛門や宮本武蔵、沢庵和尚や柳生一族、徳川将軍家や時の天子様まで登場し、ホラ吹きの問題児・小十郎とやりあう。唖然茫然、奇想天外の連続だが、実在の人物や歴史的事件は綿密に史実に照らし「徳川実記」や「梅津政景日記」などを丁寧に読み込んで舞台設定がなされている。この背景描写がリアルなので小十郎のスーパーマンぶりが不自然に見えない。秋田藩の改易を免れるために、小心者の殿様・佐竹義宣を助け、バカ将軍・徳川家光に戦いを挑み、強請りあげる。著者が生きていれば間違いなく続刊を書いていたのではないだろうか。惜しい人を失くした。

6月22日 この半年間の日常生活の中で「劇的に変わった」ことといえば枕の高さを変えたことだ。枕は高くないと熟睡できなかった。
ところが内視鏡検査で食道性逆流炎が指摘され、その治療薬を服むようになってから、枕の高さが気になり出した。高い枕は無意識に逆流の不快感を防ぐための防衛措置で、いまは気管支が圧迫され窮屈さでとても安眠はできそうにない。食道炎は8割以上治ったのだが、毎日服む1錠の薬が手放せなくなった。これはこれで困ったものだ。

6月23日 殺人強盗犯として無期懲役を言い渡され秋田刑務所に移管されてきたのが昭和16年10月。それからほどなくして「白鳥由栄」は、ヤモリのように天窓までよじ登り、ブリキ板一片とくぎ1本で刑務所の窓枠を切り取り、脱獄する。白鳥は吉村昭の名作『破獄』のモデルだ。秋田刑務所では「鎮静房」といわれる、陽のささない食器窓すらない三方が銅板の、凶悪犯用の独房に入れられたのだが、いともたやすく脱獄している。脱獄後は東京まで逃げ、前の刑務所で世話になった主任の家に駆け込み、秋田刑務所の非人間的な処遇の劣悪さを訴え、その改善を条件に自首している。白鳥はその後も脱獄を重ね、今も網走刑務所の逃亡マネキンのモデルになっている大脱獄王だ。手足が吸盤のように壁に張り付き、顔さえ通れば身体の関節をすべて外してスルリとどんな隙間も抜けられるというのだから驚いてしまう。この白鳥の秋田刑務所脱獄事件を地元紙で調べようとあれこれ準備しているのだが、これがけっこう大変で一向に前に進まない。

6月24日 世のなかが悪いというよりは自分自身の老化現象なのだろう。とにかく夜のルーチンであったナイターとニュース番組にも興味が薄れてしまった。テレビの音が夾雑音にしか感じない。とにかくうるさくて空疎だ。無音でずっと考えことをしているほうがずっと豊かな気持ちになれる。夜のナイターやニュース番組は映画鑑賞に替わった。ラジオもいい。こちらはこれまで聴くことのなかった民謡や講談でも聴いていられるから不思議だ。CDも聴かなくなった。読む本も時代物(歴史)が多くなったし、新聞を読む時間も短くなった。もう流れのはやい情報に一喜一憂することはなくなってしまった。
(あ)

No.1113

狩りと漂泊
(集英社)
角幡唯介

 植村直己がマッキンレーで行方不明死を遂げた時、友人の故・藤原優太郎は「平地の犬ぞりばかりで、山への油断があったのでは」と批判的に語っていた。同じように、北海道の山であっけなく墜落死した谷口けいについて、彼女の登山パートナーである平出和也もまた藤原優太郎とよく似た発言をしていた。平出もまた世界的な登山家で、ピオレドーレ賞3回受賞の山岳カメラマンでもある。平出はあるインタビューで、谷口ほどの技術や経験を持つ世界的クライマーが、何でもない山で滑落死した背景には、彼女が念願だった八ヶ岳に暮らしの拠点を移したことにより、「山があまりに身近になりすぎて、山への警戒心が失われたからでは」というのだ。本書ではさらに意外な事実について考察されている。本書の白眉といってもいいかもしれない。その滑落死した谷口けいは享年43。有名な登山家はみんな40代前半で亡くなる――と本書では書いているのだ。「みんな」とは植村直己や北極点で死んだ河野兵市だ。あの長谷川恒男も写真家の星野道夫も、やはり43歳で亡くなっている。この年齢で冒険家が亡くなるのは不思議や偶然ではなく、「経験の拡大に肉体が追い付かなくなる」ためだ、と著者は結論付けている。彼自身も今、同じ年代なので、このこと(年齢と死)に真剣に向きあった末、冒険家や登山家の43歳は「落とし穴」だというのだ。なるほどそういうこともあるのか。

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